2025年大河ドラマ『べらぼう』主役・蔦屋重三郎、出版物は“有害図書”だらけ? 幕府と戦い続けた江戸のメディア王の信念
集英社オンライン / 2025年1月5日 12時0分
〈横浜流星演じる2025年NHK大河の主人公・蔦屋重三郎はなぜ、大勢の売れっ子狂歌師を囲うことができたのか?〉から続く
田沼意次(おきつぐ)の時代、自由な風潮のもとで江戸の出版文化は最盛期を迎えた。しかし松平定信が老中首座になり寛政の改革が始まると、蔦屋重三郎が出版していた黄表紙などは“有害図書”とされ、統制や弾圧を受ける。版元の経営を支える主力商品の危機に、彼はどう対処したのだろうか?
【画像】東洲斎写楽が書いた『三代目大谷鬼次の江戸兵衛』が印刷された切手
本稿は、車 浮代著『蔦屋重三郎と江戸文化を創った13人』(PHP文庫)を一部抜粋・編集したものをお届けする。
主力商品が有害図書に
田沼意次が実権を握っていた頃、江戸の出版が全盛期を迎えました。
それには規制が緩く、社会を風刺した狂歌や物語も、アダルトのジャンルに入るような書物も、比較的自由に出版できたことが影響しています。
しかし、そのような自由な風潮が一変する出来事が起こったのが1787年です。この年、松平定信が老中首座となり、すでに失脚していた田沼意次の勢力を幕府から一掃。
世にいう「寛政の改革」が始まったのです。
この改革で定信が目指したのは、武士が清貧を理想とし、社会秩序が保たれていた8代将軍・徳川吉宗の時代でした。
よって、町人が公然と幕府を揶揄した書物や、悪しき風俗を広める可能性のある出版物は、ことごとく統制され、時には弾圧を受けました。出版禁止や営業の制限はもちろん、時には財産を没収されることも。
そしてご察知の通り、蔦重がヒットさせてきた黄表紙などの刊行物は、ほぼその対象になりそうな“有害図書”に値するものだったのです。
定信側から見れば、最も排除すべき対象となるのは必然のことでしょう。
作家を辞めようとした山東京伝
では「寛政の改革」に対して、蔦屋重三郎はどのような態度で臨んだのでしょうか?
「版元の蔦屋重三郎は肝の据わった男で、幕府のお咎(とが)めなどさほど感じていないようだった」
これは黄表紙作家の山東京伝の弟、山東京山が書いた『山東京伝一代記』にある言葉です。
山東京伝は、まさに松平定信が禁じようとした有害図書、吉原の風俗を描いた「洒落本」でヒットを飛ばしていたのですが、蔦重の強気な出版は、ついに奉行所の取り締まりを受けることになってしまいます。
1791年、山東京伝が著した洒落本、『錦之裏』『娼妓絹籭(しょうぎきぬぶるい)』『仕懸(しかけ)文庫』の3冊は、発売禁止。
しかも京伝は50日の間、両手に手鎖(てじょう)をつけたままの生活を強いられる、「手鎖五十日」という、作家にとって拷問に近い刑を執行されてしまったのです。
「もう作家業を辞める」と弱気になった山東京伝を、蔦重は必死に励まし、再起させたそうです。
さらに刑を受けたのは、作家だけではありません。
版元の蔦重も罰金刑の対象となり、一説には「身上半減」、つまり財産の半分を没収される重い過料を科されたとも記録されています。
もっとも、蔦重は罰金刑後も版元としての営業を続けており、本当にそれほど多くの財産を没収されたかは、疑問を持たれているようです。
ただ、幕府を揶揄し、民衆のガス抜きをしていた黄表紙や、風俗を描いた浮世絵など、経営を支えていた多くの書物が、発行を断念せざるを得ない状況に陥ったことは事実です。
このままでは遅かれ早かれ、版元として没落してゆきます。
この逆境に「肝の据わった男」である蔦重は、果たしてどのように対応したのでしょうか?
歌麿の美人大首絵を打ち出す
「寛政の改革」を現代に当てはめれば、政治を批判するワイドショーや雑誌や新聞が、すべて放送中止、出版禁止になったようなものです。
当然、それまで自由を満喫していた江戸の人々の不満は山積みでした。
だからこそ暗に幕府を風刺したような黄表紙の需要は高まったのですが、山東京伝の洒落本が発売禁止になったことで、これ以上、この分野の出版を続けることは難しくなりました。
そこで蔦重が考えた起死回生策は、喜多川歌麿による「美人大首絵(おおくびえ)」を販売することでした。
この「大首絵」というのは、ウエストアップ、あるいはバストアップの肖像画で、昭和でいうところのブロマイドであり、グラビアやポスター、あるいはアイドルの画像にあたるものでしょうか。
大首絵は、それまでは役者絵にしか見られなかった構図で、対して美人画はすべて全身像で背景があり、男も女も判で押したように同じ顔に描くのが定番でした。
人々は、顔の描き方でどの絵師の作品かを見分けることができたほどです。
当時の美人画は、今日まで続く役者絵の一大流派である鳥居派の、鳥居清長という絵師が人気を独占していました。
その作風は八頭身の健康的美人で、国や時代を問わない均整のとれた肢体は、「東洋のビーナス」と称されるほどで、彼の美人画は現在でも国内外で人気があります。
日本の歴史上、最も平均身長が低かったといわれる江戸時代、女性の多くは150㎝に満たない背丈に、なで肩の五頭身でした。
このような時代に、なぜ清長は八頭身美人を生み出せたのか?
西洋の美人画を見た可能性もあるでしょうが、清長の本筋が役者絵であることを鑑みると、誰か彼の美意識をくすぐる、スラリとした美形の女形(おやま)をモデルにしたのかもしれません。
絶大な人気を誇る清長でしたが、鳥居派の総帥を継がねばならなくなり、人気絶頂の最中に美人画を自ら封印。役者絵に専念することになりました。
清長ロスに暮れる人々の心を一気に潤し、鷲摑みにしたのが歌麿の「美人大首絵」でした。
歌麿が描いたのは、市井の美女や人気の遊女、評判の高い美女たちで、顔をアップで描くことで本人に似せ、感情を忍ばせる豊かな表情を描き出しました。
歌麿の斬新な「美人大首絵」は、あっという間に清長を凌駕し、絵師としての歌麿の地位もまた、不動のものとなりました。
東洲斎写楽を売り出した大博打
遊女たちの絵が人気を集めるのを嫌った幕府は、絵に彼女たちの名前を入れることを禁止します。
これに対抗して蔦重は、コマ絵を読み解けば名前になって誰の絵かわかる、「判じ絵」というものを考案します。
さらに幕府が遊女を描くことを禁ずると、今度は評判の茶屋娘を描くことで、公序良俗に反しない、「会いに行けるアイドル」を売り出す工夫もしました。
しかし、いつまでも幕府と追いかけっこをしたところでキリがありません。常に幕府が睨みをきかせており、頼みの歌麿も、このままでは仕事がしにくくなります。
そこで蔦重が目をつけたのが、娯楽の定番で規制もされていないもの。歌舞伎の「役者絵」だったのです。
このジャンルに登場したのが、東洲斎写楽という謎の絵師でした。
喜多川歌麿、葛飾北斎、そして歌川広重と並び、浮世絵師四天王の1人ともなっている写楽。ただし、その正体はいまだに判明していません。
定説では、能役者でもあった斎藤十郎兵衛という人物だったとされますが、果たして絵師でもなかった役者に、これだけの創作ができたのか。それゆえ喜多川歌麿や歌川豊国、あるいは葛飾北斎から山東京伝、蔦屋重三郎自身など、写楽の正体をめぐる説は多数あります。
いずれにしろ蔦重は、背景を黒く光る絵具で塗りつぶした大胆な手法で、この新人絵師の版画を、一気に28枚、同時発売しました。
普通、新人絵師が売り出す際の作数は多くて3枚程度ですから、これは途轍もない同時発売です。
写楽が活動したのはたった10カ月だったのですが、彼は忽然と姿を消すまでに、145点以上という膨大な数の絵を描き上げました。
もっとも、この写楽の作品が、当時の江戸で大ヒットしたかといえば、実のところ、「さほど売れなかった」というのが真相のようです。
それが10カ月で終わった理由でしょうか?
モデルとなった役者たちからも、「ありのままを描きすぎる」と不満を持たれていたことが知られています。
ただ、明治以降、写楽の作品は欧米の美術家たちが評価したことで、世界的に価値を高めました。
よって現在では写楽は浮世絵師として、最も有名な人物の1人とされています。
文/車 浮代
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