1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

作家・朝井リョウ(35)「本来、小説が持つ武器を諦めたくなかった」あらすじを一切明かさずに売り出した『生殖記』に込めた想い

集英社オンライン / 2025年1月1日 8時0分

5年ぶりに復活した西野カナが臨む紅白の舞台。活動休止前に語った「暮らしのBGMになりたい」の夢を遂げるまで〉から続く

昨年10月、『正欲』(新潮社)以来、3年半ぶりの新作長編小説『生殖記』(小学館)を刊行した作家の朝井リョウさん(35)。新刊の帯には、「ヒトは二回目ですが、オス個体は初めてです。よろしくお願いします。」と、なんだか意味ありげな文言が並ぶ…。そんな新刊『生殖記』では、語り手の設定や、あらすじを一切明かさない売り出し方など、数々の新たな試みに挑んだという。その魅力を、ネタバレ一切厳禁でお伝えする。(前後編の前編)

【画像】新たな試み尽くしの朝井リョウ新刊『生殖記』

新刊『生殖記』は新たな試み尽くし

――今回、小説の内容を一切明かすことなく発表されましたが、どのような狙いがあったのでしょうか。

朝井リョウ(以下、同) 端的に言うと、本当に届けたい場所にこの本を届けるにはこの方法が有効なのではないか、と感じたからです。今は、毎日たくさんの新刊が書店に並ぶので、「作者はこういう問題意識を持っていて、このトピックスについて立場はこうで、だからこういう小説を書きました」というように、作者と本と読者が一本の線で結ばれているような本の打ち出し方をしないと、届けたい層に届けられない実感があります。

ただ、小説の利点のひとつとして、それらの情報をまるっと“物語”で覆い隠すことによって、「そういうトピックスや問題について、全然考えるつもりがなかった」という層にまで届けられる、というものがあると思っています。その層こそ実は本当に届けたい場所なのではないかと最近よく考えます。

その、小説の武器みたいなものを諦めたくないというか、もうちょっと頑張ってみたいなという気持ちがあったので、今回、内容をできるだけ明かさない形で発表しました。

もちろん、そもそも誰にも届かなくなるリスクも大きいです。今回書いたトピックスにもともと関心のある層にすら届かず、最低限の売上が見込めなくなる可能性も高いです。

ただ、そういうことは試せる時期に試しておかないと、どんどん試しづらくなるとも思ったので、今回は小学館のチームにご協力いただきました。「ヒトは二回目ですが、オス個体は初めてです。よろしくお願いします。」というのは、そのうえで抽出した文章で、今作の肝である語り手のニュアンスだけでも匂わせられればと思っています。この文章とタイトルの組み合わせで、「いったいこれはなんだ?」と手に取っていただきたくて。

――従来の人間の主人公ではなく、特殊な語り手によるストーリー展開も、朝井さんにとっては初めての試みだったとか。

これまである特定の人間を主人公にして一人称や三人称で小説を書いてきましたが、そうすると、大きな意味で、人類を基準とした善悪が物語を支配するんですよね。

どういう経緯でどういうエンディングを迎えたとしても、その物語のベースに人類を基準とした善悪が敷かれている以上、似たような形になってしまうことに窮屈さを感じていました。そこから脱するにはどうしたらいいかと悩んだ末に、今回の語り手を思いつきました。

また、小説ってフィクションなので、何でも書けるかと思いきや、どうして主人公がこの情報を知っているのか、みたいな必然性が大切になってくるんですね。今回書いてみた部分に関して、どんな立場の人類を主人公にしても、なかなかその必然性を宿せないと感じたことも大きいです。

人類の善悪を離れた「語り手」の役目

――人類ベースの善悪を離れた「語り手」の視点で書いてみて、いかがでしたか。

すごく楽しかったです。

「これを書いたら誰がどう思うだろう」という逡巡が消えてくれましたし、人間を主人公にしていたら出てこなかったような、人類にとってプラスにもマイナスにも振り切った文章が出てきてくれてとても新鮮でした。すごく解放感がありました。

10年、15年とか、それこそ35歳前後のタイミングって(新卒から)同じ仕事を続けていると、ちょっと飽きてきちゃったり、このやり方じゃない方法を試してみたいなっていう時期でもあると思うんですけど、私もそういう時期に差し掛かっていたのかなと思います。

――前作の『正欲』でも今作でも、朝井さんの身近にそのような人物がいるかのような、登場人物のリアルな心理描写が面白かったんですが、小説を書くにあたって、似た境遇の人に取材されたり、準備されることや心がけなどがあれば教えていただきたいです。

事実として確認する必要があるものは取材します。例えば、前作の『正欲』では、語り手のひとりに検察官が出てきますし、登場人物が収監されるシーンがあったので、その周辺情報については出版社を通して検察官や弁護士の方々に取材しました。

そういうもの以外の、その人自身とか、人の気持ちの部分に関しては、取材しないです。私の場合、取材すると、正解を聞いてしまう感じがするというか、それ以外のことを書けなくなってしまいそうなんですよね。

心がけでいうと、例えば女性の登場人物を書くとき、服装や振る舞いで“女性感”を描写しないように気をつけます。そういう、ポイントで何かを表現しようとすると、読者が「これは違う」ってなるケースが多いのかなと思っています。

だけど、その登場人物の気持ちや感情を書くことで、その人となりを表現しようとすれば、どんな立場の人を書いたとしても意外と「なんじゃこら」とはならないのかなって。これまでの経験でそう思っていますね。

――作品に出てくる登場人物の心理描写や葛藤は、朝井さんの中でイメージされて書かれているんですか。

私は、世界と自分の関係性が物事の捉え方に大きく影響を与えると感じています。例えば私が身長190㎝だったら、夜道は今より怖くないだろう、みたいな。

そういうことをあらゆるシーンで、登場人物ごとに行っている感覚です。

零れ落ちた部分を回収した今作品

――小説の着想やテーマ設定はどのように生まれてくるんですか。

言葉にする作業って、逆に言葉にできないことが決まるというか、線を引くことに近い作業だと思うんです。例えば、日本の法律だと責任能力がある年齢を「18歳以上」みたいに記す必要がありますね。

でも17歳の23時59分から人を加害し始めて、18歳になった瞬間も加害していて、相手が亡くなったのが18歳の0時1分だった、というようなケースも存在する可能性があるわけで、言葉にするっていうのは、そういう現象に線を引くことだと感じています。

小説を書いていると、書けば書くほど「今、線を引いたな」、「ここのシーン、この言葉でこう線引きするしかなかったな」ということが起きて、それらが毎作品書き終えるごとに小説の麓(ふもと)みたいな場所に溜まっているんですよね。それを次の作品で回収できないかな、みたいなことが、着想のひとつになります。

今回の『生殖記』は、書きながら、『どうしても生きてる』(幻冬舎)、『死にがいを求めて生きているの』(中央公論新社)、『正欲』の麓に残っている言葉たちをもう少し拾えたら、と思っていました。

――『生殖記』を書き終えてみて、まだ麓に残っているものはありますか?

今回は自分の中でたくさんのルール違反を犯していて、それによってこれまで拾えなかった言葉をかなり回収した気がしています。

ただ、今作は「物語の波に読者を乗せる」という部分が疎かになっているので、そこを重視して次回作を執筆中です。

#2へつづく

取材・文/木下未希 集英社オンライン編集部

デビュー15周年・朝井リョウ「直木賞を受賞した後に就職したわけではなく…」もはや若手作家ではない35歳がめざす「わけわかんない人」〉へ続く

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください