〈アメリカ大統領選〉トランプ勝利も? ハリスを悩ます“四重苦”とアメリカの分断…ニューヨーク市民の声は
集英社オンライン / 2024年11月5日 7時0分
〈〈アメリカ大統領選〉「もしトラ」と「もしハリ」、日本にとってどちらがいいのか? 在日米軍、円安、原発、武器購入はどうなる?〉から続く
史上まれにみる大接戦が予想されているアメリカ大統領選。それはつまり、アメリカという国がわれわれ日本人の想像よりも遥かに深刻に分断してしまっていることを意味する。結末を見届けようとニューヨークで取材するジャーナリストの金平茂紀氏が解説する。
【画像】トランプ氏のそっくりさん『サタデーナイトライブ』より
ハリスの「四重苦」とアメリカの分断
米ニューヨークに行く直前に、信頼している現地の2人の日本人ジャーナリストXさん、Yさんに事前予測をしてもらった。
Xさんは在米40年近く、米大統領選挙の変遷を体感してきた方だ。曰く、ハリスは四重苦を抱えている。経済政策の音痴ぶり、移民問題での無為無策、黒人男性層からの不人気、女性であること。この四重苦でトランプが優位に立っている、と。
激戦州のペンシルベニアもトランプがとるでしょう、これが決定的と。勝者が決まるタイミングも案外早いのではないか、というのがXさんの見立てだ。
Yさんも20年以上ニューヨークに暮らすジャーナリスト。Yさんの見方はXさんとはかなり異なる。今回の大統領選は大接戦で時々刻々と情勢が変化している。メディア界での世論調査の参照枠のようになってしまっているRealClearPoliticsの数字など当てにならないと言う。
Yさんの現場取材精神は、これぞ記者という感じで、小さな選挙集会の空気の変化まで現場で感じ取る手法を貫いてきている。その体感では、ハリスに期待をよせる人々の思いは、ヒラリー・クリントンの時とはかなり異なっているという。
何よりもメディア環境が激変し、社会全体でのジェンダー、マイノリティをめぐる意識の変化が背景にあるので、その意味でもカマラ・ハリスが勝っても少しもおかしくないというのだ。
一部のメディアが報じるように、投票日の夜、カマラ・ハリスは、自身の出身大学=ハワード大学(ワシントンDC所在)で「勝利集会」を開くということで、Yさんはそこに駆けつける予定だ。
僕はアメリカに暮らしているわけではないし、現地に暮らす人の情報量と判断力には脱帽するしかない。にしても、信頼する知人のジャーナリストがこの時点でここまで異なる事前予測をしていることに大きな戸惑いを覚えた。
それくらいの大接戦なのかということに加え、アメリカ社会の分断がこの10年足らずの間に、驚くべき深刻さで進んでしまったということもあるのだろう。
映画監督のマイケル・ムーアが、トランプに票を投じる人々の内奥に迫った映画『華氏911』(2016年)が提起した問題は、今現在も変わっていない。それどころか今はアメリカの内戦を描いた映画『シビル・ウォー』まで公開されている。
消えたトランプの地名
ニューヨークに向かう機内では、今年度のノーベル文学賞を受賞したハン・ガンの本をずっと読んでいた。あまりにも素晴らしくて眠れなかった。『菜食主義者』には頭を強打されたような気持ちになった。
パスポートコントロールを出たのは深夜の24時をすでに過ぎていた。JFK空港から今回の旅の宿(個人宅)への移動は、こんな深夜ではタクシーしかない。すんなりとイエローキャブに乗れた。
今のシステムではJFKからNYのダウンタウンまでの基本料金は一律73ドル50セント。そこから場所によって追加料金が加算される。チップは必須で、最低でも20%で合計100ドル弱。この円安のご時世、1万5千円とお高い。
乗せてくれたタクシードライバーはバングラデシュから渡米し14年になるとのこと。バングラデシュといえば、8月、政変直後に行ってきたのでついつい話しかけてしまったが、なかなかしんどかった。
「アメリカの選挙権があるのですか?」と聞くと「ある」と。それで思い切って「トランプ、ハリスどっち?」と聞くと「それは秘密」と初めて笑みを浮かべた。そして「個人的にはカマラ・ハリスが好ましい」とだけつぶやくように言って去った。
そして、ニューヨークに着いて知ったのだが、現地時間3日の夜(午後11時30分から)アメリカ・テレビ界の国民的人気番組『サタデー・ナイト・ライブ』に、カマラ・ハリスが生出演するというのだ! 笑ってしまう。
『サタデー・ナイト・ライブ』を見たら、これが実にスマートで過激。カマラ・ハリスはすっかり個性的な出演者陣の一部になって溶け込んでいた。もっともこの番組が大受けした要素の一つは、トランプのモノマネ芸人さんがあまりにも本人によく似ているからだったけれど。
午後はニューヨーク市内を歩き回る。と言っても今日は日曜日なうえに、ニューヨークマラソンが開催されている日。お天気もよく、ニューヨークの街中を見る限り平和そのもので、あまり大統領選を思わせるような空気はない。タイムズスクエアは平和そのもの。まあ、僕も含めて世界のおのぼりさんらが集まる場所だし。
インドから来たという女性が話しかけてきた。写真を撮ってくれというお願いだった。それで(母親がインドにルーツをもつ)カマラ・ハリスが大統領になると思いますか?と尋ねたら「全く関心がない」と取りつくしまもなかった。
かつて暮らした西72丁目のアパートを訪ねてみたら、建物の名称が変わっていた。2012年には「トランプ・プレイス」という名前だったが、住民たちがトランプという名前がついているのを嫌がって訴えを起こし認められたそうだ。こんなところに住んでいたんだ、とある種の感慨にふける。
失われたキャンパスの自由
72丁目のメトロ周辺はあまり変わっていない。ここから毎日のようにコロンビア大学に通っていた日々。2年間私はいったい何をしていたんだろうか。
せっかくなので、そのコロンビア大学に立ち寄ろうと思ってメトロに乗ろうとしたら、今日は116丁目の駅は停まらない、と教えられる。やむをえずバスで116丁目に向かう。
ところが、である。コロンビア大学のあらゆる出入口は、警備員らによって厳重に警備されていて、在学生や教員も全員が入り口で厳重にチェックを受けてから入構を許可されていた。
僕がここに通っていたのは2008年から2010年までなので、もう完全な部外者だ。警備員と交渉したが全く埒があかない。理由は、今年4月このコロンビア大学で、学生らがイスラエルによるガザへの攻撃に抗議して、キャンパス内にテントを張り、建物を占拠、大学側が警察に要請し強制排除した経緯があったからだ。
多くの学生が逮捕された上、退学処分となった。それ以降、大学側は構内への出入りを非常に厳しく制限し、学外者らの入構が不可能になった。
僕が通っていた頃は、近隣の住民らも自由に出入りしていた記憶がある。さらには、この学内でチョムスキーやエイミー・グッドマンらを招いてのディスカッションも活発に行われていた記憶がある。
何という「退歩」だろうか。大学近くにいた何人かの学生らに話を聞いてみた。頭にスカーフをした女子学生が目に留まった。2人ともインドネシアからコロンビア大学に留学中。建築の勉強をしているという。
それで4月にコロンビア大学で起きたことについて聞きたいと言ってみたが、非常に答えにくそうだった。私たちには余裕がないし、イスラム教徒としてそのことを答えることは難しい、と。
これは相当に強烈なトラウマが学内に拡がっていることを暗示しているかのようだった。何だか気分が重くなって大学を後にした。
バスの車窓からは、ニューヨークマラソンを応援する群衆の平和な姿が何度も目に入った。激戦州以外の場所では案外こんな通常の風景なのかもしれない。ここはニューヨークだ。おそらくこの州はハリスの勝利だろう。
文/金平茂紀
写真/shutterstock
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