まさか自分が58歳になって発達障害診断を受けるとは…失意のどん底で20年来の友人に言われた「ラッキーじゃん」の言葉に救われたワケ【2024 インタビュー記事 9位】
集英社オンライン / 2024年12月20日 8時0分
〈〈初告白〉渡邊渚インタビュー「PTSDであることを発表できなくて苦しかった」薬の影響で髪の毛が抜けたことも…でも「友人たちのおかげで生きていこうと思えた」【2024 インタビュー記事 8位】〉から続く
2024年度(1月~12月)に反響の大きかったインタビュー記事ベスト10をお届けする。第9位は、還暦を間近に突然「発達障害」だと診断された独身フリーライターの手記の記事だった(初公開日:2024年9月28日)。近年、よく耳にするようになった「大人の発達障害」という言葉だが、「まさか、自分に限ってはないだろう」と思っている人も多いかもしれない。筆者もまさにそう思っていた1人だ。還暦を間近に控えた独身フリーライターが、レギュラーの仕事を失い経済的に困窮しているなか、予期せず大学病院で発達障害の宣告を受けたらどうなるのかをお届けする。(前後編の前編)
【画像】大学で講師も務めるアラ還で発達障害診断を受けた桑原さん
「僕のような年齢のものにもそんなことあるんですか?」
3年前の秋だった。大学病院の診察室は殺風景だがなんとなくワクワクする。
普段、仕事以外で人と会うことがほとんどないので、相手が医者であっても誰かと会話できるのは内心ちょっと楽しみなのだ。
「あなた、ADHDとASDね」
「は?」
最初は何を言われているのか分からなかった。
この病院の精神科部長である男性医師はこちらと目を合わせようとせず、壁際に置かれたデスクに向かったまま、パソコンを弄る指先と口だけ動かしている。
「それって……発達」
「そう。発達障害、注意欠如多動症と自閉症スペクトラム症、かなり強い傾向を示している」
当時58歳。その時点で過去10年、不眠、脇汗、震えなどの症状に悩まされて、近所のメンタルクリニックに通っていたが、この間の病名は確か不安障害だった、はず。
経済的に不安定なのが通院の原因であり、暮らしぶりが好転すれば治るだろうと信じ込んでいた。
だが、一向に症状がよくなることはなく、ある日、そのクリニックの院長が突然、引退してしまった。
仕方なくこの大学病院に転院してきたのだが、思いもよらぬ診断名に動転した。
その頃は発達障害について何も知らなかったのだから仕方ない。
ビル・ゲイツみたいな天才か、若い人の病気なんじゃないか、くらいの知識しかなかったのだ。自分はギフテッドでもなんでもない。単なるお金がない中年男だ。
「僕のような年齢のものにもそんなことあるんですか?」
「歳は関係ない!」
医者の語気が荒くなった。内心、こっちは患者なのだからもう少し丁寧に接してくれてもいいじゃないかと思った。
「どうしたら治るんですか?」
当たり前の疑問を投げかけてみたが、答えは、「治らない」と素っ気ない。
「はっ」声にならないため息のような音を出してしまった。
医者は正しかった。後で知ったのだが、発達障害は生まれつきの脳の癖と生育環境が原因で発生するものであり、寛解することはないのだ。
その点、一時的なストレスによって発生する、うつや不安障害とは異なる。今ではそのことはよくわかっているが、このときは医者のぶっきらぼうな言い方に狼狽した。
友人が列挙した発達障害が疑われる行動の数々…
彼は相変わらずこちらの顔を見ようとしない。
患者と目を合わせないルールでもあるんだろうか、と思っていると……、「じゃ、来月は○月○日の○○時ってことで」と告げられる。
医者が席を立とうとしているのが気配でわかった。通院歴がある者の間では常識だが、精神科というものは初診時にはかなり時間をかけて問診したり心理テストをやったりする。
ここは大学病院だから特に念入りにやった。だが、再診以降はだいたいどこも5分間診療なのだ。
この頃、コロナの真っ最中で、レギュラーの仕事を失ったばかりだったので、かなり心細くなっていた。その上、発達障害だなんて。展開がキツすぎた。
「で、でもよくなる方法とかないんですか?」
すがるような気持ちでこの一言が口をついて出た。
医師は眼球だけ動かし目尻でこちらを目視しながら「まあ。これまでやったことないことやってみるとか?」と呟くと、パソコンの画面を切り替えて診察室から出て行ってしまった。
迷路のような病院の中を何度も行ったり来たりしながらやっと会計を済ませ、調剤薬局で抗不安剤と睡眠導入剤を受け取ったころには、すっかり疲れ果ててしまった。
それから数日間は廃人同様だった。寝込んでしまったのだ。スマホで銀行口座の残高を見ると憂鬱になる。年齢的には立派な大人なのに発達障害だって?!……気がついたら、ある人物に電話をしていた。
「ああ、元気。なんか用?」
なんの感動も伴わない女性の声が聞こえた。その人は20年間以上一緒に広告の仕事をしてきたグラフィックデザイナーさんだ。一才歳上で、困った時にはいつも彼女に相談してきた。
「実は、大学病院で発達障害だと言われた」
「へぇー、なーるほど」
まるで、そんなことわかっていたと言わんばかりの反応ではないか。なぜだ。
「意外じゃないの?」
「そうね」
以下、彼女が列挙した発達障害が疑われる僕の行動をまとめるとこうなる。
“外出先の道端であっても地面にバッグの中身を全部放り出して財布を探す”
“独り言を言いながら駅のホームを歩き回る”
“仕事中、カッとなるとパソコンを叩き壊す”
“会話していると文脈を無視して急に話題を変える”
“一年中同じ服を着ている”
“会話中にスマホを見る”
“社会的な手続きが苦手で、確定申告などを手伝ってもらっていた”
“仕事のない日はいつも自宅で寝ていた”
“言葉通りにしか物事を理解できず、まるで冗談が通じなかった”
彼女の話を聞きながら、確かに自分のことを言われているのだが、人ごとにも聞こえた。
同時にそんな人間に文句も言わず付き合ってくれた彼女に感謝の念が湧いてきた。が、やっぱり自分は診断通りなのかと再認識して意気消沈してしまった。
「何言ってるのよ。ラッキーなんだよ!」
「でも、仕事は減るし、この歳で発達障害って言われるなんて、本当についてないよ」
短い沈黙のあと思わず口走ってしまった。滅多に感情を表に出すことがないのに、この時は激しい口調になってしまってもいた。
「何言ってるのよ。ラッキーなんだよ!」
「ラッキー?……どこが!?」
「今までは原因が分からなかったけど、今は分かった。分かったなら対策が練れるから、それはよかったんだよ!」
対策? 医者が「これまでやってこなかったことをやってみるとか?」と言ったときの表情が脳裏をよぎった。
「じゃあ。私、これからボイトレだから。またね」
電話は唐突に切れた。
何年も精神科クリニックに通った挙句、診断名が、「不安障害」から「発達障害」に変更された。その上、還暦間近で仕事がない。
これ以上の悲劇はないではないか。当時は自己憐憫に浸ってしまったが、今思えば彼女のいうことは部分的には正しかった。
どんなことにもいい面と悪い面がある。発達障害宣告も、決して悪いことばかりではなかったのだ。これまでにみたことのない角度で自分を観察する契機になった。
そして、新たな出会いの機会も与えてくれたのだ。
文/桑原カズヒサ
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