「もっと早く性別適合をすればよかった」男性に生まれ変わった経営者の逆転人生。再婚相手の連れ子に元女性だとカミングアウトすると…
集英社オンライン / 2024年12月30日 10時0分
株式会社G-pitの代表取締役であり、新宿2丁目のショットバー「G-pit」を営みながら、YouTuber・インフルエンサーとしても活動するトランスジェンダーの井上健斗(いのうえ・けんと)さん(38)。井上さんは2010年にタイ・バンコクで女性から男性への性別適合手術を受け、翌年には戸籍上の性別も男性に変更した。また過去に2回の離婚を経験し、現在は子連れの女性と結婚。9歳の男の子を育てるパパとして暮らしている。生い立ちや結婚・離婚歴について、詳しく聞いてみた。
22歳で独立するも事故で廃業。借金だけが残ることに
元女性のトランスジェンダーYouTuberおよびインフルエンサーとして活動する井上健斗さんは、株式会社G-pitの代表取締役として、タイや日本国内での性別適合手術のアテンドや戸籍変更の支援、さらには性同一性障害や不妊治療の相談窓口などを展開している。
また、2023年12月にはトランスジェンダーやパンセクシャル、ゲイなどさまざまなセクシャリティーのキャストが働くショットバー「G-pit」を新宿2丁目にオープン。今回は彼自身もキャストとして勤務する同店で取材を行なった。
―――性別適合手術のアテンドなどを請け負う会社を立ち上げようと思ったきっかけは何だったのでしょう?
井上健斗さん(以下、同) 僕、もともと風呂なしアパートで育ったんです。電気もガスも水道も止まることがあるような、すごく貧乏な家庭で。母親はギャンブルばかりで、常にお金がない環境でした。だから、子どものころから『将来は絶対社長になって、お金持ちになりたい!』と思っていましたね。学生時代は性自認についてたくさん悩みましたけど、家が貧乏だったことも同じくらい辛かったです。
2010年にタイのバンコクで性別適合手術を受けたんですが、当時はその手術に関する情報がほとんど発信されていなくて。だから、手術について調べるのにすごく苦労しました。
そこで、自分の経験を誰かの役に立てたいと思って、Webサイトを立ち上げたんです。顔もフルネームも公開して、自分が受けた性別適合手術に関する情報を全部無料で載せました。
そのサイトが大きな反響を呼んで、全国から性別適合手術を考えている方たちから問い合わせがたくさん来るようになって。それで、タイで性別適合手術のアテンドをするビジネスを始めようと思い、会社を設立したんです。
―――女性が好きだと自覚したのは、いつごろだったのでしょう?
今思うと、幼稚園くらいからずっと女性が好きだった気がしますが、ちゃんと自覚したのは中学生のときですね。でも「女性が好きだと、周りにバレちゃいけない」と思っていたので、性別適合手術を受けるまでは誰にもカミングアウトできず、ずっと1人で悩んでいました。
―――学生時代はどんなキャラクターでしたか?
男子とも女子とも仲がよくて、スポーツが好きなボーイッシュキャラでした。でも、心の中ではずっと葛藤がありましたね。
初めて彼女ができたのは19歳のときで、相手は専門学校の同級生でした。それまでは「自分は女性に告白する資格なんてない」と思っていたんです。でも、その女性には自然な流れで好きだと伝えられて、お付き合いすることになりました。
ただ、当時はまわりに隠れて付き合っていたので、デートのときも絶対に手をつなぎませんでしたし、2人だけの秘密にして絶対にバレないようにしていました。
「性別適合手術後は本当に世界が変わった」
―――カミングアウト、そして性別適合手術を受けたきっかけは?
22歳のときに独立して移動販売のハンバーガー屋さんを始めたんですが、始めて3ヶ月くらいで事故に遭って店が潰れてしまい、借金だけが残ったんです。その2年前に父をがんで亡くしていましたし、当時は自分の性自認とも向き合えていなくて……。
いろんなことが重なって、「こんなに辛い人生なら、いっそ死にたい」と思うようになっていました。そのとき「どうせ死ぬなら、性別適合手術をしよう」と決意したんです。
まわりの人には、性別適合手術を受ける前に初めてカミングアウトしました。そのときは全員から否定されるんじゃないかと思っていたんですが、予想と反して、ほとんどの人が肯定的で。「由加(性別適合手術前の名前)は由加だから、これからも変わらないよ」と言ってくれる人もいて、初めて「生きていける」と感じました。
―――井上さんはどのような性別適合手術を受けたのでしょう?
乳腺摘出手術と子宮・卵巣摘出手術を、別々に受けました。乳腺摘出をしたのが23歳のときで、子宮・卵巣摘出をしたのが24歳のとき。どちらもバンコクで手術を受けたんですが、乳腺摘出のときは生まれて初めて海外に行ったので、それだけでもすごく怖かったですね。
―――術中や術後には、やはり激しい痛みが伴うのでしょうか?
どちらも全身麻酔で受けたので、手術中の記憶はありません。
ただ乳腺摘出は出血量が多い手術なので、ドレーン(体内に溜まった血液などを体外に排出する医療器具)をつけたんですが、手術から目が覚めたとき、体に管とペットボトルみたいなものがついていてびっくりしました。
その管を抜くとき、すごく痛いってわけじゃないんですが、体から管が抜けていく感覚が気持ち悪かったですね。
術後の痛みとしては、乳腺摘出手術よりも子宮卵巣摘出のほうが辛かったです。重い生理痛のような鈍痛が入院中、3日間くらい続きましたが、4日目くらいから動けるようになりました。
それからは痛みもなく、不自由なく過ごせています。
―――摘出された子宮と卵巣を見たとき、どう思いましたか?
術後にナースが部屋に来て、手術で取った僕の子宮と卵巣が入ったビニール袋を見せてくれたんですが、そのときまだ麻酔が効いていて、意識が朦朧としていて。でも、そのナースと写真を撮り合うなど、なんだか楽しい雰囲気でしたね(笑)。
性別適合手術をしたあとは、本当に世界が変わりました。自分らしく生きることができるようになって「もっと早く手術をすればよかった」と、心から思いました。
「実は前妻に刺されたこともあって…」
―――井上さんは2度離婚を経験されていて、現在3回目の結婚をされているとのこと。
1回目の結婚は、性別適合手術を受けてすぐのタイミングでした。当時、仕事の関係でタイに住んでいたこともあって、タイ人女性と結婚したんです。でも、その女性が毎日100回も電話をかけてくるような方で……。包丁で刺されたこともあって、その傷痕が今でも残っています。そうした行為がどんどんエスカレートしていき、「このままでは殺されるかもしれない」と思い、4年で離婚しました。
2回目の結婚相手は日本人女性でしたが、その女性も「足音うるさいから静かに歩いて!」といったことを頻繁に言ってくるタイプで、いつもケンカが絶えませんでした。それが積み重なり、最終的にその方とも4年で離婚することになりました。
―――現在の結婚相手とは、いい関係を築けていますか?
今の妻とは、2022年3月に入籍しました。妻には連れ子の男の子(現在9歳)がいて、“バツ2”の自分が父親になることには正直、かなり勇気がいりました。
でも、子どもが「パパになってくれたらうれしいな」と言ってくれて。その一言がきっかけで、結婚を決意したんです。妻とは事実婚の期間も合わせると5年目になりますが、ケンカはまったくしないです。3回目の結婚で、ようやく幸せをつかんだと感じています。
―――息子さんは胃の絵さんがトランスジェンダーであることを知っているのでしょうか?
はい。息子が5歳のときに、僕がもともと女性だったことを告白しました。
当時、テレビ番組の『天才てれびくん』でLGBT特集をしていて、息子が「この子、もともと男の子(女の子)だったんだ」などと言っているのを見て、「ちょうどいいタイミングかも」と思い、伝えることにしたんです。
それで「パパもあの子と同じで、もともと女の子だったんだよ」って伝えたんですが、最初、息子は硬まっちゃって「難しいなぁ」って言っていました。
でも何時間か経ったあと、息子が「健斗、好きだよ!」って言いに来てくれたんです。その言葉を聞いたとき、彼なりにわかろうとしてくれているんだと感じました。
―――ふだんは家族でどのように過ごすことが多いですか?
日曜日は息子と過ごす時間を必ずつくるようにしていますね。ふだんは息子も僕も、僕がトランスジェンダーであることを忘れているように過ごしていて。一緒にご飯を食べたり、家族でお出かけしたり、本当に普通の家族と変わらない日々を送っています。
ちなみに、息子は僕のことを「パパ」と呼んでいます。
―――息子さんとは、ふだんどのようにコミュニケーションをとっていますか?
息子は、僕の影響で野鳥が好きなんですよ。この前も息子に「鳥の特別展に行きたい」って言われて、2人でお出かけしました。
僕は仕事の関係で朝方に帰宅する日もあるので、そのときは一緒に朝ご飯を食べることが多いです。
あと、息子と僕は好みが近く、お互い料理が好きで。最近、妻へのプレゼントとしてガトーショコラを一緒に作ったんですよ。それが、なんだかすごくうれしかったですね。
―――井上さんの夢や目標は何ですか?
ショットバーを2丁目で店舗展開するのが今の夢です。あと、ゆくゆくは2丁目で台湾料理屋も営みたいと思っていますね。
※
性別適合手術により、まさに生まれ変わった井上さん。今後も自身の発信力を生かして、かつての自分と同じ悩みを持つ人々に救いの手を差し伸べてほしい。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班
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