スナック経営のトラブルで破産した29歳男性がホームレスに…すべてを失って始めた車上生活で初めて気づいたこと
集英社オンライン / 2024年11月13日 17時0分
何らかの事情で住まいを失ったとき、車を最後の砦とする人たちがいる。道の駅などでは以前から、ホームレスの延長線上にある「車上生活者」の存在が知られてきた。山梨県出身の福谷崇さん(29歳)は、2024年6月から愛車のフォード・エクスプローラーで寝泊まりを始めた。かつては写真や映像撮影の仕事をし、複数の飲食店の経営もしていたという福谷さん。車窓から見える景色とは──。
炎天下の暑さに耐えるホームレス生活
「ホームレス」という言葉から連想する姿とはほど遠い、清潔感のある服装で取材場所に現れた福谷さん。街ですれ違っても、誰も彼が公園で暮らしているとは思わないだろう。しかし実際は家も仕事もなく、一人でひたすら暑さに耐える夏だったという。
「公園やコンビニ、立体駐車場なんかを転々としながら車で暮らしています。少し目立つ車なので、なるべく同じ場所にいないようにして。夏場は朝6時半には気温が30度近くなる。僕のいた山梨は日中38~39度まで上がりました。2回ほど熱中症になりかけて、動けなくなったこともありました」(福谷さん、以下同)
いかにも車上生活者、といった印象を避けるため自炊はせず、食事はカップラーメンや冷凍食品、惣菜などを買う。店に備えつけの電子レンジやポットで調理し、その場で食べて捨てる。
「イオン系の大きなスーパーだと、夕方には弁当が半額になって200円とかで買えるんですよ。もともと少食で、1日1食でも平気なんですけど…でも、どんどん精神的に削られていきますよね。普通に茶碗に盛った米とお味噌汁と焼き魚とかでいいから、そういうご飯が食べたいなっていう気持ちは頭から離れないです」
1台の車と、その中にあるものがほぼ全財産。まだ回線契約が有効なiPhoneが社会との唯一の接点だ。
「もう手元にスマートフォンしかないので、ずっと見ています。一日中寝ていることも多かったです。することがないというのもありますけど…精神的に何もできなかったというのが近いです」
入浴はインターネットカフェで、洗濯はコインランドリーで済ませる。収入がないのに現金を使った生活ができているのは、福谷さんがもともと自営業だったことによる。
「今は全ての口座とカードが止まっている状態なんですけど、現金商売をしていたこともあって、手元にキャッシュを置いていたんですね。それをかき集めて車上生活を始めました。やってみると、この暮らしはランニングコストがほとんどかからない。でもリミットが近づいています。まもなく車検が切れるんです。その後のことは…わからないですね」
仕事上のトラブルで店舗・自宅・家財道具を失う
礼儀正しく、知的な言葉遣いで状況を説明する福谷さんは、十分な社会生活能力を持っているように見える。どうして車上生活に至ったのだろうか。
音大進学をきっかけに故郷の山梨から上京した福谷さんは、ファッション写真家を目指して撮影アシスタントの仕事を始める。フリーランスとして独立後、映像撮影で数百万円規模の依頼も受注できるようになり事業を法人化。一方で業界特有の価値観や人間関係に馴染めないものを感じていたという。
同じ頃、日本のスナック文化に興味を持ち始めた。
「おもしろい説があって、欧米に比べて日本にメンタルクリニックが少ないのは、スナックがその役割を担っているからだと。
僕も人が集まる場所が好きで、思考や感情をアウトプットして脳のゴミをきれいにするというのを無意識にやっていたと思います。何度も通ううちに、もっとこうしたらいい店になるんじゃないか、という考えも出てきて」
福谷さんは東京・小岩にスナックをオープンする。その読みは当たり、時代は「ネオスナック」ブームに。いずれは20店舗…と夢を抱いて山梨に2号店をオープンし、東京と行き来する2拠点生活が始まった。しかし、3号店の準備中に事件が起こる。
「1号店を任せていた人が“飛んで”しまったんです。事務所はもぬけのから。僕も新店準備で『次に次に』と気持ちが先走っていて、細かく見ていなかったのも悪かったんですけど、店舗名義の勝手な契約や家賃滞納もわかって」
少しでも損失の穴埋めをしようと、3号店の開店や撮影業務に奔走しながら事業の再建を図っていた福谷さんを、さらなる出来事が襲う。
「近しい人に資産を持ち去られてしまったんです。自分の家なのに入れない、解約もできない、店の鍵も金庫も通帳もない、そんな状態になってしまって。そもそも最初の事件以来、ぎりぎりの自転車操業だったんです。警察、弁護士、銀行、カード会社、不動産管理会社、市役所…あらゆるところに相談しましたが、1円も戻りませんでした」
坂を転がり落ちるように、家も職も人間関係も失った福谷さん。生活に必要な支払いを後回しにし、事業資金に充てていたことも裏目に出て、気づけば身動きがとれない状態になっていた。
「実家は頼れなかったです。僕がホームレスであることは知っているはずですが、とくに反応はありません。生活保護のことも教えてもらいましたが、家は自分で探さないといけない。
見通しのないまま車での生活が始まって、朝から晩まであちこちに電話をかけ続けても解決せず、心が折れてしまった。精神科を受診したら『うつ』とは言われましたが、まずは状況を改善しないと治らないと…」
カメラの技術がありながらも再就職しない理由
不運に見舞われたとはいえ、20代にして一時は夢を叶えた福谷さん。しかし、過去を語る口ぶりは淡々としており、達成感や充実感は伝わってこない。チャンスがあれば撮影や飲食の仕事に再挑戦したいか質問すると、福谷さんは深く考え込んだ。
「絶望とはまたニュアンスが違うんですけど…どうやってこの世界で歩みを進めていけばいいのか、わからなくなってしまって…。そもそも自分は、アナログな場所で人と対峙して仕事をすること自体に適性がない。
でも、ずっと“他人からの矢印”でしか自分の姿がわからなかった。物心ついたときから『何者かになりたい』と思い続けてきました。そうでないと評価されない家でした。今こうして肩書きを全て失ってみたら、輪郭がぼやっとして、『あれ、僕って何だったんだろう』みたいな…」
うつ状態が続いていた福谷さんだが、SNSでの自己表現などを通じて心穏やかに過ごせる日が増えてきた。車上生活は郵便も届かず、社会制度からは切り離されているものの、案外「生活できてしまった」ことも大きいという。
「ホームレスになって、初めて自分の内側からの矢印に気づいたような感じなんです。自分には何が向いているかとか、何をしたいかとか、みんなもっと早く気づいているんですよね。ホームレスはつらいです。つらいんですけど…ようやく人生が始まった、というか…」
とはいえ先が見えない生活だ。これからどうするつもりなのか尋ねると、「旅に出る」という意外な言葉が返ってきた。
好きだったはずの写真にさえ、情熱が欠けていたのではと自己分析する福谷さん。それはおそらく表現者としての内的衝動よりも、他人からどう評価されるか、どう見えるかが先に立っていたからだろう。撮影旅行かと重ねて質問してみた。
「そうですね…漠然とですけど、撮った写真を1冊にできるかな、なんて考えています。常に頭の中で何かを考えてしまうほうなんですけど、思えば写真を撮っているときだけは、その瞬間に向き合っている。
それに自分の足跡だったり、見てきたことを残せるのは実は価値があるのかなって。今になって初めて、本当の意味で写真を撮っている…ようやく写真を始められる…そんな気がするんです」
予告通り福谷さんは山梨を離れた。現実的に考えれば優先すべきは生活再建かもしれないが、福谷さんは今「自分は何者か」「何ができる人間なのか」という問いに圧倒されている。
SNS社会を例に出すまでもなく、人は誰しも心の奥底に「自分の価値を認められたい」という欲求を持っている。同時に大多数は、特別な才能も感性もなければ、何かをやり遂げる情熱もない凡庸な自分を知っている。
そこで卑屈になって成功者を貶めるのに熱中するか、志を抱いて奮起するか、等身大の自分を認めて日常の小さな幸せに目を向けるようになるか…いずれにしても人は自分を受容しなければ生きていけない。福谷さんの行きつく先がどこなのか、興味が尽きない。
文/尾形さやか
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