「クマは“獲る”のではなく“授かる”もの」秋田の狩猟集団「阿仁マタギ」の流儀…漫画『ゴールデンカムイ』でも話題
集英社オンライン / 2024年11月28日 17時0分
今年もクマに翻弄された日本列島。ひとたび出会えば大怪我や死につながることもある動物だが、秋田県の阿仁(あに)エリアにはクマを「授かり物」と考えて尊ぶ狩猟集団がいる。広島から移住した益田光さん(30歳)は、シカリと呼ばれる頭領のもとで修行に励む「阿仁マタギ」だ。人気漫画『ゴールデンカムイ』にも登場し話題を集めたが、令和のマタギの暮らしとは一体どんなものなのか。
クジラ級の巨大クマに遭遇、顔面叩かれる事故も…
「お約束の時間を変更できませんか?」──取材前夜、益田さんから連絡が入った。ツキノワグマの足跡が見つかり、急きょ早朝から探しに出ることになったという。クマの発見には至らなかったが、午後になって益田さんが現場を案内してくれた。
「ようやく雪が積もってクマの足跡がわかるようになりました。ベテランマタギたちも『早く山さ行こ』と満面の笑みです」(益田さん、以下同)
マタギの猟には集団で行う「巻き狩り」と、単独ないしは数名で行う「忍び」がある。巻き狩りでは勢子(せこ)が声を出しながらクマを追い立て、山の上で待ち構えているマツバが銃を撃つ。移住からほどなく、益田さんにもクマを仕留める機会が訪れた。
「僕はもっぱら勢子なんですが、この日はマツバをやってみろと、一番いい位置につけてもらったんです。そうしたらクジラみたいに大きなクマが飛び出してきて…!でもそれは逃してしまい、2頭目に出てきたのを授かりました。もう夢中でしたよ。失敗したら全員の1日を棒に振ってしまうわけですから。役目を果たせたという安堵感が強かったです」
クマを獲ることを、マタギは「授かる」と言う。足跡などの痕跡を探して尾根や谷底、ときには沢の中を進む。
「一度、沢沿いの斜面を40mも滑落したことがあります。途中でつかまって奇跡的に無傷だったんですが、もう少し落ちていたら岩場だった。近年は阿仁マタギの事故はありませんが、昔はクマに顔を叩かれたりしたこともあったそうです。
僕は山が怖くないと思ったことは一度もありません。今日だって心臓バックバクでしたよ。足跡が新しくなるにつれて、緊張感、恐怖、高揚感、期待…いろいろな感情がせめぎ合います。
獲ったクマはケボカイという儀式で魂を山に返してから解体します。初めての解体は、どうすれば上手くできるか、という気持ちだけでした。命をいただく現場に初めて触れて狩猟に興味をもったという話もよく聞きますが、僕は『別に肉が欲しければスーパーで買えばいいじゃん』と思っている方ですから(笑)」
そう話す益田さんには、マタギを特別に神聖視するような気負いはなく、若い世代らしい合理的な考え方が伝わってくる。
山では女性の話、鼻唄、アクセサリー着用NG、「マタギ」の独自戒律
シカリのもと、戒律を守って集団で猟をするのもマタギの特徴だ。
「たとえば山で女性の話をしてはいけません。アクセサリーの着用や鼻唄もだめです。昔はもっと厳しくて、猟の前には酒を絶つとか、女性と寝てはいけないというのもあったそうです。阿仁マタギは山の神を信仰していて、それが嫉妬深い女性だからだと伝わっています。でも僕が思うに『山に入ったらそれくらい集中しなきゃいけない』という意味だと。
他にも、昔は『マタギ言葉』があって、里の言葉とは明確に区別したそうです。今は標準語ですが、クマのいるエリアに近づいたらむやみに口をきかないというのは守られています。秋田犬のイメージがありますが、クマ猟に連れて行く人は誰もいませんよ。クマのほうが逃げてしまいますから」
マタギ修行には決まったカリキュラムがあるわけではない。狩猟免許をとって地域に住み、仲間として猟をやるなら誰でもマタギだとシカリは言う。
「地域のつながりはとても強いです。猟には普段の人間関係がそのまま出ます。たとえば巻き狩りでは一応無線機は持つんですが、両隣の尾根を歩いている勢子の姿は見えないことがほとんどです。あの人のペースはこれくらい、こういうクセがある、ということを理解して、阿吽の呼吸ができていくんですね」
取材の最中も次々と顔見知りに出会う。山深い地域ゆえに、自然と助け合いの精神が発達したのだろうと益田さんは想像する。
「獲物を平等に分ける『マタギ勘定』の文化は、今でもかなり厳密に残っています。赤身が多いとか脂身が多いとかの不平等を避けるため、肉はブロック状に細かくカットします。秤に載せて、100gでも違えば調整します。この場では上下関係はありません。クマという貴重な資源をみんなで授かったという考え方です」
奇跡的に継承できた「カネ餅」、存続危ぶまれる「マタギ文化」の数々
高齢化率日本一の秋田県、子ども世代はマタギを継がずに市街地に住む。現在活動するマタギの3分の1ほどを占めるのが、益田さんのような移住者だ。
「継承にはあと7年がリミットと思っています。今のシカリが77歳、7年後といったら84歳です。『ゴールデンカムイ』の元マタギのキャラクターが狩りの際に携行していた非常食の「カネ餅」、あれはギリギリでした。
名前は知っていましたが、製法までわかる人が誰もいなかった。たまたま地元のお母さんが知っていて作ってくれたんです。その後まもなくお母さんは亡くなってしまって。今まさに消えてしまう文化だったんですよ」
秋田県といえば近年、クマ駆除への批判が全国から集まったことも記憶に新しい。
「クマの生息域には偏りがあるのに、全国を同列に語ることに無理があると思っています。動物園でしか見たことのない、お話の中の生き物としてクマが議論されるのは少し怖いですね。
昔は熊の胆など高値で取引される部位もあって、不正を防ぐために民家や神社の前など人が集まるところで解体していたそうです。地域の子どもたちも自然にクマの生態を知るわけです。でも今は、阿仁でも人前では解体しません。猟などの写真撮影にも慎重派が多いです」
記録を残すことの大切さの一方で、見ず知らずの人から意見が殺到するネット社会の危うさにもさらされている。
「矛盾に聞こえると思いますが、マタギは少しクマの姿を見ないと『あいつら元気にしてるかな』ととても気にかけるんですよ。大事にしながら、殺して食べる。言葉にするのが難しいのですが、それがクマとともに生きるということなんだと思います」
独自の精神文化に共感して集まった新世代のマタギは全員兼業だ。益田さんはマタギの活動を少しでも収益化しようと、個人事業「もりごもり」でクロモジ茶を販売する。存続が危ぶまれるマタギ文化の中で、益田さんたち移住者の試行錯誤が続く。
取材・文/尾形さやか 集英社オンライン編集部
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