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〈JUNGLE DANCEで大ブレイク〉「これ私が歌うの⁉」“レコ大優秀賞シンガー”谷村奈南が今だから語る“デビュー秘話”

集英社オンライン / 2024年11月10日 12時0分

大学在学中の2007年に歌手デビューし、翌年リリースの3rdシングル『JUNGLE DANCE』がレコード大賞優秀新人賞を受賞した谷村奈南。はたからは順風満帆に見えた彼女が、当時抱えていた苦悩とは? 

【写真】「JUNGLE DANCE」でブレイクした谷村奈南の今

 

レコーディングは録り直していた

――谷村さんといえば『JUNGLE DANCE』が代表曲だと思いますが、最初の印象は戸惑いが強かったそうで?

谷村奈南(以下同)そうですね。私はもともとR&Bとかソウルフルな音楽が好きでずっと聴いてきたのですが、歌ったことのないジャンルの楽曲だったので少しびっくりして、「これ私が歌うの⁉」という感覚でした。

楽曲が決まり、「次はラテンの曲を歌うんだな」と受け止めましたね。当時は、まだ自分で楽曲製作もしていなかったので、これをいかにより良く歌っていくか、どんなふうに歌っていこうかなと考えていました。

――具体的に、歌うときにはどのような工夫を?

実は、レコーディングでは私の希望で録り直してるんです。他の曲に比べあまりキーが高い曲ではないので、自分のソウルっぽい歌い方というか、 分厚いような声が目立ってしまう最初のものは、楽曲とボーカルのカラーが合っていないなと思って。わざと薄めにというか、そういうテイストの少し若い声でもう1度合わせて録りました。

――キャリアが浅い分、周りの大人に意見を言うのは勇気が要ったのではないでしょうか。

当時は大学生で、「こんなこと言ったら怒られるかな……」と思うことは多かったです。録り直しについても勇気が要りましたが、「楽曲においてこれはちょっと譲れない」というところは頑張って伝えた記憶があります。

でも、難しいですよね。「ここはこだわりたい」と思っても、大人の世界ではそれがワガママだと受け止められることもある。とはいえ、「この楽曲を良くしたい!」というのは共通の望みなはずですし、どうしても伝えたかったです。

前事務所には「感謝しかないです」

――谷村さんといえば、歌以外にプロポーションも武器で「Gカップシンガー」というキャッチコピーもありましたが、こうした路線はどのように感じていたのでしょう?

うーん……。「なんだろう?」みたいなことはありましたけど(笑)。でも、それが嫌だとか無理だとかという次元ではなく、多くの人に知ってもらうには必要な戦略の一つなんだろうなと思ってました。

当時はやりたくないことのほうが多かったけど、やるとなったらそこは腹くくって、全力で!という感じでした。

――やりたいことを思うようにやらせてもらえず、反発心が芽生えたりはしなかったんですか?

ありのままの自分を出すことは出来なかったけど、新たな自分を見出すことが出来た。だからこそ成長できたと思います。楽しかったことも辛かったことも当時の全てに感謝しかないです。特別な経験をさせていただきました。

前の事務所の方々は、いまでもワンマンライブを開催すると観に来てくださったり、お花を贈ってくださったりします。今の私があるのは当時のさまざまな方の支えがあったからで、本当に感謝しています。

――2019年にはご自身の会社を設立されましたが、事務所所属時代に比べてどのような変化があったのでしょう。

私、会社を作ったとき、「よし!パッション、やりたいことで生きていく」と決めたんです。

どの世界もそうだと思いますが、特に分かりやすく全て数字に出るし、当時は売れなきゃ!というマインドが当たり前で、いつもどこか無意識的に「まだ足りてない、足りてない」という感覚があったかと思います。本当にハムスターが回し車で走っているような、たまの休みの日でも頭と体が休めていないような感じでした。

でも、今は真逆というか、満たされている感覚です。やりたいことだけで生きていくと腹で決めたから。内観し、自分を深く知っていくことで、自分の本当の望みも、逆に望まないことも分かってきます。ありのままの自分で生きることを許したら、勝手に満たされていきますね。

大事にする“自分らしさ”

――環境も心境も激変したのですね。現在最も大事にしているのは「自分らしく」というマインドでしょうか。

そうですね。当時は自分の未熟さから自分らしくいられなかった。だからこそ、本当に自分らしく生きてみたいという望みを持ったのだと思います。

やりたいことだけで生きていくことも、決めてすぐそうなれたわけではなく、数年かけてこのライフスタイルにシフトしてきています。この生き方ってやはり責任もリスクも増えます。でもそれ以上に「自分の人生の主導権が自分にある」というパワフルな感覚で生きられる。ここに自分らしさが出てくると思います。これからも楽しみながら探求していきたいと思います。

――当時と今では流行の音楽やファッションなども大きく変化していますが、時代の変化にはどのような思いを抱いていますか?

当時身を置いていた“THE芸能界”というところに自分が今いるという感覚もないし、日々自分の好きなことにしかフォーカスをかけて無いので(笑)、正直あまりわからないかもしれません。

そもそもエンタメ自体、本当に移り変わりが早い場所ですよね。CDはもう配信メインに変わっていますし、芸能界自体も相当変わりましたよね。強いて挙げるなら、今の人たちは割りかし自由に活動されているように見えるかなと思います。

――現在は日本とハワイの2拠点生活で、国際的な音楽活動のほか瞑想講師やオンラインサロン運営もされています。

もともと幼少期の頃から父の仕事でハワイと日本を行ったり来たりしていたので、ハワイは第2の故郷という感じです。ずっと住みたいなとは思っていたんですが、仕事や2拠点の費用などいろいろなことを言い訳にしてなかなか行動に移せませんでした。でも自問し直感を信じ、よし決めた!となりました。先に環境が整ったから行動に移したわけではなく、決めたことで少しずつ環境が整い出しました。

マインドフルを大切にして生きている今の自分にとって、ハワイという地のエネルギーはピッタリなんです。

オンラインサロンでは、皆さんがさらに自分らしく、幸せに心豊かに生きられるように『人生幸上委員会』というのを掲げて、さまざまな発信・交流を行なっています。

取材・文/集英社オンラインニュース班
撮影/村上庄吾

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