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ストゥ(制裁棒)には「打撃練習」があった!? 『ゴールデンカムイ』監修者が明かすアイヌ文化の豆知識

集英社オンライン / 2024年12月16日 10時0分

「被り物」や「挨拶」のルールから物語の展開が予測できる!? 『ゴールデンカムイ』監修者が明かすアイヌ文化の基礎知識〉から続く

現在、実写版映画やドラマが放送され注目を集めている『ゴールデンカムイ』。同作には多くの名場面がありますが、ちょっとしたアイヌ文化の知識があると、より深く楽しめるようになることは間違いありません。

【画像】アシㇼパの会心の一撃

今回は映画やドラマの随所で登場するアイヌの道具、「ストゥ」(制裁棒)と「キサラリ」(耳長お化け)を扱います。実はストゥには「打撃練習」があり、その場面を描いた絵も残っているとのこと。アイヌ語監修である中川裕氏の新書『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』より、一部を抜粋してお届けします。

ストゥ(制裁棒)の「打撃練習」

アシㇼパが最初にストゥを持ち出したのは2巻13話で、そこでは「制裁棒」と訳され、悪事を犯した人間に制裁を与えるためのものだと説明されていました。これは『アイヌの民具』(萱野茂氏・著)の記述に基づいたものです。

ストゥはチャランケ「裁判」で決着がつかなかった時の次の手段として、これで相手のことを交互に打ち合うのだ、という話を前著『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』にも書きました。

これはウカㇻといって相当古くからある慣習らしく、探検家の秦檍丸(檍麿/はたのあわきまろ)によって1800年に成立したとされる『蝦夷島奇観(えぞしまきかん)』には、すでにこの図が載っています。

この絵の詞書(ことばがき)には、「ウカリ〔ウカㇻのこと〕せんと云ふ時ハ、双方親族あつまり、先づ罪を犯したる者を槌(つち)にて三度打、次に相手の者も打、たかひに打れて安全なれハ、ツクノヒに及ハす」とあります。

つまり、3回ずつストゥで叩き合って、どちらも無事であったら、ツクノヒ(償い)をしなくてよい。引き分けということでおしまいだったようです。

もっとも、このストゥの実物は各地の博物館に収められていますので、ご覧になるとどういうものかよくわかるはずですが、中にはトゲトゲのついたものや、すごくゴツいものもあり、これで思いきり殴られたら私など一発でダウンすること間違いなしですし、やる前に降参してしまいそうです。

実際、『蝦夷島奇観』には、「其強弱によりて只一打にて転死する者あり。又、半死の病者となるもあり」と書いてあり、やはり命がけの勝負だったようです。

そして「此故(これゆえ)に平生稽古(けいこ)怠慢なく勤る也」とあり、表題も「ウカリ稽古図」となっています。

たしかに最初の絵では、打たれる方が衝撃をやわらげるために、背中に毛皮をまとっています。これはいつか来るかもしれない勝負の日のために、日々鍛錬をしている練習風景のようです。

そして次の絵では、もろ肌脱ぎになった男性を両側からふたりの男が支え、ストゥを持ったもうひとりの男性がこれで背中を打とうと構えています。こちらが本番のようです。

英雄たちによる「ストゥを使った恐ろしい決闘法」

つけ加えると、ストゥはユカㇻ「英雄叙事詩」の中にもよく登場します。

主人公と敵がこれで1対1の決闘をするのですが、やり方が少し違って、片方が立木に向いて立ち、背中を相手に向けます。相手が背後からストゥで打ちかかるのですが、主人公のポイヤウンペはストゥが当たる瞬間にするりとかわして、相手は立木をしたたかに打ちます。

攻守交代して今度はポイヤウンペが相手の背中を打つと、相手はもろにくらって、しおれた草のようにぐにゃりと倒れてしまうということで、一撃必殺、当たったら一巻の終わりという恐ろしい決闘法です。

「ゴールデンカムイ」で、このストゥはその後も要所要所で活躍しますが、26巻254話ではアシㇼパがこれでジャック・ザ・リッパーに一撃をくらわしています。

ということは、アシㇼパは普段からずっとこれを持ち歩いていたということになりますね? 「乱用は許されない」はずなのですが。

キサラリ「耳長お化け」の使い方

2巻14話ではキサラリ「耳長お化け」というものが登場します。萱野茂(かやのしげる)さんの『アイヌの民具』で紹介されており、漫画でもそれを元にしてはいますが、使い方はだいぶアレンジされています。

漫画にもあるとおり、これは子供をおどかして泣き止ませるための道具で、アシㇼパは「窓の外からチラチラ出しながらこの世のものとは思えない声を出して子供を驚かす」と説明しています。

そして、杉元にためしにやらせてみますが、情けない声しか出せないので、子供たちはみんなしらっとした顔で見ています。そこで、アシㇼパが手本を見せて「ゔぇろろろろごうろろろあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッッ! !」という声を出すと、子供たちが叫び声を上げてこわがるという展開です。

しかし、この元ネタである『アイヌの民具』を見ると、「歯をかみしめ、唇を引きかげんにして強く息を出し、ぐふーう、ぐふーうと、けものか鳥かわからないような音を出す」(256頁)と書かれていて、アシㇼパの上げている声とはだいぶ違う趣きです。

私は、アニメのこの部分のアフレコに立ち会った際に、監督から「実際にはどんな声を出すのか」と訊かれたのですが、やっているところを見たことも聞いたこともないし、おそらく漫画で描いてあるような声の出し方ではないだろうなと思っていたものですから、おおいに困りました。

あのシーンはほとんどアシㇼパ役の白石晴香さんのアドリブです。

キサラリは「鳥の化け物」を模した道具

このキサラリは「鎌の刃のところへ黒い布を巻きくちばしのように見せて、二十センチくらいの長さの赤い布を巻きつけて耳を作ります」とありますので、要するに鳥に見立てているわけです。

子守唄にも、「お前が泣くと、化物鳥がやって来て、お前をつついて、おっかないよ」などとおどかして、泣き止ませるという歌詞がよくあります。

そういえば、9巻88話では、村を占領していた偽アイヌたちに本物のアイヌであることを証明させるために、杉元がこのキサラリを持ち出して、レタンノエカシにその使い方を見せろと迫る場面があります。

彼が変な使い方をしていても、本物かどうか判定できない杉元に業を煮やした尾形が、「俺が正しい使い方を当ててやる」と言って、思いきりレタンノエカシの足の指をキサラリで叩きます。

レタンノエカシが「痛たあっ」と日本語で叫んでも、まだ杉元はその正体に気がつかないのですが、それはともかく、実はこの足を叩いている部分は、鎌の刃に布を巻きつけてくちばしに見せかけたところですので、「メキッ」というより、ぐさっと刺さってしまうのではないかと思います(そんな凄惨な場面にならなくてよかったと言いたいところです)。

キサラリのようなものが沙流(さる)地方以外にもあるのかどうかは、私にはわかりませんが、千歳(ちとせ)地方では子供が泣き止まないとこっそり表に出て、窓の陰からホチコㇰ「アオバズク」という鳥の声真似をして、大きな声で「ホチコㇰ! ホチコㇰ! 誰が泣いているの? 泣いてる子は、叺(かます)に入れて、さらっていっちゃうよ」と叫びます(『カムイユカㇻを聞いてアイヌ語を学ぶ』20頁)。

たぶん、子供はその声を聞いたらびっくりするでしょう。そして、子供というのはびっくりしてそれに気をとられると、それまでなんで泣いていたのかを忘れてしまい、そのまま泣き止んでしまうのではないかと思います。

このアオバズクの声は、1回聞くと忘れられない鳴き声なので、ネットで検索して聞いてみてください。確かにホチコㇰと聞こえます。日本中どこにでもいるらしく、私は沖縄で聞いたことがあります。その時もアイヌ語でホチコㇰと鳴いていました。

『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』

中川裕
『ゴールデンカムイ 絵から学ぶアイヌ文化』
2024/2/16
1,650円(税込)
560ページ
ISBN: 978-4087213027
累計2700万部を突破し、2024年1月に実写版映画も公開された「ゴールデンカムイ」。同作でアイヌ文化に興味を抱いた方も多いはずだ。本書はそんな大人気作品のアイヌ語監修者が、物語全体を振り返りつつアイヌ文化の徹底解説を行った究極の解説書である。

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