〈アメリカ大統領選〉「選挙が盗まれた」ことを主張し続ける保守派の集会で、トランプの大親友が語ったこと
集英社オンライン / 2024年11月5日 7時0分
自民党の影響力が弱まる日本でも政治的な分断が進んでいるが、アメリカの左右両派の対立は、日本とは比べ物にならない。
ここではNHK記者が現地での取材をまとめた書籍『引き裂かれるアメリカ トランプをめぐるZ世代の闘争』より一部を抜粋し、2022年に行われた保守系団体のイベントでの様子をレポートする。
「ドレスを着たトランプ」
※筆者は「ターニング・ポイント・USA」という保守派団体が主催する大会を取材している。
登壇者たちが主張するのは、保守思想の重要性、そして、彼らが国を滅ぼすと考えている左派に対する辛辣な批判だ。同じような内容の演説が、朝から夕方まで延々と続く。会場に集まった人たちにとっては、お気に入りの政治家や活動家が次々に出てきて心地良いことを言ってくれるのだから、気分は最高だっただろう。
登壇者の話は似ている点が多いので、ここでは1人だけ取り上げる。保守系メディア「FOXニュース」で長年キャスターを務めてきたことで知られるタッカー・カールソン氏だ。
カールソン氏は、2023年8月に共和党の主要大統領候補者によるテレビ討論会が開かれた際、討論会を欠席したトランプ前大統領のインタビューを行い、討論会当日にその内容を公開した人物だ。
このことからだけでも、トランプ氏にいかに信頼されているかがわかる。さらに2024年に入ってからは、ウクライナ情勢の先行きが見通せない中、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領の単独インタビューを行った。
バイデン大統領がプーチン大統領への批判を続ける中でのインタビューの実現は、トランプ前大統領とプーチン大統領のコネクションが今も存在することをうかがわせるということで、アメリカでは物議を醸した。
カールソン氏は、集会の初日に登壇した。演説の中で取り上げたのは、先に触れたアリゾナ州知事選挙だ。選挙は、会場に集まる保守派が支持するケリー・レイク氏と民主党のケイティ・ホッブス氏が激しく争った結果、レイク氏が敗れた。
しかし、レイク氏は、選挙は不正だと主張し続け、敗北を認めていなかった。カールソン氏は、「選挙は盗まれた」というレイク氏の主張を擁護した。
「ケリー・レイク氏はとてつもない才能のある人物です。私は投票用の機械に大いなる懸念を持っています。電子投票には完全に反対です。大きなリスクです。もしも、民主主義が大切だと考えているのならば、なぜ投票に機械を使うのでしょうか。極めて多くの不正が行われてきたことを私たちは見てきました」
レイク氏が知事選挙について敗北宣言をしたというニュースは見た記憶がないが、そうこうしているうちに、レイク氏は、次は2024年11月の大統領選挙と同時に行われる上院議員選挙にアリゾナ州から立候補することを目指すと表明した。
2024年、アリゾナ州では、大統領選挙の候補者としてのトランプ氏と「ドレスを着たトランプ」のレイク氏の揃い踏みが、支持者たちを大いに沸かすことになるのだろうか。
アリゾナ州は、共和・民主両党の支持が拮抗するいわゆるスイングステートの1つだ。もし実現すれば、彼らのツーショットと支持者たちの歓声は、選挙報道の注目点の1つになるだろう。
著名人が仄めかすトランプ氏の強さ
レイク氏をほめちぎったカールソン氏は、一連のスピーチを終えた後、会場からいくつか質問を受けた。やはり出てきたのが、カールソン氏が、共和党の大統領候補選びで、高齢であることに懸念の声も出ているトランプ前大統領を支持するのか、それとも、まだ40代でフロリダ州知事のロン・デサンティス氏を支持するのかという質問だった。
質問した男性は、「カールソン氏のテレビ番組の大ファンだ」と自己紹介することも忘れなかった。
カールソン氏は、「私が誰を支持するかが、アメリカの有権者にとって大きな意味を持つことはわかっています」と切り出した。そして、まずは、ボクシング界のレジェンド、マイク・タイソン氏にインタビューした時のことを語り始めた。
カールソン氏は、マイク・タイソン氏という著名な人物とのエピソードを持ち出し、質問者を含む聴衆の関心をそちらに惹きつけることで、あまりにも直球すぎる質問をはぐらかそうとしているのだと筆者は思った。しかし、しばらくして、カールソン氏は話を本題に戻した。
「正直に言いましょう。ええと、私は誰も支持していません。共和党の予備選挙で何が起きることになるのか、私にはわかりません。私はフロリダ州で多くの時間を過ごしています。デサンティス氏は信じられないほどの素晴らしい仕事をしていると思います。
私はカリフォルニア州で育ち、首都ワシントン、ロードアイランド州、アーカンソー州にも住んだことがありますが、知事が誰なのか知らないようなところに住んだことは一度もありません。私はデサンティス氏を愛しています。私が住んでいるフロリダ州のデサンティス知事について多くの人々が言っていることに感銘を受けています」
まずは保守派の若きリーダーの1人と目されるデサンティス氏を称賛したカールソン氏だったが、一通りのことを言い終えると、間髪を容れず、彼が考えるところのトランプ氏の偉大さを澱みなく、長時間にわたって語った。
「さて、トランプ氏は、2016年の選挙に立候補しました。私はそのことを非常に嬉しく思いました。トランプ氏はあらゆることについて、私の視点を完全に変えてくれたからです。例えば、私の父は政府機関で働いていましたが、その頃は冷戦だったので、父はソビエト連邦と戦っていたことになります。
当時、NATO=北大西洋条約機構の存在は重要でした。なぜなら、ソビエト連邦が西ヨーロッパに侵略してくるのを止めていたからです。しかし、その重要性は、1991年に終わっていたにもかかわらず、私は、2016年にトランプ氏がこの問題を取り上げるまでは、考えたことすらありませんでした。トランプ氏は、『NATOに何の意味がある』と言い出したのです。これは私にとってとても重要な問題提起でした」
トランプ前大統領は自らを覚醒させてくれたというわけだ。そして、カールソン氏は、トランプ氏とはメディアの同業者として20年来の付き合いなので、人柄をよく知っているとした上で、「彼が動物的な喜びを発散させているのが大好きだ」とトランプ氏が放つエネルギーに惹かれていることを告白した。
トランプ氏は素晴らしい
さらに、リベラルなメディアからトランプ氏に対して多くの批判が出ていることについては、こう擁護してみせた。
「トランプ氏への批判が多いことは私も知っています。しかし、彼も人間です。モンスターのように扱うのは馬鹿げています。最後に私が言いたいのは、彼の洞察力は素晴らしく、彼は完全にオリジナルであるということです」
カールソン氏は「誰も支持しない」としながらも、デサンティス氏についての言及は、自分が住んでいる州の知事として評価しているという程度にしか聞こえなかった。
一方、トランプ氏については、自分の人生観がすっかり変わるほどの衝撃を受けたことを明らかにし、彼が唯一無二の存在であることを強調して、会場からの質問への回答を締めくくり、さらには、自分の登壇時間そのものを終えている。
トランプ前大統領に対する称賛の畳みかけは、聴衆にとっては、カールソン氏という影響力を持つ人物が、トランプ氏の強さを仄めかしたと受け止められたことであろう。
その後、カールソン氏が暗示した通り、トランプ氏は各種世論調査でデサンティス氏を大きく引き離し、デサンティス氏は大統領選挙の候補者選びから撤退した。
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