<引き裂かれるアメリカ>矛盾する、進化論とキリスト教の教え「LGBTQの権利を主張する人々に憐れみを感じる」と話すアメリカの女子大生たち
集英社オンライン / 2024年11月5日 11時0分
〈「トランプを支持する保守派は人種差別的だ」という批判は正しいのか? 彼らが大谷翔平のお辞儀を見て「日本の美」を礼賛するワケ〉から続く
日本でも一部の市町村でパートナーシップ制度が認められるなど、LGBTQに関する議論は進んでいるが、アメリカではキリスト教的な考えに基づき、LGBTQの人たちの存在を否定する揺り戻しが起きているという。
【画像】同性愛者も神に歓迎されるべきと声明を出したローマ教皇
書籍『引き裂かれるアメリカ トランプをめぐるZ世代の闘争』より一部を抜粋・再構成し、アメリカ国内の対立の構図を明らかにする。
疎外感からの解放を求めて
4日間に及ぶイベント(※「ターニング・ポイント・USA」という保守派団体が主催する大会)に、なぜ若者たちは全米から集うのか。冬休みともなれば、帰省や旅行、友人とのパーティなどやりたいことはいくらでもあるだろう。
アリゾナ州か近隣の州に住んでいるのであればまだしも、遠方から来るのであれば、飛行機代もかかる。アメリカはすでに冬休みモードだから、この時期の航空券は高い。
宿泊代も必要だ。こちらも冬休みなど休暇の時期に入ればつり上がるのが常だ。新型コロナウイルス感染拡大でアメリカの物価は一気に高騰した。ホテル代も例外ではない。都市部では、1泊100ドルで泊まれる安全なホテルはない。
いわゆるポストコロナと言われるようになって以降、日本でもホテルの宿泊代は上昇傾向だが、状況はアメリカも同じだ。特にアメリカでは、経済活動あるいは社会活動の再始動が日本よりも早く、物価の高騰が始まるのも早かった印象だ。
筆者自身、出張に伴う経費について東京の本部とやりとりをしていて、最終的にはアメリカの状況を理解してもらったものの、金銭感覚について日米間のずれを感じることがしばしばだった。
さて、若者たちが集会に参加するには、時間を何日も使うことになるし、高い旅費も用意しなければならないが、こうしたハードルを乗り越えてでも参加したいという強い動機が彼らにはある。その1つが、学校での疎外感からの解放だ。
彼らは、家庭の教育と学校の教育の乖離を強く意識する中で、疎外感を強めている。ここに集う若者たちは、基本的に保守的な家庭で育っている。
中には、日曜日は家族で教会に行くというアメリカの伝統的なクリスチャンの家庭で育った若者もいるだろう。
これに対して、学校は、概して科学重視であり合理性重視なので、性格上プログレッシブ=進歩的であろうとする傾向があるだろう。プログレッシブなことの代表例は、最近で言えば、LGBTQという言葉に象徴される性的マイノリティーの人たちが持つアイデンティティへの関心の高まりだ。
こうしたプログレッシブな意識の高まりは、保守的なキリスト教の価値観とは一致しないことがしばしばある。ここに集う若者たちは、その違いの大きさに悩んでいるのだ。
「非科学主義」というレッテルへの反論
LGBTQの認識を例にとって、もう少し論を進めよう。学校では、進歩を続ける科学に基づいて物事を考えるべきだとする。こうした思考法でいくと、人間の性は、かつては単純に男女の2種類しかないと定義されていたが、科学の進歩もあって、その類型は多様であることがわかってきた。
だから、LGBTQの人たちは、異常でも異端でもなく、普通にいる人たちなのだから、受け入れるのは当然だとする。これに対して、保守的な考え方では、神が創ったのは男と女であり、それ以外は存在しないと考える。
この論点について、集会の会場で、ニューヨーク州の大学から来た2人組の女子学生たちと意見交換を行った。彼女たちは、民主党が強いニューヨーク州という土地柄もあるのか、大学の空気がリベラルすぎて、居場所がないと感じているとのことだった。
取材では、相手のフルネームを確認するのが原則だ。彼女たちは、ファーストネームは教えてくれたが、フルネームは勘弁してほしいとのことだった。
こんな些細なやりとりの中にも、社会の分断の深刻さを感じる。インタビューがテレビで放送されて、それがソーシャルメディアで拡散されて、自分たちと意見が異なる人々からネット上で攻撃されることは避けたいということだろう。
このような反応は、ここ最近のアメリカでの取材では割とよくあることだったので、この場では、時間を節約する意味もあって、あえて理由は聞かなかった。そして、ある程度会話が進んだところで、筆者は、彼女たちは聡明だという印象を受けたので、あえて踏み込んだ質問をしてみた。
「あなた方のような保守的な思想の人たちについては、非科学主義者だという批判もあります。LGBTQへの理解がないという批判もあります。こうした批判についてどう考えますか」
筆者の質問に対して、2人組のうちの1人が答えてくれた。彼女は、それまでは淡々としゃべっている印象だったが、ここで、言葉のトーンは一気に力強さを増した。
それは、筆者個人に対する批判とは感じられなかった。むしろ、「あまりにも的外れな批判が私たちにはぶつけられている」という社会に対する怒りの感情のように思えた。また、完璧な説明で疑念を払拭しなければならないという意思も感じられた。
「ヒトの性染色体の組み合わせは、XXとXYしかなくて、それで性別が決まっています。それは科学的な事実です。こうした科学的なことを知らないで、いろいろな主張をしている人たちこそ、非科学的です。そして、彼らに対して、私は憐れみを覚えます」
矛盾する、進化論とキリスト教の教え
彼女の答えは簡潔だった。それは確信に満ちているからであろう。そして、彼女の保守派ならではの思想が垣間見える。ここでは3つ指摘したい。
1つ目は、保守派が、自分たちを非科学主義者だと思っていないことだ。アメリカという国家の勝利と栄光の歴史、それは、力への信奉に基づく帝国主義的な勢力拡大の側面があるが、いずれにしても、アメリカの圧倒的な科学に基づく力が根拠となってきた。
むしろ、科学信奉はアメリカの伝統的、保守的な価値観と言える面もある。アメリカ建国の父たちの顔ぶれを見てみよう。
例えば、ベンジャミン・フランクリンは、アメリカ独立宣言を起草した1人であると同時に、避雷針を発明した人としても知られる。今回の集会の冒頭で上映されたビデオでは、アポロ計画による人類初の月面着陸が、アメリカの栄光の歴史の一幕として華々しく紹介された。これもアメリカの科学がいかに偉大であるかを強調したものだ。
ただし、保守派が信奉するのは、アメリカに栄光をもたらす「攻め」の科学だけだ。アメリカに苦悩をもたらす「守り」の科学は否定する傾向がある。
それが顕著に現れたのが、新型コロナウイルス感染拡大によるパンデミックの時だった。民主党のバイデン政権は、科学に基づくとして、マスク着用やワクチン接種を推し進めたが、保守派は、自由の侵害に当たるなどとして応じなかった。
2つ目は、保守派は、科学の進歩そのものは称賛しているが、それは、彼らが考えるところのキリスト教の教義と矛盾しない範囲においてだ。通説をひっくり返して、新しい説で上書きするような進歩は、許容しない傾向が強い。
例えば、アメリカでは、進化論を教えることとキリスト教信仰に基づく保守系思想の対立が、長年の社会問題になっている。人間を含む生き物は単純な原始生物から進化してきたとする進化論と、人間は神が創ったとするキリスト教の教えは一致しないからだ。
ローマ教皇も同性愛を容認
同様の不一致が、最近の性的マイノリティーをめぐる議論においても見られる。会場での学生の回答は、それを端的に説明している。キリスト教では、神がアダムという男とイブという女を創ったとされている。そこでは、性別は男と女しかない。ヒトの性染色体を見る限りは、XYの組み合わせであれば男性、XXの組み合わせであれば女性となる。
ここまでは、科学と保守は矛盾しない。
しかし、最近社会的関心が高まっている性的マイノリティーをめぐる議論は、性染色体で性別が単純に二分できるものではなく、上記の組み合わせと異なる性を自らの性として認識している人もいるという点が重要だ。
ここで、科学と保守は矛盾をきたし、家庭で保守的な価値観を育んできた人たちにとっては、新しい科学を受容するのには抵抗感が出てくる。
科学の世界を一般の人々にもわかりやすく説明したことで知られるカール・セーガンは、「科学は謙虚で、修正を受け入れる」と主張していたが、保守派にとっては、それまでの常識を否定することは受け入れがたいことのようだ。
一方で、性的マイノリティーをめぐって、フランシスコ・ローマ教皇が、2023年2月、同性愛を犯罪とする法律を非難する声明を発表し、「『同性愛の傾向』がある人も神の子であり、教会に歓迎されるべき」(BBC日本語版、2023年2月6日)と述べていることも付記しておく。
カトリック教会のこうした変革は、アメリカの保守派にはどう見えるのだろうか。彼女たちに、さらに踏み込んで聞くことも頭をよぎったが、学生の口調からは、自分が認めない考えは完全に否定したいという緊迫感が感じられたので、追加の質問はやめることにした。
3つ目は、キリスト教に基づく愛の概念を大切にしていることだ。学生の「憐れみを覚える」という表現がキーワードだ。「汝の隣人を愛せよ」というキリスト教的な考え方で、十分な知識を持たない恵まれない人々に対し、軽蔑や憎悪を抱くのではなく、愛をもって接するべきということなのだろう。
突然のインタビューで、しかも答えにくい質問を投げかけられて、感情的に苛立っている面もあっただろう。そのような一種の緊張状態の中にいても、こうした表現が出てくるところに、彼女がキリスト教に基づく価値観に育まれてきたことがうかがえた。
写真/Shutterstock
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