アイドルが本当にアイドルだった最後の芸能人…「中山美穂、303」だけで当時のOLはその口紅に群がった
集英社オンライン / 2024年12月8日 12時0分
1985年のドラマデビューから、歌手、女優として瞬く間にスターダムを駆け上がり、世代を超えて愛された中山美穂さん。とくに1990年代になってからは、同年代の女性たちにとっては唯一無二の憧れの存在だった。と同時に、アイドルがアイドルとして「らしく」機能していた最後のひとりでもあった。女性誌の現場に長く携わった本誌記者が哀悼の意をこめて振り返る。
中山美穂が表紙というだけで雑誌の発行部数を積んだ時代
そのタレントを表紙に起用する際には、それだけで発行部数を積む時代があった。
記者が女性ファッション誌の編集現場にいた90年代はまさにそんなとき。
山口智子、浜崎あゆみ、安室奈美恵……そして「中山美穂」も間違いなくそうした女性タレントのひとりだった。
90年代の中山美穂さんの活躍は、それまでのアイドル歌手的活動から、女優と歌手の絶妙なバランスをとったものへと変化し、大躍進となった。
1990年10月のいわゆる“月9”ドラマ「すてきな片想い」(主題歌『愛してるっていわない!』)に始まり、翌1991年10月、こちらも月9の「逢いたい時にあなたはいない…」(主題歌『遠い街のどこかで…』)、さらに翌1992年10月は新設の水曜劇場で「誰かが彼女を愛してる」(主題歌『世界中の誰よりきっと』中山美穂&WANDS名義)、1994年1月のTBS系ドラマ「もしも願いが叶うなら」(主題歌『ただ泣きたくなるの』)と、主演するドラマと歌った主題歌をともに大ヒットさせていった。
うち『世界中の〜』と『ただ泣きたくなるの』はともにミリオンだ。
女優、歌手としてこれほどの実績を築きあげるかたわら、中山美穂さんがこのころにもうひとつかちとったものがある。同世代の女性からの、それも当時でいうところの「OL」からの圧倒的支持と憧れだ。
「中山美穂、303」に世の女性は魅せられた
もともと中山美穂さんは、同性からの人気が高い女性アイドルだった。
デビューが早く、ティーンを描いたドラマに出ていたというのもあるが、1987年の主演ドラマ「ママはアイドル!」(主題歌『「派手!!!」』)では、ドラマの中で「アイドルの中山美穂」を演じ、その作中での愛称ミポリンが実際の愛称としても定着するほどの大ヒットとなったのも、ひとつのきっかけだろう。
アイドルに憧れる小中学生の女の子たちはこぞって「ミポリン」に夢を見て、このころから中山美穂さんのコンサートには女性客が増えていったという。
中山美穂さんが女性ファンを魅了する要素のひとつに圧倒的な顔立ちの美しさ、というのはもちろんある。
けれど1990年代に入ってからの中山美穂さんのOL人気というのはちょっとすさまじいものがあった。
当時の人気ぶりが伝わるエピソードが、化粧品ブランド、コーセーの口紅のキャラクターモデルを務めたときのものだ。
1997年に誕生したドゥ・セーズ フリーディスのコピーはこうだ。
「中山美穂、303」
当時のポスターを見ると、シックなベージュの口紅をまとったとびきり美しい中山美穂さんの右下にデカデカと「303」と書かれている。「中山美穂、」より全然大きく記されている。もっというなら、商品名はとても小さい。
これを受けてコーセーの化粧品売り場には「303、ください」というOLたちが殺到したのだという。
当時、1本3000円もする口紅をろくにお試しもせず、番号で指名買い。
あとにもさきにもこの「303」ほどのPR効果を私は知らない。
なにしろ、今でも番号が記憶に残っているくらいだ。それも「中山美穂、」とセットで。
そのくらい、インパクトのある中山美穂効果だった。
ちなみにこのベージュトーンの口紅「303」はなかなかにスタイリッシュな大人ベージュで、決して一般受けするようなピンクやコーラルではない。
だからこそ、「中山美穂になりたい」「中山美穂が好き」な女性たちに「なれるかも」と思わせたのかもしれない。
こうしたCMでの、きれいなのに少し茶目っ気がある等身大の「中山美穂」に女性たちは好感をもち、ドラマで恋や仕事に悩む役柄には自分たちを重ねた。
ちなみにこのドゥ・セーズのラインはその後も中山美穂さんを起用し続け、
「454は美人の番号」
「ある日、ラブラスを使ったら中山美穂になってしまった」
「キレイによく効く女優色」
といった名コピーとともに口紅の品番を前面に押し出し、いずれもヒットアイテムとなった。
いい意味で「距離」と「壁」を持っていたひと
仕事柄、数多くの女性芸能人やモデルの撮影や取材をしてきたが、彼女ほど巷の女性たちの熱い支持と憧れを受けながらも、アイドル、すなわち偶像としての、いわゆる芸能人としてのアイドル性を貫いた存在は記憶にない。
いい意味で、中山美穂さんは「距離」と「壁」を保っている芸能人だった。
芸能人や有名人といえば高嶺の花、遠巻きに見ているような時代から、このころにはそれでもだいぶ気さくな人が増えていたのも事実だ。
ロケや取材のあとにスタッフとごはんを食べたり、買い物に行ったり……ということもあった。
けれど中山美穂さんは「中山美穂」を崩さなかった。
記者は、雑誌の表紙とインタビューで2回ほど彼女の現場を経験したことがある。
けれど、スタジオで数時間をともに過ごすあいだに、彼女の「素」に触れたことは一度もなかった。
最初の現場で、たった一言交わした会話は「お茶はなにを召し上がりますか?」に「コーヒー、お願いします」だけ。そのまま彼女はメイクルームに入っていったので、コーヒーはマネジャーさんから渡してもらった。
取材もインタビュアーとふたりだけにしてほしい、と、個室にこもって行われた。
断言するが、こうしたことが決して感じが悪いというのではない。
「中山美穂」が、表紙のために最上の自分をつくり、ロングインタビューに真摯に答えるために必要な条件だったのだと思う。
とはいえ、私は不安だった。
ここまで本人とコミュニケーションが浅いまま、表紙とグラビアページのためにいい写真が撮れるだろうか、と。
やがて撮影の準備が整い、ライティングの前に中山美穂さんが案内され、カメラマンからスタートの合図が出た。
そのとき、そこにまぎれもなく、アイドル・中山美穂がいた。
表紙を計算した画角のなかで、しっかりとカメラに目線を合わせ、微笑む姿にスタジオの雰囲気は一気にのまれた。
「笑顔っていったいいくつあるんだろう」と思わせるほど、同じ表情はひとつもなかった。
グラビア用に全身の撮影になったときはもはや独壇場だった。まるで近くに友だちか恋人がいるかのような喜怒哀楽織り交ぜた動きと表情たちは、まさに女優・中山美穂だ。
「中山さん、元気なのもください!」
「不思議な表情、もっとほしいです!」
気づくとカメラマンの後ろから欲張って声を出す自分がいて、中山さんはそのリクエストを大きく上回る結果を難なく披露し、撮影が終わるとともに、すーーっと黙って控え室に消えていった。
こんな人はいない。
アイドルや芸能人を演じているわけでも、やらされているわけでもない、天性のスター。
1985年のデビューから2024年12月6日まで、中山美穂さんはずっと「中山美穂」であり続けた。
そして、1990年代のアイドルや芸能人が「らしかった」ころの「中山美穂」の輝きは彼女だけのものだ。
集英社オンライン編集部
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