「佐々木朗希は中4日のローテを守れるのか」広岡達朗の持論「体力のない投手はメジャーでは通用しない」NPBがメジャーのマイナーリーグ化することへの警鐘
集英社オンライン / 2024年11月26日 17時30分
〈広岡達朗「日本は大リーグの高額複数年契約を真似するな!」10年総額1015億円の大谷翔平は「契約年数の半分もつのか?」〉から続く
千葉ロッテの佐々木朗希がポスティングシステムでMLB入りをめざす。プロ入り後にシーズンを通して1年間ローテーションを守り切ったことのない佐々木のメジャー移籍に対して、懐疑的なのが球界OBの広岡達朗氏だ。「日本がメジャーを支えるマイナーリーグになる」ことを危惧する広岡氏の考えとは。『阿部巨人は本当に強いのか 日本球界への遺言』 (朝日新聞出版)より一部抜粋・再構成してお届けする。
【画像】日本人選手で初めてポスティングシステムでMLB入りした選手
20勝投手がいなくなった日本球界
昔の話になるが、私が巨人のショートのころ、後輩に安原達佳という投手がいた。
岡山県立倉敷工業出身で、2年目の1955年には先発の一角として12勝8敗の活躍で防御率1.74。翌年はエース・別所毅彦の27勝に次ぐ15勝7敗でリーグ連覇に貢献した。
身長179センチで、スナップを利かせた速球には力があり、指先が風を切るようなピシッという音がベンチまで聞こえた。
カーブ、シュートもキレがあって、若手の有望株として頭角を現したが、その安原が2年連続で2ケタ勝利を挙げたオフの契約更改で「私の言い分も聞いてください」と粘ったら、応対した球団代表に「お前、何様だ。文句があるなら20勝を続けるようになってから言え!」と一喝された。
昔のプロ野球はそれほど厳しかったが、いまは2013年の田中将大(楽天)の24勝を最後に20勝投手が出ていない。
2023年に3年連続で投手の主要タイトル4冠を独占し、年末に大谷に続いて12年契約471億円でオリックスからドジャースに移籍した山本由伸でさえ、2021年の18勝がキャリアハイ。最近のエース級も2ケタ10勝ラインを超えれば大喜びしている。情けない。
大リーグで中4日のローテを守れるのか
そこで次の大物・佐々木だが、5年目にもなって、1年間満足に投げ切ったことがないのに、ポスティングでアメリカに行きたいと契約交渉期限ギリギリまで粘るなんて間違っている。
2023年も先発の柱だった佐々木がケガや体調不良で長期間休まなかったら、ロッテはもっと楽にCSに進出し、展開によってはパ・リーグ優勝と日本一の可能性もあったかもしれない。
いつも言うように、23歳の若さでこんなにケガや体調不良が多く体力のない投手はメジャーでは通用しないし、ポスティングで行っても、すぐ壊れて帰ってくるだろう。
たしかに192センチの長身で160キロ超のスピードと鋭いフォークボールを投げる素材は優れているが、中南米から身体能力の高い若い選手が集まるアメリカのマイナーリーグには160キロ級のスピードの投手はいっぱいいる。ただ彼らはコントロールが悪く、変化球の精度が低いので、なかなかメジャーに上がれないのだ。
それに第一、大リーグでは1週間や10日に一度しか投げられず、長期連戦が続く過酷な遠征に耐えて1年間投げ切ることができない投手は使われない。
それでは多国籍集団のチームの中で、平等ではないからだ。その平等の意味が日本人はわかっていない。
それはどういう意味かというと、大リーグでは5人か6人で先発投手のメンバーを組み、原則中4日でシーズンを乗り切ることになっている。
そんな社会で、日本から来た投手だけ中1週間や10日の休養をとってベストコンディションで投げさせたら、ほかのローテーション投手にコンディショニングの負担をかけ、結果として成績や年俸査定が不公平になるからだ。そんな世界に、毎年のようにケガや体調不良で長期休暇を取るいまの佐々木が飛び込んで通用するはずがない。
アメリカは日本よりいいところだという保証はない。多民族社会だから、いろいろな問題があって、それらを解決するために法律がすべてに優先するのだ。その厳しい現実を、これまでアメリカに行った日本人選手たちが後輩や野球界に伝えないから、誤解や間違いが起きるのだ。
大谷人気でアメリカ人はみんな日本人選手にやさしいと思うだろうが、力のない選手がひとりで移籍したら誰も応援をしてくれないのが現実だ。
年俸バブルで自分の力を過信するな
イチロー(マリナーズ)に始まって松坂大輔(レッドソックス)、ダルビッシュ有(レンジャーズ)、田中将大(ヤンキース)、前田健太(ドジャース)、大谷(エンゼルス)に続き、2021年には鈴木誠也(カブス)、2022年には吉田正尚(レッドソックス)、そして2023年には山本(ドジャース)と今永昇太(カブス)が海を渡った。
これで2000年以降、ポスティングシステムで日本球界から大リーグに移籍した選手は計9人。このあとを追うように、2023年末には楽天の左腕・松井裕樹も海外FA権を使って5年総額39億2000万円でパドレスに入団した。
あらためて言うまでもなく、いずれも日本プロ野球でそうそうたる実績を残している看板選手だが、最近の移籍にあたって、大リーグのFAやトレードの天文学的年俸バブルは異常としか言いようがない。そしてこのバブルは、日本を脱出する選手たちの契約条件にそのまま反映されている。
たしかにDeNAの左腕・今永は最近力をつけて成長している実力者で、前年は7勝4敗の防御率2.80で最多奪三振のタイトルもとった。しかし日本での最終年俸は1億4000万円。それがカブスでは4年総額78億4000万円、年俸19億6000万円だという。
また、高卒11年目で29歳の松井は、楽天で年俸2億5000万円だったのが、海外FAでパドレス入りして7億8000万円になった。
そして最後に驚いたのは、2024年2月、メジャーリーグ公式サイトが伝えた藤浪晋太郎投手のメッツ入団のニュースだった。
AP通信によると、オリオールズからFAになっていた藤浪の契約は年俸335万ドル(約5億円)の1年契約で、登板数に応じて最大85万ドルの出来高がつき、35試合で10万ドル、40、55、60試合に達したら25万ドルずつ上積みされるという。
藤浪は2023年、阪神からポスティングシステムでアスレチックスに移籍し、160キロ超の速球で先発として開幕を迎えたが、阪神時代から課題だった制球難で不振が続き、7月にはオリオールズにトレードされた。
両チームで計64試合に登板したが、7勝8敗、防御率7.18だった。阪神で4900万円の投手が、なぜ年俸5億円で評価されるのか。
案の定、藤浪は2024年7月、メジャーやマイナーチーム4球団を渡り歩いた末に戦力外になった。日本一の速球に魅了された大リーグも、あまりの制球難に愛想をつかせたのだ。
日本はメジャーを支えるマイナーリーグになった
選手の立場になれば、アメリカはおいしい職場である。私も生涯プロ野球一筋で、サラリーマンの経験はない。現役時代の短いプロ野球選手が引退後の長い余生を考えれば、少しでもいい条件の球団に移りたいのはよくわかる。
マスコミでは「いまよりもっと成長させてくれる舞台」とか、「世界一の野球に挑戦してみたい」とかいう選手の夢や希望の言葉があふれている。しかし、こんなきれいごとだけが大リーグを目指す動機だろうか。その本音に、大リーグの球団が提示する日本とはケタ外れの複数年・高額条件の魅力がないとはいえないだろう。
まして「10年総額1015億円」のほとんどが「10年契約終了後の後払い」という大谷とドジャースの仰天契約が象徴するプロ野球の日米格差が、引退後の野球年金もない日本人選手の夢をかき立てていないはずがない。
だが、ドルで頬をひっぱたかれて人気選手を次々に引き抜かれる日本の野球はどうなるのか。たしかにカネは大事だが、取引は選手も日本の野球界も、どちらも平等で幸せにならなければおかしいだろう。
選手のためにはいい条件でも、常に日本野球の将来を考えてきた私の立場から言えば、毎年日本の優秀な選手がポスティングでメジャーに引き抜かれる現状にはがまんができない。いまに始まったことではないが、これでは日本のプロ野球はどうなるのか。球界を代表するような優秀な選手が毎年、高額の条件で渡米するようでは、日本のプロ野球はアメリカのマイナーリーグ、3Aになってしまうだろう。
いや、もうすでにそうなっている。
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