〈米大統領選〉アメリカのキャンパスで起きているトランプ氏を支持する保守派と、リベラルな政治団体の深刻な対立
集英社オンライン / 2024年11月6日 11時0分
〈<引き裂かれるアメリカ>矛盾する、進化論とキリスト教の教え「LGBTQの権利を主張する人々に憐れみを感じる」と話すアメリカの女子大生たち〉から続く
大学内の政治闘争と聞くと60年代の安保闘争を思い浮かべる人も多いかもしれない。現代のアメリカのキャンパスでもトランプ氏を支持する保守派と、リベラルな政治団体の対立が起きているという。
書籍『引き裂かれるアメリカ トランプをめぐるZ世代の闘争』より一部を抜粋、再構成し政治的にリベラルな立場をとる、YDSA(アメリカ青年民主社会主義者)の集会の様子をレポートする。
「日曜日まで投稿しないで下さい」
集会は日程の説明と諸注意から始まった。諸注意は会場正面の大型スクリーンに映し出された。「コミュニティーの合意」というタイトルがつけられ、全部で11項目だ。「他者の発言を妨げないようにしましょう」、「ジャーゴン(仲間内だけで通じる言葉)は避けましょう」、「携帯電話に夢中にならずに、今いるここに集中しましょう」などごく普通の注意事項が並ぶが、特徴的なものもある。
例えば、「いつも団結のことを忘れずに」という内容には、団結の重要性を強調した労働組合的な文化が感じられる。「他人の気持ち、バックグラウンド、文化の違いを認識し、敬意を払いましょう」と多様性の重視・尊重を確認した注意事項もある。
ちなみに、バックグラウンド(background)は、性別、人種、宗教、生い立ちなど、さまざまな要素を意味する言葉で、特に多民族国家のアメリカで生きていくためには避けられないキーワードだ。
例えば筆者は、「先祖の墓は日本の寺にあるが、信心深いわけではない」ということを説明したい時には、「私は特定の宗教の信者ではありませんが、バックグラウンドには仏教があります」などと説明していた。
ただ、諸注意の中で筆者が最も注目したのは、写真についてのものだった。「他人の写真を撮る時には事前に尋ねましょう。日曜日まで投稿しないで下さい」とある。日曜日に会議が終了するまで参加者の顔写真はソーシャルメディアに載せないでほしいというお願いだ。
若い世代にとってソーシャルメディアは諸刃の剣だ。
自分たちの活動をアピールできるツールとして強力である一方、その迅速性が仇となることもある。参加者が特定されて、その政治信条がソーシャルメディア上でつるし上げられるかもしれない。
写真の背景から集会の場所が特定され、対立する勢力のメンバー、彼らの場合は保守派の若者たちが大挙押し寄せてきて、集会の継続が困難になるかもしれない。
若者たちへの注意事項とは別に、筆者たち取材班が事前に確認を求められたことがあった。それは、集会のライブストリーミングはしないということだ。ユーチューバーに代表されるように、現代は、スマートフォンなど簡易なデバイスを使ってライブストリーミング、いわば生中継も当たり前の時代だ。今回の集会でそれをやられてしまったら、それこそ保守派の襲撃は避けられないだろう。
筆者たちが生中継はしないし、素材はすべてロサンゼルスに持ち帰るし、日本で放送されるまでにはしばらく時間があることを告げると、何も問題がないという反応が返ってきた。こんな些細なやりとりからも、アメリカの若者たちの分断がいかに深刻かが見えてくる。
「私の代名詞は『彼』です」
開会にあたっては、労働組合の支持を受ける政治家などの来賓挨拶と共に、YDSAの共同代表2人によるスピーチもあった。この時のYDSAの共同代表は、2人ともニューヨークの大学の学生だった。
コロンビア大学の女子学生、リーナ・ユミーンさんと、開会前にインタビューに応じてくれたNYUに通うコローサさんだ。ユミーンさんの挨拶は力強く、政治家を思わせるようなものだった。これに対して、コローサさんはソフトな口調で語り始めた。
「私はジェイク・コローサです。私はhe(=彼)とthey(=彼ら)の代名詞を使います。NYUのYDSAのメンバーで、全国組織のもう1人の共同代表です」
最初の10秒で、彼ららしい演説の切り出し方だと感じた。冒頭で自分が認識するジェンダーを明示したからである。この場合は、コローサさんは、自分を男性と認識しているという意味である。
ジェンダーへの認識が多様であることに配慮した今の時代にふさわしいスマートな表現だ。また、筆者は、保守派の女性活動家キャンディス・オーウェンズ氏のことを思い出した。オーウェンズ氏は「ターニング・ポイント・USA」の集会で、「あなたが使う代名詞は何ですか」という質問が、大学教授などから初対面の学生に行われることに疑問を呈していた。
仮に、オーウェンズ氏や保守派の若者たちが、この集会に来ていたらどんなことになっただろうか。コローサさんのスピーチが始まってからわずか10秒のところで、ブーイングの声をあげたり、大声で「神様は男と女しか創っていない」と絶叫したりしたかもしれないなどと想像した。
人工妊娠中絶の司法判断に対するトランプの見えざる手
コローサさんのスピーチは本題に入り、保守派の勢力拡大に対する2つの危機感を明快な形で示した。1つ目は保守派の草の根からのボトムアップ作戦に対する危機感だ。
トランプ前大統領を支持する保守派は、特に2020年の大統領選挙で敗北して以降、まずは市や郡の教育委員会や議会、次は州議会、そして連邦議会と自分たちの勢力の議席を徐々に増やすことで、戦いの主導権を握ろうとしている。
じわりじわりと勢力を拡大していく保守派の手法は、公的な役職に留まらず、大学のキャンパスでも同じだ。それは、「ターニング・ポイント・USA」の創設者、チャーリー・カーク氏が勝ち誇ったように語っていた通りだ。
これに対して、コローサさんのように、全国組織の共同代表を務めながら、普段は大学のキャンパスというある意味、戦いの最前線で活動している人にとっては、じわりじわりと攻められてくる危機感は相当強いものがあるだろう。それを簡潔な表現で説明してみせた。
2つ目の危機感は、トランプ氏が、連邦最高裁判事を指名できるという大統領としての権限を使って、保守派の判事を増やし、連邦最高裁において保守派の数がリベラル派に対し優位に立ったことだ。
その影響は2021年1月のトランプ大統領退任後も続いている。大きく注目されたのが、連邦最高裁が2022年6月、人工妊娠中絶の権利は合憲としてきたそれまでの判断を覆したことだ。
民主党のバイデン政権下であったのに、こうした事態が生じた。からくりは、連邦最高裁の判事は終身制という点にある。政権が共和党から民主党に代わったとしても、判事の構成は変わらない。
ホワイトハウスと最高裁の間で、いわばねじれが生じていると言うこともできよう。アメリカでは3権分立が日本よりも徹底している印象を受ける。
日本では、政府の判断を司法が覆すことは稀有という感覚があるかもしれないが、アメリカは違う。
バイデン大統領の意向に関係なく、司法は司法として判断を下すのだ。人工妊娠中絶の権利をめぐって、トランプ前大統領は、バイデン大統領に選挙で敗れてホワイトハウスを奪われたものの、今回は、まるで見えざる手のように影響力を行使したということになる。こうした危機感をコローサさんはこう説明していた。
「私たちは、私たちの活動、そして働く人々に対する脅威を無視することはできません。組織化されてきた右派が、議会の主導権を握り、司法は、生殖に関する権利(人工妊娠中絶や避妊などの権利)、トランスジェンダーの権利、教育を受ける機会をアメリカ全土でひっくり返しています。
しかし、こうした攻撃で私たちを止めることはできません。今日YDSAは、過去にないほどに強くなっています。2000人近くのメンバーがいて、支部は130に及びます。右派が上り調子で、左派が停滞していると言われる中でも、私たちには活動を拡大させる以外にはないのです」
人工妊娠中絶の権利をめぐって、YDSAは、手術に健康保険が適用されるよう運動を展開している。コローサさんは、自分が通うNYUを含めた各支部での取り組みを紹介した。その中で重要な役割を果たしているのが、学費を稼ぐために働きながら勉強している学生たちで作る組合とのことだった。
若者たちにとっては矛盾しないパレスチナ支援
コローサさんが演説の締めくくりで取り上げたのが、次の夏に行う合宿の紹介だ。団体の運動を活発化させるために、集中的に学習や議論を行う合宿の機会が重要なのは、政治的な信条を問わないようだ。
YDSAの夏合宿の名称は「Red Hot Summer」、直訳すれば、赤く暑い夏だ。以前の夏合宿のウェブサイトを閲覧すると、紫のベースの上に赤い鎌や赤い槌、それにバラなどを持った拳が突き上げられたデザインで、労働組合関係の集会を思わせるものだった。
コローサさんは、合宿で取り上げることが想定されるテーマとして、人工妊娠中絶の権利、卒業後の労働運動への関与などと共に、中東のパレスチナの解放を挙げた。
この集会が開かれていたのは2023年4月で、イスラエルとパレスチナをめぐる情勢が緊迫化する半年も前のことだ。パレスチナ情勢に世間の関心が大きく注がれていなかった時期に、すでにこうした問題提起をしていたことになる。
アメリカでは、ユダヤ系の政治・経済に対する影響力が大きく、伝統的にイスラエル支援の動きが目立つ。だからこそ、今のアメリカでは、若者たちによるパレスチナ支援の動きが以前よりも目立っていることが、ある意味驚きをもってメディアによって伝えられている。
2024年春には、アメリカ各地の大学で、イスラエルによるパレスチナのガザ地区への攻撃に抗議するデモが発生し、警察が出動する事態になった。しかし、政府や財閥といったいわば権力者と対峙し、新しいアメリカを作ろうという若者たちにとっては、パレスチナ支援は自然なことのようだ。
〈アメリカのZ世代の投票がトランプ復活阻止の鍵? 日本より選挙資金の透明性がないアメリカの若者にとっての大統領選挙〉へ続く
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