『ゴールデンカムイ』でも大活躍! アイヌにとって「舟」が欠かせない、最も重要な交通手段だった理由
集英社オンライン / 2024年12月14日 10時0分
〈『ゴールデンカムイ』キャラクターの座る場所にも意味があった!? 監修者が明かす、とてつもなく細かなこだわり〉から続く
現在、実写ドラマが放送され注目を集めている『ゴールデンカムイ』。同作には多くの名場面がありますが、ちょっとしたアイヌ文化の知識があると、より深く楽しめるようになることは間違いありません。
今回はドラマの随所で登場する「舟」に注目します。アイヌの人びとにとって、舟はきわめて重要な交通手段でした。同作でアイヌ語監修を務めた中川裕氏による新書『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』より一部を抜粋してお届けします。
アイヌにとって舟はもっとも重要な移動手段
アイヌにとって舟は現代で言えば自動車に相当する、重要な道具でした。昔は道と言っても、舗装された道路などほとんどありませんし、馬も一般の人は持っていなかったので、重いものを運ぶためには舟が重要な役を果たします。
もちろん漁をする時にも舟は必需品です。『ゴールデンカムイ』にも、いろいろな場面で、さまざまなスタイルの舟が登場します。
川で使う一番基本的な形のチㇷ゚「丸木舟」が登場するのは6巻49話で、キロランケが竿を使って漕いでいます。丸木舟はカツラなどの木をくりぬいて作りますが、本音を言うと49話の舟は、近年作られた舟をモデルにして描かれたもので、ちょっと全体的にごつい感じです。
昔の舟の写真や動画などを見ると、よくこれで沈まないものだと思うくらい、薄く削られ、幅も細く作られています。
このような舟に立ったまま乗って、川を行き来するだけでなく、マレㇰ「鉤銛(かぎもり)」を突いて鮭を捕るというのは、相当なバランス感覚と技術が必要だと思われます。それでマレㇰ漁が行われなくなって以来、だんだん厚みのある、幅の広い安定した舟の形に変化していったのでしょう。
1925年に八田三郎(はったさぶろう)という人が撮影した、千歳川での丸木舟の映像があります。現在よりずっと水量が多くて、川の流れも速そうな千歳川の急流を、舟の舳先(へさき)に突っ立ったまま微動だにせずアイヌの男性が下って来る様は、まさに神業です。
かつては、舟で川を下るだけでなく、竿を使って川を上って行ったそうです(どうやってそんなことができるのか、聞いただけではよくわからないのですが)。さらに舟では進めないくらい川が浅くなってきたら、舟を担いで山を越え、山の向こう側の川に下ろして、川を下って行ったのだといいます。
つまり舟は人が担いで歩けるぐらいの重さでなければならなかったのです。だから舟側や舟底をできるだけ薄く削る必要があったのでしょう。現在、資料館などに飾られている最近作られた丸木舟の多くは、クレーンで持ち上げてトラックで運ばなければ移動できないような重さです。
小刀と木などを使い、その場で作る「即席舟」
4巻30話には、舳先から飾りを下げ、帆を掲げた、ちょっと別の形の舟が描かれます。22巻216話にも同じタイプの舟が出てきます。
これは海用の舟で、イタオマチㇷ゚「板綴舟(いたつづりぶね)」と呼ばれるものです。イタ「板」オマ「ある」チㇷ゚「舟」ということで、丸木舟を一番底のベースにして、その縁(ふち)に穴を開けて板を綴り合せ、舟べりを高くして、多少の波があっても水が入らないようにしたものです。
海の上では竿(さお)を使って漕ぐことはできないので、カンチ「車櫂(くるまがい)」を利用します。5巻41話で白石たちが漕いでいるのがこれですね。舟べりにタカマという棒が突き出していて、櫂の手元近くにある穴をその棒に通して、それを軸にして漕ぎます。
カンチというのは日本語の「舵(かじ)」がアイヌ語に入ったものと思われますが、舵ではなくこの車櫂を指しているということが、すでに秦檍丸(はたのあわきまろ)の『蝦夷生計図説(えぞせいけいずせつ)』(1823年)に出てきます。
また、舟の両側に棒を立て、その間に帆を張って風を受けて進むこともします。古い絵ではこの帆は蓆(むしろ)を利用しているように描かれていますが、アイヌ語では帆のことをカヤと呼び、樺太では魚皮衣のこともカヤというので、古くは魚の皮をつなぎ合わせたものを帆として使っていた可能性もあります。
もうひとつ、10巻93話では、キロランケが白石救出の時に舟に乗っていきますが、これはヤㇻチㇷ゚というもので、ヤㇻ「樹皮」でできたチㇷ゚「舟」という意味です(実際には、小さいㇻ行の音はタ行の前でッに替わりますので、ヤッチㇷ゚と発音されます)。その名のとおり、木の皮やブドウづるなど、その場に生えているもので作る臨時的な舟です。
マキリ「小刀」やタシロ「山刀」を持っていれば、木を切り倒したりしなくても、その場で舟が作れてしまうということですね。
キテ「銛」の漁での使い方
4巻38話に、クジラを獲るためのキテという道具が登場します。アイヌに限らず北方の海獣猟を行う民族で広く使われている道具で、回転離頭銛(かいてんりとうもり)と呼ばれます。
この銛先は柄に差し込んであるだけで、獲物に刺さると柄から抜けてしまいます。そして銛先の真ん中に綱がつけられていて、刺さった銛先を綱で引くと銛先が獲物の体の中で90度回転し、横向きになってしまいます。そうすると、突き刺した穴より幅が広くなり、抜けなくなってしまいます。
そして、その綱で逃げられないようにしておいて、疲れ果てるまで舟を引き回させ、弱ったところをしとめるという猟法で、クジラの他に、マンボウ、トド、アザラシといった大型の海獣や魚の猟に適した猟具です。
5巻39話で、クジラにキテを打ち込んで引っ張られている舟の中で、白石が同乗しているアイヌに「いつまで乗ってりゃいいんだ?」と訊くと、「フンペ(鯨)が毒で弱るまでだ! あと一日か二日…運がよければ自分で岸に突っ込むかもしれん」と言われて、「帰っていい?」と返す場面があります。
名取武光「北海道噴火湾アイヌの捕鯨」には、1910年頃の長万部(おしゃまんべ)あたりでの捕鯨の体験談が載っています。
それによると、午前9時頃に現れたクジラに最初のキテが打ち込まれ、その後十数艘の舟から50~60本のキテが打ち込まれてもクジラは彼らを引き回し、いったん海底で動かなくなった後、次の日の朝の8時頃に突然グンと引いてキテの綱がブツンと切れ、ものすごい勢いで浜に突進して、海岸の砂の中に頭を突っ込んで往生したということです。
まだ日のあるうちにクジラが浜に乗り上げて、舟から降りることのできた白石は、大変運がよかったというべきでしょう。
カジキマグロ漁の過酷さを伝えるアイヌの物語
「神謡」の中のひとつに、トゥスナパヌというサケヘ「リフレイン」を持つ、カジキマグロの話があります。
ある日、海の上で日向ぼっこをしていた私(カジキマグロ)のところに、オキクㇽミとサマユンクㇽがやってきて、自分の家に客として来てくれるよう丁寧にお祈りをしながら、キテを投げてきました。キテは私の体に刺さりましたが、そのまま私は舟を引きずり回し続け、ついにサマユンクㇽは疲れ果てて死んでしまいました。
すると、オキクㇽミは怒りを顔に現し、「このキテの銛先は鉄と骨でできているので、お前の腹の中から鉄を叩く音、骨を削る音が続くだろう。キテをつなぐ綱はイラクサでできているので、お前の体からイラクサの叢(くさむら)が生えてくるだろう。そして、柄はシウリザクラでできているので、お前の背中からシウリザクラの林が生えてお前は動けなくなってしまうだろう」と言い残して、去って行ってしまいました。
私はたかが人間の言うことと思って、腹の底で笑って聞き流していましたが、そのうちに腹の中から鉄を叩く音、骨を削る音がやかましく響き、背中からイラ クサやシウリザクラが林となって生えてきて、泳ぐこともできなくなり、浜に打ち上げられてしまいました。
するとカラスやキツネが集まってきて私の肉を食べ、私の体におしっこやうんこをひっかけました。そこにオキクㇽミがやってくると、私の上あごの骨を便所の底に沈め、私の下あごの骨を便所の踏み板にしたので、私は来る日も来る日もおしっこやうんこのくさいにおいを嗅いで過ごさなければならなくなりました。
だからこれからのカジキマグロたちよ。人間の言うことは素直に聞かなければいけないよ。
(金田一京助『アイヌ叙事詩ユーカラの研究』1931年より、中川が要約)
オキクㇽミとサマユンクㇽというのは神謡によく登場する人物で、地域によってオキクㇽミはオキキㇼムイやオキキㇼマ、サマユンクㇽはサマイェクㇽなど、いろいろな呼び名があります。
ふたりとも一見人間のようでありながら、特にオキクㇽミは大変力のあるえらいカムイで、人間の味方をしてくれます。カジキマグロ漁というのはこの話のようにオキクㇽミも手を焼くほど大変危険な漁で、命がけで行うものだったそうです。
だから、カジキマグロ側にはこんな話が伝わっているのだとして、漁に出る人たちが少しでも自分たちを安心させようとしたのかもしれません。
神謡というのは女の人が語ることが多いものですが、このトゥスナパヌは男性の語った録音がいくつも残っていることを考えると、海漁をする男性によって語り継がれたものだったのかもしれません。
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