五月病、HSP、カサンドラ症候群、自律神経失調症は病気じゃないのか? それでもこれらの症状をほうっておいてはいけない理由
集英社オンライン / 2024年11月19日 18時30分
〈がんになったらまず見ておきたいサイトは3つ…診療ガイドライン、標準治療、もし治療法に迷ったら……〉から続く
自分ではこの病気だと思い込んでいても、別の病気の症状のひとつであることや、よく聞く症状名が実は医学的な病名ではない場合がある。
本記事では、書籍『その医療情報は本当か』から一部抜粋し、「五月病」「HSP」「カサンドラ症候群」「自律神経失調症」といった身近な症状名について、医療現場からの見解をもとに解説する。
「五月病」は病名ではなく俗称
結論から言うと、五月病、HSP、カサンドラ症候群、自律神経失調症は、どれも病名ではありません。
まず、「五月病」とはよく知られるように、春の大型連休明けに、「学校や職場に行く意欲がわかない」「気分が落ち込む」「不安がつのる」「食欲がない」「体がとてもだるい」「なかなか眠れない」といったメンタルの不調の総称として用いられます。
1960年代後半に流行語となったとされ、そのころは、受験を終えた新入学の大学生や、クラス替えなどで環境が変わった小中高生、また新社会人に特有のことと考えられていました。
実際には、中高年の場合でも会社での異動や昇進、家族らの状況など環境の変化によって同様の症状がみられることから、近年では年代や職業を問わずに広く一般に使われます。
また、5月の連休明けから徐々に気力が低下し、6月になってより症状が強くなってつらい、という人が増えていることから、「六月病」と呼ばれることもあるようです。
ただ、ここで伝えておきたいのは、「五月病や六月病は俗称であり、医学的な病名ではない」ということです。
連休が明けると、メディアでは盛んに「五月病に注意」という情報が発信されていますが、あたかも病名であるかのような表現もみられます。患者さんの中にも、五月病を病名だととらえている人が多いと感じています。
五月病は「5月の病気」ではない
学校や職場、家族、対人トラブルなど明確な原因と考えられるストレスがあり、それに起因して先述の症状のように無気力や気分の落ち込み、食欲不振、不眠などがあり、日常生活に支障がある場合、医学的には「適応障害」に該当します。その場合、原因がなくなれば症状は改善することが多いです。
また、明確な原因の有無にかかわらず、そうした症状が2週間以上にわたってほぼ一日中続く場合は、「うつ病」のケースもあります。
ただこの五月病、毎年連休中からニュースになり社会問題化していますが、これまで大規模なデータに基づいて、正確にこの時期にメンタル不調のケースが増えるということを証明した研究は、わたしの知る限りではありませんでした。
しかし、2023年に名古屋市立大学精神医学教室の白石直講師が発表した論文で、その存在が明らかになりました。わたしも共著者です。研究の概要はこうです*1。
2019年から2021年の日本の大学生1626人のうつ症状の推移を調べました。新型コロナウイルスが蔓延した時期と重なるため、この研究の当初の目的は、緊急事態宣言が発令された時期に大学生のメンタルヘルスが悪化したかどうかを調べることでした。
結果的には、緊急事態宣言の影響は明らかではなく、それよりも新学年が始まった春先にうつ状態が強くなっていました。
このことから、たしかに「大学生にとって、5月を含む春先は要注意」といえることがわかりました。
症状が続く場合はしっかりと病院へ
ただし5月と言わずとも、年末年始や夏休み、秋の連休の後、毎週月曜日などに、学校に行くのが面倒になる、ああしんどい、もっと寝ていたいと思うことは誰にでもあることです。この研究では、そうした細部の解析はしていません。
ただ、誤解のないように伝えておきたいのは、こういった時期にメンタルヘルスがいつもより良くないとしても、その状態が必ずしもうつ病や適応障害などの「病気」を意味するものではないのです。
メンタルの状態が一時的に不調であっても、いつしか休み前の状態に気力が戻っている場合は、とくに心配する必要はありません。いわゆる「日常的な気分の変動」であり、誰もが経験する正常な反応です。
五月病に関してわたしがもっとも伝えたいのは次のことです。
春先は大学生にとって友人関係が変わったり、進路などの人生の決断を迫られたり、希望とともに失望も経験したりと、そもそもメンタルの不調をきたしやすい時期です。そのため、調子を崩す学生が増えます。
しかし裏を返せば、春先でなくてもそういった状況に追い込まれた場合は、どの時期であろうとも、メンタルに不調をきたす可能性はあるということです。
また、この研究はあくまで大学生だけを対象としており、この結果がほかの世代にも当てはまるかどうかはわかりません。社会人においても、春先は就職や転職、また人事異動などの変化が比較的多い時期なので、注意すべきだとは言えるでしょう。ただこの場合ももちろん、5月でなくてもいつの時期にも起こり得ることです。
そもそも、適応障害やうつ病は、花粉症やインフルエンザのように季節性の病気ではありません。実際、精神科の外来診療をしていると、どの時期にもうつ病や適応障害の患者さんは受診されます。
臨床での実感としては、季節的な差はありません。メンタル不調の時期という視点で重要なのは、「5月だから注意する」のではなく、「生活の変化があってストレスを感じているときは注意する」ということです。
時期を問わず、メンタルがつらいと思われる症状が目安として2週間以上続く場合は、精神科か心療内科を受診しましょう。適応障害やうつ病、またほかの病気ではないかなどを診断します。
「HSP」とは特性を表すことば
次に、数年前からメディアで見聞きするようになった「HSP」について考えます。
HSPとは「Highly Sensitive Person」の略で、直訳すると「非常に敏感な人」となります。アメリカの心理学者のエレイン・N・アーロン博士が提唱した心理学的概念であるといわれ、さまざまな事象への感受性が強い性質を生まれ持った人を示すとされています。
その特性は、一般にほかの人が感じないような刺激に過剰に反応する、感情の反応が強い、音・光・においなどの刺激に敏感であるなどで、興奮による疲れが激しいといったことです。
HSPとはその人の特性を表すことばであり、病名や病気を示す用語ではありません。HSPということばが知られるようになった背景には、著名人がSNSやメディアで発言したり、悩む人たちのコミュニティがネット上で広まったりしたことがあるようです。
「自分はHSPだ」と言って医療機関を受診された場合、そのこと自体が治療の対象にはなりませんが、背後にうつ病や適応障害などの病気が隠れているケースはあります。
冒頭で紹介した「僕はHSPです。薬はありますか」という質問の場合は、医師はまず、メンタルと体の両面から病気ではないかを診断することになります。
刺激に敏感な性質や体質というと、誰しも「自分はそういう面がある」と思うのではないでしょうか。とくに、人間関係など何らかの悩みごとがあるときや体のどこかが不調なときには、周囲の人の言動や社会のできごとに過敏に反応し、同じ悩みの人に強く共感したり、音や光、においにも敏感になったりすることはあるでしょう。
もし、ストレスから対人関係に過敏になり、自分はHSPだと悩んでいる場合、そのストレスが軽減すると、対人関係の敏感さも気にならなくなるかもしれません。
「カサンドラ症候群」でつらいときは
近ごろ、患者さんから耳にすることばのひとつに、「カサンドラ症候群」があります。たとえば、「わたしはカサンドラ症候群です。とても憂うつで将来には不安しかない」「カサンドラ症候群かもしれません。受診してはだめですか」といった声です。
カサンドラ症候群とは、発達障害のひとつである「アスペルガー症候群※」のパートナーや家族など、身近な人とのコミュニケーションが原因でストレスが積み重なり、心身に多様な不調が表れることをいいます。
カサンドラはギリシャ神話に登場するトロイの王女の名で、神の呪いで苦しんだ境遇になぞらえてその名が付けられたといわれます。カサンドラ症候群も、病名や病気ではありません。しかし、パートナーや家族などへの対応の方法について知識を得たり、専門機関に相談したりすることは重要でしょう。
また、五月病やHSPと同様に、そのことで悩んで心身の不調が長引き、日常生活に差し支える場合は、適応障害やうつ病といったメンタルの病気の可能性もあります。
※アスペルガー症候群は現在(2013年のアメリカ精神医学会の診断基準『DSM-5』の発表以降)、「自閉スペクトラム症(ASD:Autism Spectrum Disorder)」のひとつに分類されています。
「自律神経失調症」は状態の総称
ヒトの体には、「交感神経(主に興奮しているときに働く神経)」と「副交感神経(主に穏やかな気分のときに働く神経)」という2つの自律神経系があります。それらが互いにバランスを取り合って、心拍や血圧、消化、代謝、発汗などの生命活動を調整しています。
「自律神経失調症」とは、この2つの自律神経のどちらかが過度に優位になって、互いのバランスが崩れている「状態」の総称であり、病名ではありません。
具体的な不調は、疲労感、頭痛、肩こり、腰痛、めまい、耳鳴り、動悸、息切れ、下痢、便秘、腹痛、胃痛、吐き気、しびれ、多汗、頻尿など、個人によって多岐にわたります。
自律神経の不調はさまざまな病気に伴います。たとえば、うつ病の際にも、頭痛や肩こり、胃痛などの自律神経症状が見られます。また、何らかの身体的な病気に伴って、これらの複数の症状が表れることもあります。
病名ではないと聞くと、単なる疲れだろうと自己判断をしてがまんする人もいますが、後になって重篤な病気が発見されるケースも現実に多いのです。不調が続くなあ、と思う場合は早めに、不調の部位から判断した診療科を受診しましょう。診察や検査の結果次第で、適切な診療科を紹介されるでしょう。
高額治療やカウンセリングビジネスに注意
医学的に病名ではないことばが社会に広く知られるようになり、ひとり歩きすることは古今東西、ありがちな現象といえます。ただ、現在のネット社会では情報の拡散スピードが非常に速く、それに比例するように医療情報の内容が変化していき、病気の本質が誤って伝わりやすいことから問題が生じています。
五月病、HSP、カサンドラ症候群はメンタルの不調に、また、自律神経失調症は心身の不調に基づくことばですが、その本質的な意味、概念は適切に伝わっているでしょうか。「このつらさは病気の症状なのか」と迷うことはとても多いと思われます。迷って不安なとき、ネットなどで見つけた、実は不適切であるにもかかわらず刺激的な意見や情報に注目してしまうことがあるかもしれません。
ネット、テレビ番組、雑誌などには、「あなたは○○○○(病名や症状が入っている)かも」というようなチェックリストや、克服の方法といった情報があふれています。そのリストや克服法は、医学的なエビデンスに基づいた確かな内容なのでしょうか。
「病気や病名ではないのだから、メディアや企業、団体、個人がどのように表現しようと自由だ」という考えや、自分好みの刺激的な情報を鵜吞みにし、それを拡散するといった行為はたいへん危険です。弱気になっているときにこういったチェックリストを試してみると、ほとんどの項目が自分に当てはまるように感じられるかもしれません(しかし、実際にはそんなことはありません。誰にでもある心理効果が働いているのです)。
流行していることばを用いたり、人の不安をあおる表現を使ったりして、自由診療で高額な費用をとるクリニックや、専門家ではない人によるカウンセリングといったビジネスも急増していると聞きます。
くり返し述べますが、つらい不調が続く場合、何らかの病気が隠れている可能性があります。ここで紹介したように、病名ではないけれど、健康を害しているような意味合いのことばに接する際には、自らのヘルスリテラシーが重要な役割を果たすでしょう。
*1 Shiraishi N, Sakata M, Toyomoto R, Yoshida K, Luo Y, Nakagami Y, Tajika A, et al. Dynamics of depressive states among university students in Japan during the COVID-19 pandemic: an interrupted time series analysis. Ann Gen Psychiatry. 2023;22(1):38.
写真/shutterstock
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