「ご飯の味がしない…」中学受験をきっかけに摂食障害発症、自身の過去を娘でリベンジしようとした母の暴走「母の死後ようやく“自由になれた”」《中学受験後遺症》
集英社オンライン / 2024年11月30日 9時0分
中学受験をする子どもの割合が年々増加している。その経験が成長の機会となる一方で、過度なプレッシャーや学習負担が子どもの心身に悪影響を及ぼすことも少なくない。さらに、その影響は成人後まで続くケースも…。今回は、中学受験をきっかけに母親が教育ママ化したことで、小6のときに摂食障害を発症した富山玲奈さん(仮名・30歳)に話を聞いた。
【画像】受験のプレッシャーで摂食障害を発症し、体重は20キロ台に…
娘の好成績を近所に自慢、暴走し始めた母親
会社員の父親と保育士の母親のもと、関西で生まれ育った玲奈さん。母親は教育熱心で、玲奈さんはピアノに習字、スイミングや公文など、幼いころから多くの習い事をこなしていた。
「もともと教育熱心な母親でしたが、様子が大きく変わったのは小4で中学受験を決めたときからです。母親が勝手に志望校を決めて、中学受験をすすめてきました」(玲奈さん、以下同)
母親が志望校に掲げたのは、関西の難関校A中学。母親はA中学に憧れとステイタスを感じており、何がなんでも玲奈さんを合格させたいと思っていた。その思いをさらに強めたのが、玲奈さんの成績だった。
玲奈さんは幼いころから勉強が得意で、中学受験のために入った塾でも成績は常にトップ。大手塾が主催する全国オープン模試では、算数で全国10位台も記録している。
「初めて受けた全国模試の順位を見て、母が色めき立つのがわかりました。そこから急に、『玲奈ちゃんは絶対にA中学に行くんだよ』『A中学に行かなかったら、地元の公立中学に行くことになるよ。そんなことは許されない』と、毎日のようにプレッシャーをかけてくるようになりました」
玲奈さんは、プレッシャーに負けじとさらに勉強し、成績を上げていった。しかし、良い成績を取れば取るほど、母親は暴走する一方だった。
「友達のお母さんや近所の人に『玲奈がテストで〇点とった』から始まり、『うちの子は中学受験する』『A中学を受ける。模試の結果も良い』と自分の自慢話のように私の成績を言いふらすようになりました。それがどんどん重荷になっていきました。
でも、その苦しみから逃れるためには、結局勉強するしかなかったんです。言いふらしている以上、不合格になるわけにはいきません。『A中学に合格しさえすればいい』と自分に言い聞かせて、勉強をしました」
母親に言われるがまま、なんとなく受験勉強を始めた4年生のころとは状況も一変。
6年生になると、放課後はすぐに塾に行き、夜遅くまで勉強する日々。土日もほぼ1日、塾にこもり、勉強に没頭した。
小6で摂食障害発症、体重は20キロ台に
そんな熱心な母親に、完全にノータッチだった父親。
「父は仕事で忙しく、私は塾ばかりで、お互い顔を合わせる時間もなく、話もできませんでした。結局、送り迎えをしてくれる母との時間だけが増え、母はますます中学受験に躍起になっていきました。『何がなんでもA中学に合格して!』という思いがどんどん強くなっていったんです」
成績は常に上位で、志望校の合格判定もいい。それでも、玲奈さんの心はまったく休まらない。
「成績が下がれば、母に何を言われるかわからない。どんなに良い成績を取っても、受験は一回の勝負。今順調でも、落ちてしまえば意味はない。少しでもミスをしたら、すべてが終わる。
良い成績を取れば取るほど、本番まで維持しないといけないというプレッシャーが増えるばかりで、毎日『辛い…辛い…』と思って、ずっと落ち込んでいました」
そして小6の夏、玲奈さんは突然、味覚に異変を感じる。食べる物の味がしなくなり、食事がまったく喉を通らなくなったのだ。その状態がしばらく続き、気づけば身長147センチで体重は30キロを切っていた。
久しぶりに玲奈さんを見た親戚の男性が、慌てて玲奈さんの家にやってきた。
「『どう考えてもあの痩せ方はおかしい』と母に話をしてくれました。『受験で無理をさせているのではないか』『普通じゃないから、ちゃんと医師に診てもらったほうがいい』と指摘してくれたんです。そこで初めて病院に行きました」
病院での診断は摂食障害だった。
「鬱っぽい傾向も出ていたようで、しばらく病院に通いました。父と母が話し合い、塾に通うペースを落とすことになって、体調は少しずつ元に戻っていきました」
とある日、母親の実家に遊びに行った玲奈さんは、偶然、母親の学生時代の成績表を見つけた。
「母はとても成績が悪かったです。酷い言い方をすれば、賢くなかった。思わず、母に『自分は勉強できないのに、よく私に偉そうなことを言うね』と言ってしまいました。母は何も言い返しませんでした。
そのとき、母が私の成績を自慢げに言いふらしていた理由がわかった気がしました。自分ができなかったことを私でリベンジしようとしていたんだと気づいて、嫌悪感を抱きました」
母親が他界、「自由になった…」と安堵
その後、玲奈さんは大きなトラブルや問題もなく、成績をキープしたままA中学に合格。A中学での生活はとても楽しく、充実した学校生活を送った。しかし、玲奈さんが高校生のころ、母親が病気で他界してしまう。
「当時はとても悲しくて、気持ちを整理するのに時間がかかりました。でも、気持ちが落ち着いたときに『自由になった…』と安心している自分がいることに気づいたんです。母は中学受験のときも勝手に志望校を決めていました。その後も『○○大学に行ったほうがいい』『教師になったほうがいい』と、私にずっと指示をしてきました。
母の価値観で私の人生が決められていく感覚があって。もし母があのまま生きていたら、自分で何も選べない人生を送っていたんじゃないかと思ったんです」
現在、玲奈さんは自ら志望した大学に進学し、やりたかった仕事にも就いて充実した毎日を送っている。父親との関係も良好だ。
「中学受験があまりにも苦しすぎて、大学受験も就職活動も仕事も『これくらいならいけるな』という感覚でした。勉強する習慣や学ぶ癖がついたという点では、中学受験に感謝しています」
しかし、その一方で、中学受験は玲奈さんの心に深い闇を落とし続けている。
「中学受験のとき、私もしんどかったのですが父も辛かったようで、当時のことは2人の間で『なかったこと』になっています。父といるときに昔の話をしても、中学受験やそのころの話題はいっさい出ません」
母親との思い出にも深い溝が残っている。
「私は運よく勉強ができたから、母の狂気の中でサバイブできたと思っています。でも、もし勉強が嫌いだったり、成績が思うように上がらなかったら…と考えるとぞっとします。心にも体にももっと深い傷を負っていたんじゃないかと思います」
母が他界したことすら、結果としてよかったのではないかと思う自分がいる――。玲奈さんは最後にそう呟く。中学受験で幼い心が抱いた違和感や痛みは、大人になった今でも色濃く残り続けている。
取材・文/大夏えい 集英社オンライン編集部
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