東京都は「黒塗り」、神戸市は「白塗り」…行政が秘匿し続ける公文書“のり弁”問題の理不尽さ
集英社オンライン / 2024年10月15日 8時0分
「民間でできることは民間に」の掛け声のもと、全国の公共施設の運営が次々と民間委託される一方、公文書が黒塗りで情報開示される事態が多発している。公文書は「すべて公開」が大原則だが、情報公開とは名ばかりの制度になっている。その実態とは一体どうなっているのか。
『「黒塗り公文書」の闇を暴く』 (朝日新書)より、一部抜粋、再構成してお届けする。
約9割が「改築反対」だった葛西臨海公園。開示された公文書はほぼ黒塗り
東京湾に面した水辺の豊かな緑が体験できる葛西臨海公園。その中核施設である水族園の建て替え計画が進んでいるのをご存じだろうか。
2018年11月、開園から30年を迎え、施設の老朽化が進んでいるとして、東京都が「葛西臨海水族園の更新に向けた基本構想(素案)」を公表したのだが、この素案に対して寄せられた意見の約9割は「改築反対」だった。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)を手がけた世界的建築家の谷口吉生氏の設計による、敷地と海を一体化させたガラスドームは、公園のシンボルとして親しまれており、壊さずに残すべきで、建て替えの必要はないというのが大方の意見だったのだ。
しかし、それでも都の建て替えのスタンスは変わることはなかった。2020年10月、都は「事業計画」を公表し、2022年1月に事業者の公募を開始。
4回の技術審査委員会を経て、8月に落札者が決定。12月都議会で承認され、トントン拍子で契約の運びとなったのである。
順風満帆だった建て替えのシナリオに危険信号が灯り始めたのは2023年2月10日のこと。都議会環境・建設委員会で、建設局担当者は、新水族園の建設エリアにある樹木の本数について「約1400本」とし、「移植を前提に設計を進めている」と答弁(その後、計画敷地内1700本のうち600本を伐採し、800本を移植する方針が判明)。
日本建築家協会メンバーが2022年11月、入札時の提出書類を都に開示請求したところ、落札グループの案は全85ページのうち76ページが黒塗り(提案に企業ノウハウが含まれ、公表すれば競争性に差し障るため)で開示されたが、樹木への影響の考え方も公開されず、落札できなかったグループの案はすべて非開示だった。
それから1年後の2023年11 月、筆者が改めてその公文書の現物を独自に開示請求で入手してみると、落札した事業者グループの詳細な提案が記された321枚の文書は、イメージ画像と備品・什器リストの品目が書かれた表の数枚を除いて、すべての文書が黒塗りだった(画像1)。
ご丁寧にヘッダーやフッターまで黒く塗られている。選定委員会で選定されて、これからこの提案を実施していくはずの事業者の提案内容はすべて「企業秘密」というわけで、ここまで行政が死守しないといけないものかと呆れるような黒塗りぶりだった。
提案内容を評価した選定委員会の採点結果に関する文書23枚も、審査項目と配点欄を除く、審査員の評価点数コメント欄はすべて真っ黒になっており、いくら穴をあくほど紙をみつめても、何ひとつわからない、完全無欠の黒塗り公文書といってもいいような情報開示だった。
都が説明してきた樹木保全の具体策や樹木への影響の考え方が書かれた箇所は、どこにもみあたらない。
市民がいちばん知りたいことは、民間の企業秘密を盾に、行政が秘匿し続けるという理不尽さを、見事に浮き彫りにしたケースといえよう。
小中学生は500円から1800円?…神戸市立須磨海浜水族園の建て替え計画
同じく水族館の建て替え計画が問題になっているケースが、もうひとつある。関西在住の人なら一度は聞いたことがあると思われるのが、兵庫県神戸市の水族館騒動である。
2017年、神戸市は、長年「スマスイ」の愛称で親しまれていた市立須磨海浜水族園を完全民営化して建て替えることを決定した。
1957年に開設されてから60年が経過し、施設の老朽化によって修繕費が多額にのぼることが見込まれることから、思い切って新しい施設の建て替えを決断。
その際に、周辺の公園や宿泊施設も含めて民間事業者に再整備を委ねることで、自治体の負担を最小限に抑えつつ、市民が楽しめる最新の設備やアトラクションを導入することで、より大きな成果が得られる民活のお手本となるケースだとみられていた(2024年6月「神戸須磨シーワールド」としてオープン)。
公募の結果、2つの事業者グループから提案を受けた神戸市は、2019年9月にサンケイビルなど7社による共同事業体を優先交渉権者に決めた。
優先交渉権者の提案によれば、周辺の約10万㎡に約370億円をかけ、西日本で唯一シャチがみられる水族館、イルカと触れ合えるプール付きホテル、子育て支援施設を備えた松林の公園などを整備。
開業時の水族館の総水量は改修前の約3倍の約1万5000トンとなり、全国5位の規模。年間の入場者数は18年度の110万人に対し、開業時の24年度は250万人、25年度以降は平均200万人を想定しているという(2019年11月28日・毎日新聞)。
ところが、そんないいことずくめの計画には、とんでもない落とし穴が潜んでいた。まもなく、市民が負担する入館料が建て替え前の3倍前後になることが判明したのだ。
リニューアル後、18歳以上は1300円から3100円へ、15〜17歳は800円から3100円へ、小中学生は500円から1800円へ、無料だった未就学児のうち4〜6歳は1800円へと、それぞれ大幅値上げ。小中生が公共施設などを無料で利用できる「のびのびパスポート」の対象からも外れることになった。
小中学生が現行の500円から4倍近くの1800円になることについての市民の反発は大きく、料金見直しを求めて、署名活動がさかんに行われる事態にまで発展したのだった。
そうした市民の声に対して神戸市は、集客力のある施設にしようとすれば、入館料はある程度高くても仕方ないとして、値上げ分は、市民向けの割引プランの導入を事業者と協議していくことで対応したいとしていた。
筆者は、神戸市に対して、入館料設定の根拠となった情報を開示請求してみたところ、優先交渉権者に選定された民間事業者グループの提案書がまるごと開示された。
「黒塗り」ならぬ「白塗り」
実施体制・事業計画と題された文書をパラパラとめくっていくと、なんと黒塗りがまったくない。
さすが、神戸市! 情報公開の体制が徹底しているんだなぁと思った次の瞬間、「おやおや」と思う箇所が次々出てきた。
具体的な収支計画をみてみようと、ページをめくっていくと、不自然に白いスペースがめだつことに気づく。本来、数字がビッシリと詰め込まれているはずの表のまん中がポッカリとあいているのだ。
拡大してみると、どうやら数字があった箇所に白い紙を乗せてコピーするようなマスキング処理がなされていることが判明。そう、「黒塗り」ならぬ「白塗り」である(画像2)。
工事着手を2021年度(開業は2024年度)として、その2年前の2019年度から2035年度までの17年間にわたって、事業収支の予測が一覧表にされているのだが、各年度の最終的な数値以外はすべて〝白塗り〞。
人件費や施設・設備管理費、修繕費、水光熱費など、詳細な内訳欄は、きれいに消されていたのである。
数字の入った欄だけを詳しくみていくと、開業から4年目以降は、30億円前後の黒字を確保していることだけはわかるが、その内訳が伏せられていたら、神戸市直営時代の3倍となる入館料が適正なのかどうかは、専門家でも容易には判断がつかないだろう。
ほかのページもみてみたら、マスキングされている箇所は、決して多くはないものの、ここぞという核心部分については、やたらと白いスペースがめだつ。
開示された220ページの提案書の中で白塗りは、たとえ1割に満たないスペースであっても、内容を知りたい市民からすれば、「白塗りだらけ」と感じるはずだ。
試しに白塗り部分を黒く塗りつぶしてみると、〝典型的なのり弁〞資料になった(画像3)。
新しい水族園の建設費用にいくらかかって、その運営維持費にいくらかかるのか。それに対して想定される入館者数は何人で、それによる入館料収入はいくらなのか。
はたまた、周辺に整備した宿泊施設などによる収益はいくらくらい見込めるのか。この提案資料からは、そうした基本的なことを読み取るのは、ほぼ不可能に近い。
そもそも、公文書は「すべて公開」が大原則だ。にもかかわらず、その大原則が崩壊している現実を、目にみえる形で表しているのが「黒塗り」である。
黒塗りで開示された市民は、ひと目で行政プロセスの透明性のなさや、市民に知られると不都合な事実を隠して、ものごとを強引に推し進めようとしているではないのかとの疑念を抱くものだが、その「黒塗り」を「白塗り」に変えることで、そうした批判を和らげようとしているとしたら、これこそ「印象操作」の最たるものではないのか。
入館料の話に戻ろう。開示資料のなかに、3倍前後になる入館料について、各種割引の設定もあった。選定された事業者の提案によれば、市内の小中学生は、年一回のみ、入館料が500円に割引になる(未就学児は無料)制度が用意されている。
これなら市民も文句はないだろうと思われるかもしれないが、よく読めば、ここにもカラクリがあった。
神戸市民限定の入館料割引については、市民は、民間業者が自ら稼ぎ出した利益から捻出すると思っているかもしれないが、実際には、神戸市が、想定される割引対象者層の数に応じて、運営事業者に減収分の一部を支払うスキームになっていた。
事業者の試算では、割引による減収分の46〜67%を市が負担するという(割引対象者のうち何人が実際に割引を利用したかによって、市の負担割合が変わる)。割引分の大半は、市が負担してくれるのだから、事業者にとっては、損のない条件といえる。
市民の利便性を向上させつつ、市民の負担を軽くするとされる「官民連携事業」と呼ばれる事業の多くが、実は、民間事業者に破格の優遇措置を与えたり、営利事業に巨額の公費を注ぎ込むために行われたりしているのではと指摘される事例が、ここへきてめだつようになってきた。神戸の須磨水族園の建て替え事業も、決してその例外ではなかったといえるだろう。
なお、2024年6月の開館以後、割引による減収分については、事業者側提案がそのまま適用された。一方で、入館料を季節によって変動させる仕組みが取り入れられた。
これにより、2024年9月時点では、大人(高校生以上)の料金が、通常期間は3100円のところ、最も高いお盆期間には3700円になり、夏休み期間(繁忙期の土日祝含む)も3300円と高くなる一方、12〜3月(冬休み・春休み期間を除く)は2900円と安くなるとされている。
ただし、小人(小学生・中学生)・幼児(4〜6歳)の料金は、12〜3月に100円安くなるだけで、大きな割引はない(通常期間・お盆期間・夏休み期間が1800円であるのに対し、12〜3月は1700円)。
文/日向咲嗣 サムネイル/Shutterstock
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