次の時代の救済対象者は最大1500万人の「弱者男性」か!? 日本人の8人に1人、無視し続ければGDP停滞のリスクも
集英社オンライン / 2024年11月13日 17時0分
〈弱者男性を生み出す一因は、「新卒一括採用」という日本独自の仕組みにあった。一度失敗したら復活できない残酷な現実〉から続く
現在の婚活事情などに精通するライターのトイアンナ氏によると、日本人の8人に1人、最大1500万人が「弱者男性」だという。これまで叫ばれてきた女性の社会進出や障がい者雇用、性的マイノリティ者の権利などと同等に、次は弱者男性が救われる番だ。
そう強く訴える氏の書籍『弱者男性1500万人時代』(扶桑社新書)より一部抜粋・再構成し、弱者男性の置かれている現状をレポートする。
女性の社会進出と弱者男性に関係はあるか
働き方改革を通じ、女性の労働者数は増えた。ただ、その実態を見ると、フルタイムで働く女性の数は横ばいである。
内閣府男女共同参画局がまとめた「結婚と家族をめぐる基礎データ」を見てみると、妻がフルタイムで働く世帯は昭和60年には462万世帯であったのが、令和2年には483万世帯まで微増している程度である。
実際には、妻がパートとして週35時間未満の範囲で勤務している世帯数が約3倍にまで伸びているのだ。
「働く女性が増えた」と聞いてイメージするのは、オフィスで活躍する女性の姿かもしれない。しかし、実態はパート・アルバイトといった非正規雇用の女性が増えたにすぎない。
そのため、女性が男性から奪っているのは正社員、そして管理職相当の椅子ではない。むしろ、非正規雇用の仕事において、男性のパイを奪っている可能性がある。そうなると、つまりは弱者男性の雇用を減らしていると言い換えられるかもしれない。
もっとも、女性から見れば「これまで男性が占拠してきた場所へ、初めて平等なチケットを手に入れた」といえるのではないだろうか。
このことについて、ある弱者男性はこう語る。
「僕は新卒で体を壊して、それから一般就労が無理だからフリーランスになりました。それで初めて知ったんですけど、フリーランス界隈には主婦ライターとか、主婦デザイナーってのが無限にいるんです。で、信じられない値段で仕事を引き受けちゃう。1文字0.2円とか。1000文字書いても200円って、最低賃金どころじゃないでしょ。でも引き受けちゃう。だって、そうしたら社会参加してる気になれるでしょ」
─よく、自宅を改装して飲食店を経営し、競合が追随できないほどの単価で料理を出してしまうお店が「家賃のしない味」と揶揄されるのと同じですね。
「それです。でも、そんなことをされたら専業フリーランスの僕らは、食べていけなくなっちゃう。企業からしたら、同じ文章を書いてもらって僕へ2万円払うより、主婦ライターの200円で済ませたいですよね。でも、それで月5000円も稼げちゃったって言って、豪華なランチを食べているフリーランスもどきの主婦を見ると、イラッとはしますよね」
背景事情を補足しよう。これまで、優秀な女性が泣く泣く専業主婦を選ばざるを得なかったケースも多い。
男女の賃金差を研究し、ノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン氏は「社会には、時間を問わず顧客対応できる人間が高い報酬を得る構造」があるという。時間を問わず対応する働き方をするなら、その人間は家庭を犠牲にしなくてはならない。
そのため、子どもがいる夫婦の場合は、どちらかがキャリアを手放す必要がある。そして、伝統的に女性がその役割を担ってきた。
ゴールディン氏によれば、女性への偏見・差別から生まれる給与格差よりも、この「時給プレミアム」によって、男女の賃金差は大きくなるのだという。そのため、出産前の夫婦や、DINKs(子どものいない夫婦)では経済格差が見られない。
また、子どもの発熱などで突然早退することになっても、業務の引き継ぎをしやすいエンジニアや薬剤師では、男女の賃金格差が少ないという。
確かに、夫婦の片方がキャリアを維持し、収入を上げたいならば、もう片方はキャリアを犠牲にせざるを得ない。その構造が、これまでの女性を非正規職へ追いやってきたといえるだろう。
そして、一度離職した彼女らは自分の価値を高く見積もらない。履歴書の空白期間を理由に、多くの採用面接で拒絶されてきたからだ。
それでも働く道として、専業主婦を脱したい女性は「手に職」をつける方向へ走り、資格職やフリーランスなどでお金を稼ごうとする。
たとえばWebデザイナーのように「ITを駆使することで育児と両立可能な働き方を見つけ、男女の賃金格差を減らしていく」やり方は、ゴールディン氏が論文で提案した解決策のひとつだ。そのため、日本のフリーランス人口は年々増加傾向にあり、今や労働人口の25%に達している。
だが、今はまだ過渡期である。そして、主婦を脱したい女性たちは駆け出しである。だから、安い案件も修業と割り切って引き受ける。そういった当事者の女性たちに「専業で食べる人間の報酬をダンピングしてやろう」という悪意はない。だが、この賃金格差が解消されていく過渡期で犠牲になっているのが、非正規やフリーランスの男性であることを見過ごしてはならない。
フェミニズムと弱者男性の食い合わせの悪さ
女性の人権拡大のため、活動する「フェミニズム」だが、フェミニズムには他の学問や活動と同じく歴史がある。ここでは、おおまかに4種に分けて説明する。
「第一波」
フェミニズムの起源はフランス革命にまで遡る。1789年、フランス人権宣言が採択されたが、この中でいう人間とは男性のことを指していた。男性にのみ権利が与えられることに反発し、女性の権利を求める運動が広がったのがフェミニズムの始まりとされる。
1792年にはメアリ・ウルストンクラフトが『女性の権利の擁護』を出版し、男に養ってもらうための結婚は、売春の一種だと主張した。一度は専業主婦の増加に伴って下火になるも、1960年に復活した。
「ラディカル」
アメリカでリベラルが人種差別撤廃を訴えるなか、男女差別には甘かった失望からラディカル・フェミニズムが誕生する。そして、「あらゆる権力へのアクセスは男性が支配している」「性的な作品(ポルノ)の被写体になることや、ポルノを見ることでも女性は搾取される」と主張した。また、恋愛至上主義を批判し、異性との恋愛や結婚、家庭といったものを女性抑圧の元凶としつつ、組織内でも意見が割れるなど問題も起こった。
「第二波」
西欧ではシモーヌ・ド・ボーヴォワールによる『第二の性』、アメリカではベティ・フリーダンによる『新しい女の創造』といった書籍の影響から、第二派フェミニズムが生まれた。男女は生まれながらに異なり、男性と女性はそれぞれ違う道を認めるべきだとした。
また、女性はケアの役割を持っており、軍隊などで戦争に参加する必要はないと説いた。
「第三波」
第二派を受け継ぐ形で、1990年代はじめにアメリカで生まれた運動であり、2020年代には第四派にまで進んでいる。人種、LGBTQ+、障害など、多数の要素が人を抑圧するのであって、男性vs女性のシンプルな構造で社会は決まらないと説いた。第二波はセックスを拒否する権利を述べたが、第三波は「セックスをしたいという権利」も述べた。
これら、大きく4つのフェミニズムを並べてみると、男性と対立しやすいのは主にラディカル・フェミニズムだとわかる。特に、日本はAVをはじめとして、ポルノコンテンツの市場規模が大きい。そのため、ラディカル・フェミニストと対立しやすいのである。また、第二波フェミニズムも、男性から見たときに「都合がいい」と言いたくなるだろう。3K労働からは守られつつも、平等な地位を求めるからだ。
筆者は第三波のフェミニストだったが、同時に男性向けアダルトゲームのオタクでもある。そうなると、「ラディカル」や「第二波」から見て、筆者は男性権力に屈した側に見えるだろう。
一方で、筆者から見ると「この国の性犯罪の少なさを考えたとき、ポルノと性犯罪の件数に相関があるとは思えない。たとえば、私がリョナ(女性を拷問するシチュエーション)のゲームをやったからといって、私が公園の児童をリョナりたいと思うわけがない。
だとしたら、『ONE PIECE』のファンは暴力で物事を解決するだろうし、『島耕作シリーズ』が好きなファンは、みな不倫することになってしまう。そんなことが、あってたまるものか」と思ってしまう。
特に現実女性を加害することもなく、二次元コンテンツを好きでいる男性にとって、それらが女性搾取だと言われることは、心外でしかないだろう。
ときに、ラディカル・フェミニストは二次元のコンテンツを性的搾取だと捉え、それに対して男性が反発する姿が見られた。
その結果、オタク男性=アンチ・フェミニスト=女性嫌悪である、といった思い込みを生んでいるのではないだろうか。実際には、ラディカル・フェミニストからの攻撃にはうんざりしつつも、「女性全体を嫌いになることなんてないよ」と言う弱者男性が大半であろう。
しかし、フェミニストへのイメージは悪化するため、「第三波」が、弱者男性とフェミニストは連帯できると言っても、説得力が生まれなくなってしまったのである。
弱者男性の現状は、かつての女性の姿と重なる
現在、弱者男性が透明な存在とされているのは、かつて女性がビジネスの場から排除されていたのと似た現象である。
これまで、女性自らが企業発展のために多角的に活躍したいと思っても、お茶くみや部屋の掃除、お客様の受付のみ対応するなど、誰もができる雑務に追われるだけであった。重要な決め事は男性のみの会議内で決定され、女性はそれに従い、男性に言われた業務を粛々と行う。
男性は「これまでがそうだったから」「女性に向いている仕事だから」と、女性の発言に耳を貸さず、男性が望む「女性の役割」を押し付けてきた。
だが、こういった女性の社会的地位は改善しつつある。自民党政権が掲げる女性管理職比率30%の目標にはまだ遠いものの、それでも少しずつ、女性は社会的地位を獲得し始めた。
だからこそ、これからは弱者男性の待遇改善、キャリア支援にスポットライトが当たっていくと期待したい。従来、女性が「透明な存在」として排除されてきた地位がこれほどまでに変わり得るならば、同様に透明化されてきた人々も日の目を見る可能性はあるのだ。
同様にLGBTQ+や障がい者は、いずれも雇用の場で長らく、「いないもの」として扱われてきた。しかし、今ではDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の御旗のもと、いかにこれらのマイノリティを採用しているかが、企業の指標となるまでに変化している。かれら・彼女らの採用人数が客寄せパンダのように使われる時点で真の平等には程遠いものの、少なくとも「いないもの」であった状態からは脱した。
次は弱者男性の番だ。というと、「かわいそうランキング」を引き合いに出し、救いはないと決めている者がいる。
しかし、もともと女性も、障がい者も、LGBTQ+もかわいそうではなかった。江戸時代、生まれた子が女性なら間引かれたがゆえ、男女比は4:1になっていた。LGBTQ+は「いないのがあたりまえ」で、バレたら「俺のことを襲うなよ」とイジられ、疎外される存在だった。弱者男性も今は、かわいそうと言われていないのだろう。だが、これからは変わり得る。
何よりも、弱者男性を見捨てることには、経済的合理性がない。日本人の8人に1人は、弱者男性である。弱者男性にスポットライトが当たらないままでいれば、約最大1500万人分のGDPが停滞してしまうわけで、国はそれを無視することはできないはずだ。
しかも、弱者男性の多くには就労意欲がある。ITによって乗り越えられる障壁も増える。怠け者ではなく、勤勉であるにもかかわらず、強者男性が独占する「時給プレミアム」の世界に入ることができず低賃金にされてしまった者も多いのだ。
女性参政権もイギリスでは、第一次世界大戦の戦力になった女性を知ったことによる衝撃、敬意を通じた「透明化されなくなるプロセス」があった。そう考えると、弱者男性が2024年の女性くらいの権利を得るまでには、あと何十年もかかるかもしれない。だが、それでも前進はする。何より、もうかれらは「まったくの透明」ではないのだ。
文/トイアンナ
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