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〈三島バイク交通死亡事故〉嘘の証言繰り返し反省ナシの加害者に、実刑判決は出るか…遺族の“闘い”

集英社オンライン / 2024年10月13日 11時0分

〈中野・劇団員殺人事件2〉「俺のことわかる?」鋭く睨みつけ…被害者の恋人が犯人と面会し、“直接対決”に〉から続く

2016年1月に発生した「三島バイク交通死亡事故」。スクーターで交差点を走行中だった仲澤勝美さん(当時50歳)が、信号無視をした乗用車にはねられ命を落とした。遺族の懸命な目撃者探しにより相手側の過失が明らかになるも、加害者は裁判で無罪を主張。実刑を求める家族を阻んだのは司法の“悪しき判例”だった。

【画像】事故の3ヶ月前、生まれたばかりの孫を抱く仲澤勝美さん

『事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて』(鉄人社)より、一部抜粋、再構成してお届けする。(前・後編の後編)

加害者は嘘の証言繰り返し“実刑逃れ”

初公判は2020年5月28日、静岡地裁沼津支部で開かれた。証言台に立ったWは「青信号を確認して交差点に入った」と無罪を主張し、従来の証言を変えなかった。

大きな動きがあったのは、カーナビの解析結果が発表された5ヶ月後の第2回公判である。カーナビは、Wが交差点に進入したとき、信号が赤に変わってから7秒も経過していたことを記録していた。信号は紛れもなく〝赤〟だったのである。

その証拠が出されるや否や、Wは言動を豹変させる。今までの言動がなかったかのようにあっけなく赤信号を見落したことを認め、すぐに弁護士を通じて謝罪文と見舞金100万円を受け取ってほしいと申し出た。杏梨(勝美の娘)は言う。

「今さら何を言ってるの、と。なにせ、一度も私たちのほうを見て頭を下げなかったんですから。申し訳ないと思っています。そう口にはしましたが、まるで自分の刑を軽くするため裁判官に向けて謝罪してるようなパフォーマンスにしか思えませんでした」

彼女の推測は的を射ていた。公判の過程で、Wが事故の約1年前にも前方不注意で前の車に衝突し、運転手に怪我を負わせていたことが判明したのだ。しかも、Wの夫は「そんな大した事故じゃなくて。人身事故になんてなるとは思ってなかったんですけどね」と笑いながら話した。その口調は、まるで運が悪かったとでも言いたげだ。

なぜ信号確認を怠たったかについても、Wは「自分でもよくわかりません」と供述するだけで、明確な答えが出ることはなかった。遺族はスマホ操作による〝ながら運転〟を疑い、警察や検察に調査を要請する。しかし捜査機関が事故原因を究明することはなかった。勝美の過失として発表した手前、事を荒立てたくはない。そんな思惑すら見えてくる。

Wも、ながら運転を一貫して否認した。過失運転致死罪に、ながら運転が加わると、判例ではここ数年、実刑になることが多いからだろう。

裁判は真実を明らかにする場所ではなく、罪状と判例に当てはめるための儀式なのか。私には、勝美の死があまりに軽んじられている気がしてならない。

裁判はさらに混沌とする。加害者側が遺族の事故後の行いについても批判を繰り返したことに関し、ついには不偏不党の立場を守る裁判長の堪忍袋の緒が切れ、審理を中断してまで長時間の説教を行ったのだ。

無情な「執行猶予付き」判決に、遺族の思いは

事故から約2年後の2021年3月15日、Wへの判決が言い渡された。禁錮3年、執行猶予5年。予想どおりではあるが、実刑にはならなかったことで法廷には知枝(勝美の妻)のむせび泣く声が響いた。

裁判長は、事実に反する供述を繰り返し、真摯な反省がされているとは到底言えないとも指摘したうえで、判決理由を次のように述べた。

「二度と運転しないことを誓っていることや、単純過失の交通死亡事故の判例などから、実刑が相当とまでとは言えない」

執行猶予がついたことで、各メディアはWの実名報道を取りやめた。勝美はこの世を去り、Wは日常生活に戻ることになる。知枝は話す。

「判決を聞いた瞬間、パパごめんねって。本当に納得できない結果でした。主人の性格からしたら、きっと、ありがとう、もういいよって言ってくれてるとは思うんですけど、やっぱり私も気持ちの整理ができなくて」

杏梨は、知枝より冷静でいながらも、やはり悔しさを隠しきれない。

「私たちが父の性格や帰宅ルートを知っていたから、父の過失がないと証明できたけど。この裁判は嘘を言ってもバレなきゃいいし、バレても執行猶予つくって、図らずも証明してしまった」

唯一の救いは、高橋弁護士(一家の代理人弁護士を務めた高橋正人氏)が判決後に会見を開き、司法や捜査機関を痛烈に批判したことである。

「私は遺族を褒めてあげたい、よくここまで頑張ったと。もし遺族が一生懸命、署名活動をしたり、チラシを配って目撃証言を集めていなかったら、勝美さんが加害者の立場だった。それをひっくり返したのは三島警察でもありません。検察庁でもありません。家族たちなんですよ。この事実を裁判所は見逃している。裁判所は遺族の苦しみを全く理解していない」

会見の席上で、高橋弁護士は「だから検察は控訴をすべきだ」と声を荒げた。「こんな判例を後世に残してはいけない」と強く訴えた。が、検察が控訴することはなかった。判決が確定したとき、知枝は「結局、被害者に救いはない」と悟ったという。それはWが司法の悪しき判例に守られた瞬間でもある。

父が残した“正義”を胸に…娘が語る決意

2021年7月のある日、私は再び事故現場にいた。事故から2年と半年、判決が確定してから4ヶ月が過ぎているが、そこにはいまも綺麗な花が供えられていた。「月命日には家族揃って欠かさず手を合わせている」と杏梨が話していたことからして、遺族によるものだろう。そこには勝美が誰よりも可愛がっていた3歳になる孫の姿もあったという。杏梨の言葉が思い出される。

「この子のためにも、父が貫いてきた〝正義〟を残したい」

しかし、その願いは無残にも打ち砕かれている。

〈つらくてもずいぶん余裕があるんだね〉

これは、遺族が化粧をして会見に出たことについて揚げ足を取った書き込みである。裁判後に出産した妹にまで皮肉が送られた。加害者からの謝罪は未だにないまま、SNSを通じた家族への中傷は、判決確定後も続いたのである。

ネット世論は言う。被害者は被害者らしくあれ。では〝被害者らしい〟とは何だろう。被害者は犠牲者のことだけを思って粛々と残りの人生を歩むべき、などという意見は決して通してはならない。が、いくら自問自答しても、私には、知枝の言葉が胸を衝く。私は被害者にすらなれなかった──。

一家の大黒柱を亡くした遺族は、一時的に親戚から借金をして暮らし、現在は姉弟みなで働きに出て、知枝を支えている。匿名で誹謗中傷を続ける社会も、取材者の私も野次馬でしかない。どころか自分の親じゃなくて良かったと、どこか安堵している。被害者は自立するよりなかった。父を亡くし、心を病み、司法にまで見限られたとしても。

杏梨は最後に語った。

「いろいろつらいことはありました。でも、最後はやっぱり正義感が強かった父のことを思い出して頑張れました。父だったらどうするんだろうって常に考えていました。本当は判例を変えたかったですけど、それはできませんでした。でも、いつかこんなことはおかしいって認められる日が来ることを信じています」

そして、被害者支援をできる範囲でしていく決意だと、杏梨は続けた。

「もし同じような人がいたら助けてあげられる人間になりたいです」

確かに勝美の正義は受け継がれていた。と同時に、これが〝被害者らしい〟の答えなのではと、私は改めて思うのだ。

(文中敬称略)

写真/『事件の涙』より

事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて

高木瑞穂 (著) 「日影のこえ」 (著)
事件の涙 犯罪加害者・被害者遺族の声なき声を拾い集めて
2024/6/25
946円(税込)
320ページ
ISBN: 978-4865372779
前橋高齢者連続強盗殺人から京都アニメーション放火殺人まで重大事件に関わった人たちの知られざる、もう一つの物語
※本書は2022年6月発行の書籍『日影のこえ』(小社刊)を加筆・修正し、文庫化したものです。

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