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「テクノ・リバタリアン」とは何か? 巨万の富を得ても「世界」と「死」を極端に恐れる天才たちの素顔(橘玲)

集英社オンライン / 2024年10月16日 7時0分

シリコンバレーのIT成功者は、数学やコンピュータの天才(ギフテッド)が多い。そして、莫大な資産とテクノロジーによって「究極の自由」が約束された世界の現実化を目論む。「テクノ・リバタリアン世界を変える唯一の思想』を著した橘玲氏が、彼らの野望の実像や、最先端のハードサイエンスとスタートアップの関係について語る。

〈画像〉高校時代、父親の百科事典2セットをほぼ暗記したという天才実業家

世界を自分の好きに再設計したい天才たち

──「テクノ・リバタリアン」とは何かという話から入りたいと思います。ひとつめの特徴としては、非常に高い知能を持ったギフテッドで、世界を数理モデルで把握するのが得意な人たちである、と。

 ある種のエンジニアですよね。この世界を自分の好きなようにリエンジニアリング(再設計)したいという人たちです。ピーター・ティールが典型ですが、学校ではいじめられていて、幼少期から世界への憎悪や違和感を抱えていた。

でも、周囲の人間と比べて自分がとてつもなく賢いという自覚もある。そういう人間が、数学的・論理的能力が莫大な富をもたらす知識社会で、強大なテクノロジーを使って「自分の生きづらさが解消されるように社会を。プログラムし直す」という発想になるのは自然なことです。

かつては誇大妄想、SFの世界の話でしたが、テクノロジーの指数関数的な進歩でそれが現実化できるようになったのが、テクノ・リバタリアンが台頭してきた理由だと思います。

──もうひとつの特徴はリバタリアン、自由原理主義者だという点ですよね(下図参照)。彼らは際だって高IQの天才なので、世間一般からすれば変人に見えるし、あぶれ者にもなる。けれども、本人たちは高収入を得る能力はある。そのため、「自分ひとりでもカネや能力さえあれば生きていける」「民主主義やリベラルのやるような再配分重視の政策なんて、衆愚政治以外の何物でもない」と考え、リバタリアンになる?

  そういう面もあるでしょうね。シリコンバレーに集まるのは上位1%の天才なので、まわりはみんなバカに見えていると思います。

アメリカでは「大きな能力を持つ者がそれにふさわしい成功を手にするのは当然」とされているので、彼らは実際に起業して何兆円、何十兆円もの富を得ている。そんなお金は生物としての人間には使い切れないので、自分が望む社会に改造するために使おうとする者も出てくる。

たとえば、ビットコインをはじめとする暗号資産界隈に集まるクリプト・アナキスト*1たちは、西部開拓時代のカウボーイのように独力で人生を切り開き、国家や企業などあらゆる中央集権的な組織から介入されない絶対的な自由を望んで活動しています。

もっとも、今のシリコンバレーにおける成功者の主流はそこまでナイーブではない。ティールやイーロン・マスクは「民主主義とは衆愚である」ということを前提に、いかに自分たちの目的を達成するかを考え、トランプの支持に回ったのでしょう。

──規制のことなんか何も考えていないトランプのほうが、テクノロジーによって自分たちが自由に生きられる世界を作る上では都合がいい、と。

 日本ではアメリカのリバタリアンのことがほとんど理解されていません。メディアでもトランプ支持のQアノン、少し前なら反オバマのティーパーティー運動に参加していた頑迷固陋なポピュリストのように思われていますが、リバタリアンの本拠地はラストベルト*2ではなくシリコンバレーに移っています。

西海岸のベンチャーはスティーブ・ジョブズのようにカウンターカルチャーの影響が強く、リベラルな民主党支持という印象がありますが、マスクやティールを見ればわかるように、こうした文化は確実に変わりつつあります。

中国と同じく超監視社会を望む

──トランプは2024年の大統領選で、ラストベルトの悲哀を綴った「ヒルビリー・エレジーアメリカの繁栄から取り残された白人たち』(関根光宏・山田文訳、光文社、2017年)の著者J・D・ヴァンス*3を副大統領候補として指名しました。彼はピーター・ティールが所有するベンチャー・キャピタルの社長で、かつ上院議員でもあります。

 ヴァンスはかつてはトランプのことをバカにしていたのですが、どこかでリベラルに絶望してオハイオ州で共和党の候補になった。

彼が上院議員になるにあたっては、ティールが選挙資金を投じましたが、そうやってひとりかふたりを議会に送り込んだところで、たいした影響力はないと思っていました。

それがまさかトランプの2期目の副大統領候補になるとは……トランプが当選したらヴァンスは40歳で副大統領、2028年の大統領選の共和党の最有力候補です。もっとも、これがティールの壮大な「計画」の一部なのか、たまたまなのかは私にはわかりませんが。

ティールのような大富豪はみな、世界に対する恐怖や不安を抱えています。数兆円の資産があって何が不安なのかと思うでしょうが、近代国家は暴力を独占しています。

警察や軍隊を持ち、徴税権がある。現にプーチンはロシアで、政権に批判的なオリガルヒ(新興財閥)を解体して国営企業に吸収し、経営者を逮捕して檻に入れ、その様子を見世物にして国営テレビで放映しています。

アメリカでも「反資本主義」の独裁政権ができれば、同じようなことが起きるかもしれない。

だから彼らは政治に積極的に関わるようになると同時に、ニュージーランドなどに広大な土地を買い、革命や内乱、あるいは核戦争やAIの暴走などの「世界の終わり」が到来したら、真っ先に脱出できるようにしています。

これは「プレッパー(準備する者)」といわれ、ティールだけでなく、テクノ・リバタリアンにはたくさんいます。

ティールは2001年の9.11テロの後に、パランティア・テクノロジーズ*4というビッグデータを用いた諜報や防衛サービスの会社を作っています。

「国家が人民を監視する技術を、なぜリバタリアンが作るんだ?」とよく批判されますが、ティールのような超富裕層、超有名人こそ、家族の存在も住所も知られていて、いつテロの標的になるかわからない。

だから、自分の安全を確保するためにも超監視社会を作ろうとするのは当然。この点で、シリコンバレーがやっていることは中国とほとんど同じといっていい。
 

──頭が良くてお金もあるのに、幸せそうには見えないですね。

 自閉症の研究者である発達心理学者サイモン・バロン=コーエンが「パターン・シーカー」と形容した、高機能自閉症の人たちがシリコンバレーのテクノ・リバタリアンに多いことは明らかです。

極端に高い数学的・論理的知能を持つ一方で、生得的に共感能力が欠落していて、定型発達の人間であれば簡単にわかる他人の感情の動きや、「こういうことを言ったら相手が悲しむだろう」「怒るだろう」ということがうまく理解できない。

ベストセラーになった『マネー・ボール』(中山宥訳、ハヤカワ文庫、2013年)の著者マイケル・ルイスの新作『1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊』(小林啓倫訳、日本経済新聞出版2024年)には暗号資産取引所FTXの創業者サム・バンクマン=フリード*5のことが詳しく書かれていますが、バンクマン=フリードも典型的な高機能自閉症。

子どもの頃は、友達が神やサンタクロースを信じていることが理解できないし、学校の勉強にしてもなぜこんなバカバカしいことをやるのかわからず、中学1年のときに「退屈すぎて死んじゃいそう」と泣いていて、親がびっくりしたそうです。

大学を出てヘッジファンドに就職し、年収1億円を超えたのに、「僕は喜びを感じない」「脳のなかで幸福感がある場所には穴が開いている」と書いています。起業して大成功しても同じで、女性から愛されても「自分のような人間と一緒にいるのは、本当に悲惨だ」と考えてしまう。読んでいるとかわいそうになってきます。

取材・構成=飯田一史

*1 暗号(クリプト)を使うことで、政府・企業のような中央集権的な組織を必要とせず、完全な自由を保障された個人のネットワークだけがある社会を実現しようとする立場の人々。

*2 鉄鋼・石炭・自動車などの主要産業が衰退したアメリカ中西部~北東部の工業地帯。ミシガン州、オハイオ州、ウィスコンシン州、ペンシルベニア州など。トランプの支持層とされる。

*3 1984年、オハイオ州ミドルタウン生まれ。地元の高校を卒業後、海兵隊に入り、イラクにも派兵される。オハイオ州立大学を経てイエール大学のロースクールを卒業。2016年出版の自伝「ヒルビリー・エレジー」がベストセラーに。

*4 2003年設立。米国防総省や国家安全保障局などの諜報機関に「社会や組織を監視し、テロの兆候をとらえて早期に警告する高度な監視システム」を提供する。

*5 1992年生まれ。マサチューセッツ工科大学で物理学と数学を学ぶ。2018年に暗号通貨のデリバティブ取引所FTXを創業。250億ドル(約3兆8000饂円)の資産を築いたが、2022年にFTXが破綻。詐欺罪などで逮捕・収監される。

テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想

橘 玲
テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想
2024/3/19
990円(税込)
272ページ
ISBN: 978-4166614462

そこは楽園か、ディストピアか?
シリコンバレーの天才たちが希求する「数学的に正しい統治」とは?

アメリカのIT企業家の資産総額は上位10数名だけで1兆ドルを超え、日本のGDPの25%にも達する。いまや国家に匹敵する莫大な富と強力なテクノロジーを独占する彼らは、「究極の自由」が約束された社会――既存の国家も民主主義も超越した、数学的に正しい統治――の実現を待ち望んでいる。
いわば「ハイテク自由至上主義」と呼べる哲学を信奉する彼らによって、今後の世界がどう変わりうるのか?

ハイテク分野で活躍する天才には、極端にシステム化された知能をもつ「ハイパー・システマイザー」が多い。彼らはきわめて高い数学的・論理的能力に恵まれているが、認知的共感力に乏しい。それゆえ、幼少時代に周囲になじめず、世界を敵対的なものだと捉えるようになってしまう。イノベーションで驚異的な能力を発揮する一方、他者への痛みを理解しない。テスラのイーロン・マスク、ペイパルの創業者のピーター・ティールなどはその代表格といえる。
社会とのアイデンティティ融合ができない彼らは、「テクノ・リバタリアニズム」を信奉するようになる。自由原理主義(リバタリアニズム)を、シリコンバレーで勃興するハイテクによって実現しようという思想である。
いわゆるリベラル層は、所得格差と富の偏在を不道徳とする傾向がある。だが、それは逆に言うと、「自由」を抑圧することになる。自由のない世界では、マスクやティールのような「とてつもなく賢い」人々は才能を殺され、富を簒奪されることになるからだ。
彼らは「テクノロジーによってすべての問題は解決できる」と考えている。AI、ゲノム編集技術を駆使して人類は不死を手に入れ、森羅万象を操る「ホモ・デウス」になれると確信する者も多い。
また彼らは、国家のような中央集権的な組織に依存せずとも暗号(クリプト)テクノロジーによって個人と個人をつなぎ、暗号資産をもってすべての信用決済が可能になる社会が到来するとも信じている。その行きつく先は、「暗号によって個人を国家のくびきから解放する」とする過激な無政府主義「クリプトアナキズム」である。
実際、クリプトアナキストのひとりは「反民主主義」を標榜し、「世界中の民主政治と称するものを、暗号化を利用して根底から揺るがしたい」と公言している。
「この惑星上の約40~50億の人間は、去るべき運命にあります。暗号法は、残りの1%のための安全な世界を作り出そうとしているんです」(ティモシー・メイ)
――とてつもない富を獲得した、とてつもなく賢い人々は、いったいこの世界をどう変えようとしているのか? 衝撃の未来像が本書で明かされる。

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