パニック障害を発症し、一時は歌うこともできず…そんな大江裕の背中を押した師匠・北島三郎の言葉〈サブちゃん、さんま、安住アナ…3人の師匠に育てられた演歌道〉
集英社オンライン / 2024年11月2日 10時0分
2009年2月に当時19歳でシングル『のろま大将』でデビューした演歌歌手・大江裕。幼少期から演歌を深く嗜み、学生時代は「ポップスなどは本当に聴いてこなかった」と自身の背景を語るが、演歌歌手を目指すきっかけは何だったのか。また、11月16日に35歳を迎え、「中堅」ともいえるキャリアの持ち主となっているが、若い演歌歌手とはどのように接しているのか。本人に詳しく聞いてみた。(前後編の前編)
「同級生とは、やっぱり話が合わなくて……」
――デビュー16年目を迎えた大江さんですが、そもそも演歌歌手を目指したきっかけは何だったのでしょう?
大江裕(以下、同) 僕は母子家庭で育ったんです。だから、母親だけでなく、祖父母にもすごく可愛がってもらったんです。
祖父はもともと演歌歌手を目指していた人で、一緒にカラオケに行くと、必ず演歌を聞かせてくれました。そうしているうちに、だんだんと演歌が好きになっていたんです。
僕としては、とにかく祖父が目指していた夢を叶えてあげたいなと、そう思いつつも、祖父は鹿児島県出身の九州男児で頑固な部分もあり、だから、偉そうなことは言えずにおりました。
――最初に好きになった歌手の方や、特に好きだった曲はありますか?
やはり北島三郎先生ですね。というのも、祖父が北島先生世代なので「北島三郎の歌を歌ったら、お前は一人前になれる」とずっと言われて育ちました。
それで僕も歌ってはみたのですが、声変わりする前なので、やっぱりすごく難しい。だから当時は、美空ひばりさん、中村美津子さん、天童よしみさんなどの曲を聴いて、歌っていました。
――大江さんは、どんな子どもだったのでしょう。
幼少期から、年上と遊びたいという気持ちが常にありましたね。実際、小学生のときは地元(大阪・岸和田)の中学生と遊んでいましたし。
なぜかというと、演歌を聴いて育ったので、やっぱり同級生とは話が合わないんですよ。愛だの、恋だの、相引きだの……今は相引きとはなかなか言わないですね(笑)。演歌を通して、そういう大人の感情に触れてきたので。
――年上の友だちとは、何をして遊んでいたんですか?
当時僕は先輩カップルばかりと遊んでいたのですが、カラオケにはよく行っていましたね。僕は先輩たちから「ゆう(裕)ちゃん」と呼ばれていたのですが、「ゆうちゃん、一緒にカラオケ行かない? 演歌聞かせてよ」と。
彼らからすると、珍しかったのでしょうね。そのとき先輩たちは宇多田ヒカルさんや浜崎あゆみさん、安室奈美恵さんなど、流行りの曲を歌うんですが、僕はもっぱら演歌ばかりでした。
――演歌以外のジャンルの楽曲で、好きだったものはありますか?
それが、ポップスなどは本当に聴いてこなかったんですよ。テレビを見るにしても、たとえばNHKの演歌番組ばかり。
正直「ほかのジャンルの楽曲も歌えたらいいのかもな」と思っていたのですが、友だちではなく、とにかくおじいちゃんを喜ばせたかった。だから、演歌しか聴いてきませんでした。
――ちなみに、学業のほうは?
はっきり言って、勉強はできないほうでしたね。中学1年生のとき、当時の数学の先生が私のほうに寄ってきて「ゆうちゃんは、勉強しなくていい。好きなことがあるんでしょう。友だちを見てごらん。それがわからなくて、いろいろなことにチャレンジしている。
でも、ゆうちゃんは小さなときから、演歌だけを見て走り続けてきた。勉強するのなら、歌の勉強をしなさい」と言ってくれたんです。その言葉に、私はビビッときて、演歌の道を極めようと考えたんです。
――キャリアを決める重要な出会いだった、と。
そういう先生は、ほかにはいませんでしたから。やっぱり「勉強しなさい」「周りとズレてはいけない」とおっしゃる方が多かったので。
その数学の先生の言葉に支えられて、今もこの道を歩き続けられているのかなと思っています。
大江裕が心に決める“3人の師匠”の存在
――デビュー16年目を迎えて、大江さんはご自身のことを「若手」と「ベテラン」どちらだと思いますか?
ベテランではないですし、「中堅」でもない気がしますね……。私としては、まだまだ若手の一員に入れていただきたいなと。
今後20〜30年とキャリアを重ねたら、また立場は変わってくるのでしょうけれど、今は若手歌手の皆さんと一緒に演歌を盛り上げていきたいと思っています。もちろん、大御所の先輩方とご一緒するのも楽しいのですが。
若い歌手のなかには、コロナ禍でデビューした方々もたくさんいます。CDを売ることも難しく、歌も披露できず、とても辛かったでしょう。そうした逆境を、一緒に乗り越えていきたい。
それに、若い世代と一緒にやるのは、やっぱり楽しいんです。僕は後輩としてもツッコミやすい性格のようで、「大江さん、それ違いますよ!」「はい!」って(笑)。
――そうした後輩の皆様には、どのように接しているのでしょう?
後輩たちにいつも言っているのは、「先輩と呼ばないでください」ということです。「先輩」と呼ばれたら、それ以降、僕は喋らなくなっちゃいます(笑)。
だって、先にデビューしただけであって、偉くもないですし、ステージに立てば年齢は関係ないんですよ。
昔、北島先生が言ってくださったんです。「CDの価格を考えてみなさい。60年以上活動している歌手でも、今日デビューした新人でも、CDは同じ1500円。お客さんから見たら同じ演歌歌手で、歴が長いからすごいとかは、本当に関係ないんだ」って。
だから、僕は先輩方はもちろん、新人さんにも、敬語を使うように気をつけています。
――大江さんは昨年、北島音楽事務所を退所されました。その後も北島先生とは、定期的にお会いしているのでしょうか?
はい、今月も会いました。北島先生は、本当にすごいお方ですよ。僕に会うと、必ず「裕、元気でやっているか」とパッと声を掛けてくださる。
普通なら、こちらから「お身体、大丈夫ですか? しんどくないですか?」と言うじゃないですか。でも北島先生は、絶対に先にこちらを心配してくださるんです。
――改めて、大江さんにとって北島先生はどのような存在ですか?
「僕の人生」といえる存在です。こうしてインタビューしていただけるのも、コンサートで全国の皆様にお会いできるのも、すべて北島先生のおかげ。だって、北島先生がいなければ、私は演歌歌手になっていないわけですから。
それに、北海道の最北端でも、沖縄の宮古島でも、日本中どこに行っても「サブちゃんの弟子だね。先生は元気?」と皆様が声を掛けてくださる。
なので、私としては今後の人生も、僭越ながら「北島三郎」の名を背負って歩いていきたいなと思っています。
ちなみに、僕の中で、演歌界の師匠は北島先生。お笑いの師匠は、明石家さんまさん。人生相談は、安住紳一郎さんと心に決めているんですよ。
パニック障害を救った北島三郎の言葉
――大江さんが初めてテレビに出演したのは「さんまのSUPERからくりTV」(TBS系)でしたね。ちなみに、安住さんにはどのような相談を…?
たとえば、初めて上京したきにも「どうしたらいいの?」と電話しましたね。そのとき安住さんは「周りの人がなんとかしてくれるよ」と(笑)。
人生の路頭に迷ったとき、僕は安住さんを頼るようにしているんです。考えることがまったく違うので、すごく参考になるんですよ。
それに、安住さんがいなかったら、さんまさんの番組にも出演できていないですし、演歌歌手としてもデビューできていない。だから、今でも人生の恩師として、悩んだら連絡を取るようにしています。
――大江さんは2010年にパニック障害で休養されていた期間があります。当時はどのような状態だったのでしょうか?
僕の場合は、音楽でパニック障害になりました。ステージで倒れてからは、歌うのはもちろんのこと、音楽を聴くことすらできなくなってしまって。何度聴いても「怖い、怖い」と。
そういう状態が半年くらい続いて、自分の中でも「クビになる」と思っていたんです。すると、「北島先生が呼んでいる」と言われて、2人っきりの部屋に入るなり、僕は「すみませんでした」と土下座をしたんです。
そうしたら、北島先生が僕の頭を撫でてくれて、「裕、今は休む時期だ。ここまでよく頑張ったな。俺の弟子をやらないか。一緒に旅に出よう」と言ってくださったんです。
――当時の大江さんにとっては、北島先生とともに外に出ることが、リハビリになったんですね。
はい。だから、うつ病やパニック障害になってしまった人に対して、僕が言いたいのは、「1歩ずつリハビリしてください」ということ。
無理矢理治そうとするのは、絶対にいけません。自分がちょっと外に出たいな、散歩したいな、と思ったときに、少しずつ進んでいければいいのだと思います。
『北海ながれ歌/さいはて浪漫』大江裕(CROWN MUSIC)
2024年11月6日発売(税込1500円)酔えばあいつの呼ぶ声が、北の夜空で風に舞う...
大江裕の新曲は、北海道を旅する路地裏演歌!!
デビュー 15周年を通過し、新たな一歩を踏み出す大江裕の今作は、大江裕の新曲は、北海道を旅する路地裏演歌!!
HBC「大江裕の北海道湯るり旅」という番組が不定期ながら3月よりスタートし、それに伴う北海道方面での活動が増えたことを踏まえてのリリースとなりました。作曲の弦哲也氏とは初顔合わせ。カップリングも北海道がテーマのスケール感のあるメジャー演歌です。
取材・文/毛内達大 撮影/井上たろう
〈35歳になる演歌歌手・大江裕、祖父母の「孫が見たい」発言が一番の悩み…2025年の“36(三郎)イヤー”に向けて返すべき演歌界への恩義〉へ続く
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