〈技能実習生問題〉日本では妊娠は病気扱い? 妊娠報告直後に契約終了となったベトナム人女性の苦悩
集英社オンライン / 2024年11月15日 11時0分
なぜ、技能実習生の赤ちゃん遺棄事件は続くのか。令和のいま、働く日本人の女性が妊娠をきっかけに雇用主から退職させられたとしたら、その企業は批判に晒されるだけでは済まないだろう。だが日本で就労する技能実習生たちは、当たり前のように妊娠を理由に退職させられているという。
【写真】妊娠を理由に帰国させられそうになっていた、ベトナム人技能実習生のガーさん
書籍『妊娠したら、さようなら』より一部を抜粋・再構成し、妊娠をきっかけに帰国させられそうになったベトナム人女性・ガーさんのケースを紹介する。
大手人材派遣会社の“親身”な対応
「病気なので、これ以上、仕事はできませんね」
妊娠していることを派遣元のA氏(男性)に告げると、こともなげにこう言われて、グエン・ティ・ガーさん(当時38歳)は愕然とした。
妊娠は病気なのだろうか。
いや、日本では妊娠が病気扱いされるのだろうか……。
SNS経由で、ガーさんから日越ともいき支援会に相談があったのは、2023年1月中旬のこと。そのとき彼女は、愛知県のトマト農家で働いていた。
技能実習生として日本にやってきたのは、2019年。青森県の縫製会社で働いていた1年目、受け入れ先が労働基準法違反で摘発される。詳しくはわからないが、おそらく残業代未払いや過重労働、あるいは不法就労の類だろう。それによって実習生の受け入れが停止になってしまったため、2年目からは山梨県の縫製会社に転籍している。
やがて、新型コロナウイルスの感染拡大が起きた。その影響で、帰国が困難になったり、受け入れ先の経営悪化により継続して働くことが難しくなったり、次の段階の在留資格に移行するために必要な試験を受けられなかったりする実習生に対して、政府は特例で雇用維持支援の「特定活動」と呼ばれる在留資格を与えた。
ガーさんも縫製の技能実習を3年間で修了したのち、コロナ禍で帰宅困難となったため、雇用維持支援の特定活動を利用して異業種の農業で1年間働き、その後、特定技能1号の在留資格を取得している。
技能実習制度には、通常、受け入れ先と実習生をつなぐ役割として監理団体が存在する。対して特定技能制度の場合は、同じような役割の登録支援機関という組織がある。さらに、特定技能の対象業種である農業と漁業は少々特殊で、「派遣」が認められている。
どちらの業種も、年間を通して繁忙期と閑散期が明確にあるため、労働者はその都度、繁忙期の現場に派遣される形で、安定して仕事が得られるよう配慮されているのだ。
そのため、特定技能の外国人として農業分野で働くガーさんの雇用全般に関する窓口は、人材派遣会社Sとなっていた。外国人だけではなく、日本人も登録されている、大手の派遣会社だ。
ガーさんが私たちにコンタクトを取ってきた時点で、S社はすでにガーさんの妊娠を受け入れ先の農家に伝えていて、わずか6日後に契約終了となることが一方的に決められていた。
「私は出産経験がありますし、体調も問題なく、妊娠中も出産後も今まで通り働くことができます。それなのに、どうしてこの仕事を辞めなければいけないのでしょうか?」
ガーさんは焦っていた。そして困惑しながら、私たちに尋ねた。しかもよくよく話を聞くと、S社は契約終了と同時に住むところもなくなってしまうガーさんを、子どもの父親がいる山梨県へ半ば強制的に行かせようとしていた。
「私は山梨に行きたくありません」
子どもの父親は、通称〝技人国〞の在留資格を持つベトナム人だった。正式には「技術・人文知識・国際業務」という在留資格で、たとえば通訳やシステムエンジニアなど専門的技術や知識を必要とする、主にホワイトカラー職に従事する外国人のための、就労ビザの一種だ。
いわゆるエリート視されるビザであり、技能実習や特定技能と比べて取得の難易度が高い。それゆえに、在日ベトナム人の間に存在する、ある種のヒエラルキーの上位に位置する。
その男性は、ベトナムに妻子がいたらしい。ガーさんもすでに2人の子どもを持つシングルマザーで、ベトナムの家族が子どもたちの面倒をみている。
「将来、その人の奥さんや子どもが日本に来て、一緒に暮らすと言っていました。だからこれ以上、関わりを持たなくていいんです……」
ガーさんは言葉を濁した。仮に日本で出産するのであれば、病院や行政などの手続き上、「子どもの父親が誰か」というのは大事になってくる。日本国籍を持つ人が父親である場合、その子どもも条件を満たせば日本国籍を取得することもできる。
一方、両親とも外国人である場合は日本国籍を取得できないし、両親の在留資格によって子どもが在留資格を取得できるかどうかも変わってくる。
しかしガーさんは、ベトナムでの出産を希望していたので、そこに関しては私たちが説得すべきことではないと判断した。
「授かった命は、宝です。私のお姉さんには子どもがいないので、お姉さんに引き取ってもらいたいと思っています」
そう言ってガーさんは、優しい笑みを浮かべた。
ちなみにS社からは、今の仕事の契約が終了しても、2カ月間は休業補償として基本給の60%が支払われ、3カ月後からは失業保険を受けられるから心配することはない、という趣旨の説明を受けていた。
一見、ガーさんのことを考えた、親身な対応のようにも思える。しかし、継続して働きたいという本人の意思を無視して、自己都合による退職として処理しようとしている疑いがあった。
団体交渉で間違いをただす
外国人労働者と雇用主の間で、賃金未払いや不当解雇などのトラブルは絶えないどころか、新型コロナウイルスの感染拡大とともに、増加の一途をたどっていた。
技能実習や特定技能の在留資格を持つベトナム人から、私たちのもとに相談やSOSが連日届くことからも、それは察せられた。
もはや彼らがいないと、日本の経済や社会は回らないといっても過言ではないのに、置かれている立場は弱く、吹けば飛ぶような存在であることを物語っていた。
こうした状況を少しでも改善すべく、日越ともいき支援会が全面協力する形で、2022年12月には労働組合「連合ユニオン東京・ともいきユニオン」が結成されている。
このユニオンは合同労組で、社内にある労働組合ではなく、誰でも個人で加入できるのが特徴だ。中小企業に雇用されるケースの多いベトナム人労働者の、セーフティーネットになってほしいという思いがあった。
とりわけ妊娠案件に関しては、支援をする私たちとしてもかねてからユニオンの必要性を感じていた。たとえば今回のように、ベトナム人からのSOSで問題が発覚して、私が受け入れ企業や監理団体に処遇の改善を求めて、話し合いに行ったとする。
そんなとき、〝NPOの者〞という肩書きだけでできることの限界も、痛感していたのだ。というのも、話し合いの席で「わかりました、善処します」などと前向きに受け入れてもらえて安心していたら、いつの間にか強制帰国させられていたことが、一度や二度ではなく起こっていたからだ。
悔しいけれども、何の権限も持たない単なるボランティアによる意見など、彼らは大して気にも留めていなかった。〝支援者からの要望〞に応えてくれないのだったら、より効き目のある要求手段に変えなければいけない。それがユニオンの結成だった。
団体交渉とは
「ともいきユニオンの吉水です」
実際、こう名乗ることで、企業や監理団体の対応は明らかに変わった。
私たちはガーさんから最初のメッセージをもらった2日後に、愛知県にいる彼女のところへ出向いて、置かれている状況について改めて話を聞いた。そして退職予定日が迫っていることからも、急を要する案件だと判断。
ガーさんはその日のうちに、連合ユニオン東京・ともいきユニオンに加入し、翌日付でS社に対して団体交渉を申し入れた。同時に、山梨県への不本意な引っ越しについても、キャンセルを要求した。
団体交渉とは、人によっては聞き慣れない言葉かもしれないが、労働者の集団や労働組合が、使用者側と労働条件や待遇などについて話し合いの場を持つことだ。団体交渉を申し込まれた使用者は、正当な理由なくしてそれを拒否することは認められず、もし拒否した場合は罰則を受ける可能性がある。
仮に団体交渉を拒否されたり、団体交渉を行ったものの労働者の希望が叶わなかったりしたとしても、団体交渉の申し入れや実施の履歴が残ることは、ほかの支援に切り替える場合にも何かと有利に働くのだ。
S社との団体交渉は、1月末にオンラインで行われた。当初告げられた退職日はすでに過ぎていたが、団体交渉を申し込んだ時点で退職は保留となっていた。そのため、ガーさんは上京する直前まで受け入れ先の農家で今まで通り、トマトの葉っぱ切りや収穫を行っていた。
農作業で屋外にいる時間が長く、常に日差しを浴びているせいか、ガーさんの頰はいつも真っ赤に染まっていた。ベトナムの農村部で見かける、よく働いて、たくましく、しっかり者のお母さんといった雰囲気。
家族と離れて暮らす異国の地で、お腹に赤ちゃんがいるのに、頼れる身内もおらず、自分の処遇が宙ぶらりんな状態で働き続けるのは、一体どんな気持ちなのだろう。じっとしているほうが不安だから、体を動かしているのかもしれない。
あるいは最悪、仕事を辞めさせられるのであれば、1日でも一時間でも多く働いて稼ぎたいということなのか。
異国の地で病気になると、妙に心細さを感じるものだが、間違っていけないのは、妊娠は病気ではないということ。その間違いをただすために、団体交渉に臨むのだ。
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