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「活動自体が犯罪」「こんな娘に育って親がかわいそう」SNSで強烈なバッシングを受けながらも、医大生が実名顔出しでHPVワクチンの情報発信をする理由【2024 社会問題記事 1位】

集英社オンライン / 2024年12月23日 11時0分

2024年度(1月~12月)に反響の大きかった社会問題記事ベスト5をお届けする。第1位は、HPVワクチンの啓発活動を行う中島花音さんをインタビューした記事だった(初公開日:2024年8月11日)。子宮頸がんを予防するHPVワクチン接種について、仲間と啓発活動を続けている医大生の中島花音さん。医学を学ぶまで、HPVワクチンについて何も知らなかったことに衝撃を受けたという。以来、同世代の仲間と学生団体Vcanを立ち上げ、SNSでの情報発信や、中高生やその保護者を対象にした出張授業を行なっている。実名を出し啓発に取り組む中で心ない言葉を投げかけられたことも。中島さんに、活動の原点となった出来事や活動に込める想いについて聞いた。

〈写真〉啓発活動を続ける中島花音さんと出張授業の様子

「がんは自分には関係ない病気」と接種を先延ばしにしてしまった

産婦人科医を志し、関西の大学の医学部に通う“医学生カノン”こと中島花音さん。現在は5年生になり、病院実習で忙しい日々を送っている。

「実習では子宮頸がんの末期という30歳の女性の例を目にしました。また昨年は、大学の先輩にあたる女性医師が子宮頸がんで闘病の末に亡くなったのです。お二人とも幼いお子さんがいる母親です。今は予防のためのワクチンがある、ということを広く伝えなければと思います」

3年前から中島さんが力を入れているのが、接種当事者である若者に向けたHPVワクチンの啓発活動だ。きっかけは、彼女の原体験にあった。

実は中島さん自身が、子宮頸がんを予防するHPVワクチンの「キャッチアップ世代(※1)」にあたる。定期接種の対象年齢である小学6年生から高校1年生のときに、国による積極的な呼びかけが控えられ、子宮頸がんを予防するHPVワクチン接種を逃した世代のことだ。
現在、期限付きで無料接種の対象となっている。
姉は中学1年生で接種していたが、中島さんが対象年齢になったときにはちょうど副反応の報道があり、自治体からの接種のお知らせがこなくなっていた。

その後、HPVワクチン接種による有効性(HPV感染を防ぐこと)が副反応のリスクを明らかに上回ることが認められたため、令和4年4月から積極的勧奨が再開された。

「当時の私は、がんは自分とは関係ない病気だと思っていて自分の健康にも今ほど関心がありませんでした。母は副反応のことを心配していたようですが、結局、我が家では親子でじっくり話し合うことがないまま、接種を控えることにしました」

しかし、中島さんが大学生になるとき、先に医大生になっていた姉からあるエピソードを知らされる。
「産婦人科の医師は『自分の子どもには絶対HPVワクチンを打たせる』と言っている先生ばかりだよと言うんです。それに衝撃を受け、それ以来自分でも調べるようになりました」

 性に奔放な人が子宮頸がんになるという誤解

医学を学んで初めて知ったHPVワクチンのこと。リスクもベネフィットも学び、HPVワクチンと検診で子宮頸がんが防げるというデータが国内外から集まっていることも知った。「あのとき知識があったら接種していたかも…」という思いで打とうと決め、5万円の費用を出して接種した。

同時に「自分の命を守る大切な情報なのに、誰も教えてくれなかったのはなぜ?」という疑問が湧いた。

「私は姉や大学から情報を得られましたが、同世代の友人はどうなるんだろう、と。これから結婚したり、キャリアに邁進したり、さまざまなライフプランがある中で、5年後10年後に、知らなかったせいで子宮頸がんになってしまったら…と想像すると、放っておけないと思ったのです」

中島さんにはもう1つ、忘れられないエピソードがある。ワクチンを接種すると告げたとき、母から『子宮頸がんになるのは性に奔放な人だから、あなたにはそういう子になってほしくない、そうなるつもりはないでしょう?』と言われたことだ。
当時、なんとなくモヤモヤした気持ちを持ちながらも反論できなかった。「自分にも誤解していた部分があったから」と中島さんは言う。

子宮頸がんの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)は、性交渉で男性にも女性にも感染するウイルスだ。「性交渉の回数が多い人が感染するというのは誤解で、一度でも性交渉があれば感染することはあり得ます。ワクチンを接種するのに、性に奔放かどうかは関係ありません。それにそもそも性に奔放かそうでないか、家族に伝える必要もないことですよね」

当事者なのに正しい情報を知らず、デマに惑わされてしまう状況こそが問題――。大学には、同じ課題感を持つ仲間がいた。最初は周りの人を助けたいという気持ちだったが、しだいにやるなら全国へ広げたいという想いが強くなった。
「知らないまま、後悔してほしくない」「これは自分たちの課題。当事者だからこそ伝えられることがある」という想いが、学生団体Vcanの設立につながった。

誤解やデマで大事なことを決めてほしくない

女子・男子学生が半々というメンバー構成でスタートしたVcan。団体名 には「preVentable CANcer:予防できるがん」という意味が込められている。

活動の主軸は、まず若者へSNSやオンラインセミナーなどで子宮頸がんとHPVワクチンの正しい情報を伝えること。もう一つは「Vcan全国中高ツアー」と題した出張授業。中高生を対象に子宮頸がん・HPVワクチンをテーマにした講義やワークショップを行なっている。

「先生でもなくお医者さんでもない、ちょっと年上のお兄さん、お姉さんという立場で、親しみやすい授業を目指しています。HPVワクチンの名前すら聞いたことのない子も半分ぐらいはいるので、いい意味で先入観なく話を聞いてもらえますね」

Vcanはこれまでにのべ2000人の中高生と800人の専門学校生・大学生に出張授業を行なってきた。それにSNSのアクセス数も合わせると、およそ38万人に情報を届けてきたことになる。

今年の1月には、山形県南陽市で市内3つの中学校と1つの高校で授業を行なった。すると直後の1月〜4月のHPVワクチンの接種者数が、前年同月比のおよそ3倍になったと報告を受けた。

Vcanが目指すのは、若者自身が医学的に正しい情報を得た上で、自分の健康について意思決定ができる社会だ。

「大事なことを決めるのに、子どもたちが出会う情報が誤解やデマであってはいけない。私は知りたかったし、自分で決めたかった」

自分が経験したからこそ、中島さんには「よくわからないからとか周りに流されて、接種の機会を逃してほしくない」という強い思いがある。

ワクチンを勧めるのではなく、あくまでも知る機会を提供することにこだわるのはなぜか、と聞くと、中島さんは次のように語った。

「ワクチン接種後の体調不良は不安材料の1つだと思いますが、その要因の一つに、なんだかわからないまま痛い注射を無理やり打たれたという経験をすると、その痛みが契機となって体調不良が起こることがあげられているんです。
一方、HPVワクチンの積極的勧奨が控えられていた時期に自分で費用を出してでも9価ワクチン(※2)を接種した人たちがいました。その人たちの中で体調不良者はゼロだったという報告が出ているのです」

つまり正しい情報を得て、病気の予防手段を取りたいと本人が望んでいるかどうかが重要なのだ。「まず知る、自分で考えて決める、その後に親と話し合うというフローがすごく大事なのです。そしてどんな選択をしても本人の意思が尊重されるようになってほしいですね」

「活動自体が犯罪だ」SNSで受けた強烈なバッシング

精力的に活動を続けている中島さんだが、中にはワクチンに関して否定的な人もいる。昨年はSNSで初めて強烈なバッシングを受けた。

「Xに、“将来の夢は子宮頸がんを撲滅することです”と投稿したら『活動自体が犯罪だ』とか『責任を取れるのか』『こんな娘に育って親がかわいそう』といったDMが次々届いたのです。親の育て方まで批判されるのはショックで傷つきました」

立ち直れたのは、仲間の支えがあったから。

「先輩から『傷ついたことはあなたの財産だよ。その繊細さは人に寄り添うことができる強みだと思うから、その繊細さを忘れずに活動してほしい』と言われて、すごく腑に落ちたんです。こんなに弱くていいのかなと自信を失いかけていたのに、それをポジティブに捉えてみることもできるのだと。前向きになれました」

Vcanの活動が知られるようになり、同じ医大生から相談されることも増えている。

「中学の同級生からHPVワクチンを接種したいと相談を受けた、どう返答していいか迷うので教えてほしいと。そもそも打つべきなの、とか、3種類あるワクチンのどれがオススメなの、とか、接種後の副反応について聞かれることも多いです。医学生でも答えに慎重になるのだから、一般の方への情報はまだまだ不足していると痛感します」と中島さんはいう。

キャッチアップ世代や保護者世代は、過去の報道などから病院や関係機関をたらい回しにされるんじゃないかという不安を抱く人も少なくない。
「ちゃんと話を聞いてくれる医療機関はあるのか」「安心感があれば接種するのに」という声も届くという。

「1つ言えるのは、ワクチンを取り巻く環境は以前よりずっとよくなってきているということです。接種後の体調不良(ワクチンとの因果関係の有無によらず)が起きたときに、医師がどう対応すべきかに関して診療の手引き(※3)があり研修会も行われています。

また、各都道府県ごとに接種後の体調不良を専門で診る医療機関がリストアップされており、かかりつけ医で対応が困難な場合には専門的な医療機関へ相談・紹介してもらえます。こうした最新の情報は安心材料の1つになるはずです」

キャッチアップ接種の期限はもうすぐ 

最後に、キャッチアップ接種の期限が迫っていることについて聞いた。

「子宮頸がんから自分を守る方法には、ワクチンと検診の二つがあります。現在、対象年齢である12歳から16歳までの女子に加えて、私のように対象年齢で接種を逃した人には、キャッチアップ接種として無料で接種できるようになっています。ただ、期限が迫っていて、標準的なスケジュールでは1回目の接種を今年の9月末までにしなくてはいけないんです。
子宮頸がんは若い人に多いがん。ステージⅠでも、子宮を全部摘出しなければならないケースがありますと話すと、前向きに検討したいという声を多くいただきます。自分ごととして捉えることで、どうすべきかが見えてくるはずなので、早めに検討してほしいと思います。
HPV感染は、男性の陰茎がん、男女共通の中咽頭がん、肛門がんなどを引き起こすことがあるということも、もっと知られてほしいですね」

(※編集部注 2024年11月27日に開かれた厚労省の検討会で、キャッチアップ接種の期限を2025年度まで延長する方針が示されました)

国内で子宮頸がんにかかる女性は毎年約1.1万人。主な原因となるHPVは、男性も女性も、性交渉のある人のほとんどが感染すると言われている。患者は20歳代から増えはじめ、30歳代までにがんの治療で子宮を失ってしまう(妊娠できなくなってしまう)人も、1年間に約1,000人いる。子宮頸がんは決して珍しいがんではない。

同世代や未来がある若者に、子宮頸がんで苦しむ人を出したくない。
中島さんの実体験からの声を聞いて、自分ならどうするか…と考えてみてほしい。周囲の人と子宮頸がんやワクチンについて話す機会を持ってみてはどうか。

【豆知識】
WHOは全世界における子宮頸がん排除(撲滅)の達成を掲げ、次のように具体的な方策を示している。2030年までに各国が下記の90-70-90%の目標を達成すると、来世紀中に子宮頸がんの撲滅(排除)が見えてくる。このうち日本が達成できているのは今のところ治療の部分のみだ。
・15歳までの少女90%にHPVワクチンを接種
・35歳までに女性の70%が高性能スクリーニング検査を受け、45歳までに再度行う
・頸部疾患と特定された女性の90%が治療を受ける

我が国のHPVワクチンの定期接種については、エビデンスの蓄積とともに重篤な副反応とワクチンとの因果関係はないとされ、差し控えられていた積極的勧奨が再開された。現在では小6から高校1年生の女子に定期接種の通知が届く。現在のところ男子は公的接種の対象ではないが、一部の自治体では助成するケースも出てきている。

取材・文/及川夕子

(※1)キャッチアップ世代 対象となるのは誕生日が1997年4月2日~2008年4月1日生まれの女性
(※2)HPVワクチンには、2価、4価、9価の3種類がある

(※3)HPVワクチン接種後に生じた症状に対する診療の手引き
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/dl/yobou150819-2.pdf

子どもを授かったゲイ夫夫(ふうふ)が「親のエゴだろ」「子どもがグレそう」との心ない批判に思うこと。将来、娘に「なんでうちにはお母さんがいないの?」って聞かれたら…【2024 社会問題記事 2位】〉へ続く

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