”経営の神様”と称された稲盛和夫さんが生前に語っていた「人の思いや考え方が運命を変える」の意味
集英社オンライン / 2024年11月23日 11時0分
京セラと第二電電(現KDDI)を創業、経営破綻した日本航空(JAL)の会長として再建を主導し、「盛和塾」の塾長として経営者の育成にも注力した稲盛和夫さん(享年90歳、2022年8月逝去)。著書の累計が世界2800万部に及ぶ実績を残した稲盛さんだが、10代の頃はうまくいかないことも多かったとか。
そんな稲盛さんが語っていたことの一つが「運命は変えられるか」。生前に語っていた若い人たちへのメッセージをまとめた新刊『「迷わない心」のつくり方』(サンマーク出版)よりお届けする。
人生には運命と因果がある
私は自分がつくりました人生の方程式を、「人生の結果の法則」と言ったりするのですが、人生にはもう一つ「因果の法則」というものがあります。
宗教的な話になってしまうかもしれませんが、私が因果の法則というものに気がついたのは、安岡正篤(やすおかまさひろ)という人の本を読んだときでした。
もう亡くなられましたが、安岡先生は戦前戦後の日本の精神界をリードしたすばらしい哲学者です。多くの中国古典を日本に紹介し、日本のリーダーたちの精神形成に大きな影響を及ぼしました。
安岡先生の書いた本の中に『運命と立命』というものがあります。若い頃に読み、私はたいへんな感銘を受けたのですが、これは中国の『陰騭録』(いんしつろく)という本を例にとり、人生には運命と因果の法則の二つがあるのだということを、インテリの人たちにもわかりやすいように紹介している本です。
簡単に説明をしてみます。
『陰騭録』は今から400年ほど前、中国・明代に袁了凡(えんりょうぼん)という人が書いた本です。
老人から予言された運命
袁了凡さんが子どもの頃、まだ袁学海(えんがっかい)という名前だったときのことです。ある夕暮れ、学海少年が住む家の前を白髪の老人が通りかかりました。
「これこれ、おまえさんは学海少年ではないか」
声をかけられた学海少年は、そうですと答えます。
「私は南の国で易を究めた人間だ。北の地に住む学海少年に易の真髄を教えよという天命が下ったので、わざわざおまえさんを訪ねてきたのだ」
その日の宿を少年の家でとることになった白髪の老人は、夜、学海少年のお母さんを前に話を始めます。
「お母さん、あなたはこの子を医者にしようと思っていますね」
学海少年は幼い頃にお父さんを亡くし、以来、お母さんと二人で暮らしています。
「はい。若くして亡くなりましたが、私の主人、つまりこの子の父は医者をしていました。お祖父さんも医者でした。代々医者をしている家系でございますから、この子にも医者になってもらおうと思っています」
「いやいや、この子は医者にはなりません。科挙の試験を受け、中国の立派な高級官僚として出世をしていくという運命になっています」
老人は次々と学海少年の未来を語り始めます。
「何歳のときに郡部の試験を受け、何人中何番で合格する。次に県の試験を受けたときには何人中何番で合格する。さらに、何歳のときにその上の試験を受けるけれども、そのときは不合格となる。しかし翌年、合格する。最後は北京で行われる試験に合格し、高級官僚の道を歩き始める。若くして出世し、地方長官として赴任することになる。結婚はするけれども、残念ながら子どもには恵まれず、53歳で天寿を全うする」
老人がお母さんに語る話を聞きながら、学海少年は「ヘンなことを言うおじいさんだな」と思っていました。
実は学海少年は、その後、白髪の老人が言った通りの人生を歩むことになります。何歳で何の試験を受け、何人中何番で通るということも、北京の試験に合格し、若くして地方長官として赴任することも、すべてが老人の言った通りとなっていくのです。
大人になった学海が老師から言われたこと
長官として赴任した地には、立派な禅寺がありました。そこに立派なご老師がいると聞いた学海長官は、人生のいろんな訓話を聞きたいと思い、禅寺を訪ねます。若く聡明な長官が赴任してきたということを知っていた老師は、学海長官を快く迎えます。
「よくお出でくださいました。一緒に坐禅でも組みましょうか」
すばらしい坐禅を組む若い学海長官を見て、老師は舌を巻きます。
「あなたはお若いのに、なんとできた坐禅をなさる。どこで修行をなされた? 雑念妄念もなければ一点の曇りもない坐禅を組むということは、よほど修行をなさったのでしょう」
「いえ、私は難しい修行などいたしておりません。ただ、ご老師からそう言われて、思い当たることがあります」
学海長官は幼い頃に出会った白髪の老人の話を語り始めます。
「私は子どものとき、白髪の老人から自分の運命を聞きました。その後、老人が言った通りの人生を歩いてきました。結婚をしましたが、老人の言った通り、子どもには恵まれておりません。今後も老人が教えてくれた通りの人生を歩み、やがて53歳になれば命を終えると思っています。ですから、こうなりたいああなりたいという思いがないのです。老師が雑念妄念がないとおっしゃるのは、そのためかもしれません」
話し終わるや否や、老師はたいへん厳しい顔になります。
「若くして長官になった立派な人かと思ったら、あなた、それほどのバカだったのか。白髪の老人が話したのは、あなたが生まれたときに持ってきた運命のことなのだよ。その運命のままに生きるバカがおりますかよ。運命は変えられるのです」
心に思い、行動することで、運命は変わっていく
オギャーと生まれてきてから、人は運命の命ずるままに歩き始めます。運命に翻弄(ほんろう)されながら人生を生きていくわけですが、その中で人はいろんなことを思い、いろんなことを行います。
私たちは人生を生きていく中で、いろんなことをします。「する」ということは、その前に必ず「思う」ことから始まります。
今日は帰ろうと思うから帰る、どこそこへ行こうと思うからそこへ行く。
行動する前には、必ず「思い」があるわけです。「思い」というものがあって、私たちは行動する。
実は、その「思い」というものがたいへん大事なのです。
運命に翻弄されながら生きていく中で、そのときにあなたがどういうことを思ったのか、どういう思いを持ってどういうことをしたのか。それによって運命は変わっていくのです。
運命に翻弄されながら、あるときにはたいへんひどい目にも遭うでしょう。たいへんな幸せに遭遇することもありましょう。
人生は波瀾万丈です。その災難に遭ったとき、幸運に会ったときに、あなたはどういう思いを心に抱き、どういうことを実行するのか。それによって運命は変わっていくのです。
「善きことを思い、善きことを実行すれば、運命はよい方向へと変わっていく。悪いことを思い、悪いことを実行すれば、運命は悪い方向へ変わっていく。決められた運命のままで生きるバカがいますか。運命は自分の考え方、自分の思いで変えられるのです」
そのように老師は諭(さと)します。
運命のままに生きてはならない
学海長官は老師の言葉に感銘を受けて、帰ってから奥さんにその話をします。奥さんもたいへん立派な方だったのでしょう。
「それはよいことをお聞きになりましたね。できれば私も一緒になって、これからはなるべくよいことを思い、よいことをしていくようにします。二人して力を合わせていきましょう」
奥さんがそう言ったあとで、この本は局面ががらりと変わります。
「なあ息子よ、お父さんはあの白髪の老人が言った通りの人生を歩いてきた。しかしご老師から、運命のままに生きてはならない、考え方によって人生は変わるのだということを教わり、お母さんと一緒によいことを思い、よいことを実行するようになった。すると、生まれてこないと言われていたおまえが生まれた。それだけではない。53歳で寿命が尽きると言われていた私が、70歳を過ぎた今も元気にしている。
人生というのはそういうものなのだよ。人生には運命があり、その運命を変える因果の法則というものがある。善きことを思えばよい結果が生まれ、悪いことを思えば悪い結果が生まれるという因果の法則があるのだよ」
そう息子に語っているのが『陰騭録』という本です。
若い頃にその内容を理解した私は、「ああ、やっぱりそうなのか」と思いました。人生の方程式というものをつくり、考え方が大事なのだと思ってきたけれども、やはり人生の中で一番大事なのは「考え方」「思い」であったのかと、確認することができたわけです。
「どう思うのか」ということが、人生の中で一番大事なのです。
以来、私はそのことをいつも考えながら生きてきたつもりです。
(2006年12月22日 善通寺市立東中学校での講演より)
写真/shutterstock
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