弱者男性を生み出す一因は、「新卒一括採用」という日本独自の仕組みにあった。一度失敗したら復活できない残酷な現実
集英社オンライン / 2024年11月12日 17時0分
〈「中年男性は怖い…」正当化される差別、支援対象から除外されてしまいがちな弱者男性の苦悩とは?〉から続く
日本独自の特殊な仕組みとして知られる「新卒一括採用」。ある程度の学歴を有する新卒は大企業へチャレンジするチャンスを手にするが、新卒の就活で大コケした場合、転職で大企業に返り咲くことが困難な現実が弱者男性を生み出す一因となっていた。
『弱者男性1500万人時代』(扶桑社新書)より一部抜粋・再構成し、弱者から抜け出せない実態をレポートする。
新卒一括採用で失敗したら復活できない
例年同じ期間に新卒の学生を一定数採用する「新卒一括採用」は、日本独自の特殊な仕組みである。経団連による新卒一括採用の決まりに則り、企業は体面上、他社との足並みをそろえながら採用活動を行う。
一方で海外は基本的に通年採用であり、年齢は問わず職歴・学歴を重視されることが多い。
他国と比べると、日本は「みんながだいたい同じ年齢で大学を卒業し、そのまま会社へ就職する」という変わった国なのである。逆にいえば、新卒はある程度の学歴を有することで、就活で大企業へチャレンジするチャンスもある。これを、就活界隈では「新卒カード」と呼ぶ。
新卒就活でうまくいい会社に就職できたなら、将来は安泰である可能性が高い。だが、チャンスに恵まれず就活に失敗してしまった場合、その後の立て直しが非常に難しいともいえる。たった一度の選択かもしれないが、今後の人生全体に大きく影響をおよぼすのだ。
そもそも正社員転職率はわずか7.6%(20〜50代の平均)であり、徐々に変化の兆しはあるものの、海外と比較すると転職する文化がそれほど広く国内に浸透していない。さらに、企業規模がより大きい企業へ転職できた者は、全体の33.8%しかいないのだ。
近年では起業やアーリーフェーズのベンチャー企業など、規模の小さい企業へ転職するケースもあるため、一概に大手への転職が「成功」とは限らない。しかし、新卒で大手からの内定を望んでいたものの玉砕し、転職で大手に返り咲くこともできない人も一定数存在するといえよう。
大手企業では2020年4月から、中小企業では2021年4月から「同一労働同一賃金」が適用されている。
非正規雇用と正規雇用との不合理な待遇差が解消され、同じ業務内容であれば同じ賃金となり、多様な働き方を自由に選択できるようになった。だが、一度非正規雇用のルートに乗ってしまうと、「ずっとサポート職をやっていた人」「同じ仕事内容ならそのままの雇用形態でも問題ない」とみなされ、望んでいるにもかかわらず正規職ルートに戻りづらくなるケースもある。
特に30代以降になると、マネジメント経験がないことが大きな壁となり、正社員へステップアップするチャンスを失ってしまうのだ。また、給与額の高い・低いに関しては、正規・非正規といった雇用形態以外にも、業界によって左右されやすい特徴がある。
もし新卒で給与が低い業界へ就職した場合、キャリアをリセットして短期的な年収ダウンを受け入れ他業種へ転職するか、転職せずにその場で耐えるかになってしまう。
他業種でも同じ職種であれば多少はキャリアを生かせるかもしれないが、未経験業界に足を踏み入れることへの不安はあるだろう。
新しい環境に順応できるかどうかと迷い、なかなか転職への勇気が出ず、望まぬ環境に耐える人も少なからずいるのだ。
新卒で年収が低い業界へ進んだ男性の苦悩
実際に、新卒で収入が低い業界へ進んでしまった男性から、話を聞いた。
「アニメ業界に憧れていて、でも絵は描けなかったんで、アニメショップの正社員になりました。中小企業としては平均的な年収かもしれませんが、30歳で年収300万円台は、東京で暮らすにはきつい。昇給の基準もわからなくて、面談は一応あるんですけれども、形ばかりなんですよね。上司が気に入った人の年収を上げているのか……。
そりが合わない人は、いつまでたっても低いままです。残業代も月に2万円までしか出ない決まりになっていて、実際の残業は40時間くらいあるんですけれども、反映されてないですね。家に帰ってからも、持ち帰りで店頭のポップ作ってるときとか、ありますよ。年収に年功序列とかもなくて、ずっと同じままです。だったらと思って、転職活動を始めたんです。
ただ、今まで接客しか経験したことがないんで、転職先も似たような業務で、似たような給与のところばかりエージェントさんに挙げられてしまって。実際、他の業界に書類を出してはみたんですけれども、全部落ちちゃって。20社くらい出してから、もういいかな……となって、今も同じ仕事をしています。というか、同じ仕事をするしかないというか。人手不足だから、いつまでたっても若手と同じ仕事を続けるしかないのも、仕方ないと思って諦めていますね。
新卒のとき、就活ではやりたいことを考えて、応募先を選ぶ人が大半だと思うんです。でも、こんなに業界によって給与が違うって思わなかったですね。初任給はみんな同じような金額なのに、同級生で金融業界に行ったやつとか、やっぱり500万、600万稼いでるんですよ。そういうやつは20代で結婚してるし、子どももいる。年収って、学生のころはピンとこなかったけど、今思うと結構大事ですよ。
アニメも、前は3話までなら全部見るくらいの元気があったんですけれども、飽きてきちゃって。仕事から帰ってきてまで、アニメ見るのも疲れるなと。オタクをやるのにも元気がいるんですよね。これからもっと見なくなるのかもしれないですね。じゃあ、オタクやめて結婚したいとか思っても、今の年収では誰からも選んでもらえないし、実際、子どもを持つ余裕ってないですよね。だから、いろいろ諦めてます。多分この先も、同じ生活をするしかないんだろうなって……」
この話をしてくれた方は、自ら望んだ結果として年収が低い業界へ行ってしまった。
しかし、なかには、就職氷河期が理由で本人の希望にかかわらず「そこにしか就職できなかった」人もいる。そもそものスタートが本人の望んだものではなく、転職もできずに悩める人もいるのが現状である。
独身男性が「介護する息子」になる
これまで長らく介護は「女性の仕事」とされてきたが、非婚化する日本においては、必ずしもそうとはいえなくなってきた。
総務省統計局がまとめた「令和3年社会生活基本調査」によれば、15歳以上で普段家族を介護している人(介護者)は653万4000人おり、そのうち男性は256万5000人、比率でいえば約4割が男性になる。
若年層の介護者は少ないものの、50代以降になると、50代男性人口の約10%が家族の介護を担っている計算になる。
比率でいえば約6割が女性であるものの、「一人で介護」をしている介護者の場合、介護前と同じ仕事を続けられた割合は男女の差もなく低いという。そして、日本で要介護になる男性の約半分が、未婚または離別・死別をしており、パートナーに介護役割の分担を期待できないのである。
また、「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会(第9回)」の資料によれば、男性は女性に比べ、職場のなかに相談できそうな人がいないとアンケートで回答している人が多い。
こうした状況もあり、男性が誰にも相談できないまま親の介護にあたることも少なくない。
実際のアンケートでも、「息子」が親の介護をしている割合が「息子の妻」よりも高くなった。2019年のデータでは、同居の主たる介護者の20.4%が娘であり、17.8%が息子と、その割合に大きな差は見られない。
親やきょうだいの介護をしているために、昼は仕事、夜は介護と昼夜かかわらず対応し続けて体調不良を起こしてしまい、仕事の効率が落ちて会社からの評価が下がってしまう。このように、出勤しているものの健康問題などで生産性が低下している状態をプレゼンティーズム(presenteeism:疾病出勤)という。
あるデータによれば、重大なミスや事故を起こしそうになった「ヒヤリ・ハット」の経験割合を見ると、男女ともに介護疲労がある場合はヒヤリ・ハットを「たびたび」もしくは「たまに」経験する割合が上がるとの結果が出ている。
実は男性のほうがその傾向が高い。
つまり、男性は女性よりも介護で体調を崩している人が多いといえる。背景には、主たる介護者である男性が主に家計を担っていることから、女性よりも介護によって仕事を辞めにくいこともあるだろう。特に、先述したように出勤しているものの体調を崩している人の場合、会社や周りの人がその兆候に気づきにくい危険性もはらんでいるから注意が必要だ。
なかでも、父母双方が要介護になってしまった場合、介護者1名に対し要介護者が2名になり、介護前と同じ仕事を続けていくことが難しくなる。介護をきっかけに離職せざるを得なくなると、そのまま貧困のサイクルへと足を踏み入れることになりやすいのである。
文/トイアンナ
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