増え続ける「未婚シングル」を待ち受ける地獄…気ままな「ひとりの人生」を望む男女は実際どれだけいるのか? 【2024 社会問題記事 5位】
集英社オンライン / 2024年12月23日 11時0分
2024年度(1月~12月)に反響の大きかった社会問題記事ベスト5をお届けする。第5位は、晩婚化や非婚化が多くなっている現代の日本について考察した記事だった(初公開日:2024年5月23日)。ノンフィクション本の新刊をフックに、書評のような顔をして、そうでもないコラムを藤野眞功が綴る〈ノンフィクション新刊〉よろず帳。今回は、5人の学者による『東京ミドル期シングルの衝撃 「ひとり」社会のゆくえ』(東洋経済新報社)を入口に、この国の家族のかたちについて考える。
メディアによる印象操作
前回のコラムで、朝日新聞取材班『何が教師を壊すのか』を扱った後、複数の教師から意見をもらった。内容への賛否は分かれたものの、多くのメッセージで共通していたのは「マスコミの印象操作や否定的な刷り込み」を憂うる声である。
現在の公立学校の教師たちを取り巻く環境に問題は多く、教職課程を履修した青年男女が教員になることを忌避する大きな要因のひとつは「教員という生き方を選ぶべきではない理由」ばかりを刷り込む報道にあるのではないか。そんな指摘だった。
たしかにウェブ記事では、分かりやすい誰かへの怒りと不幸な話、人殺しと痴漢、中年男性への揶揄、金儲けをめぐる話が閲覧数に直結するといわれる。その観点からすれば、「結婚できない奴ら」もまた、使い勝手の良いネタということになるだろう。試しに、検索エンジンに打ち込んでみると、上位に表示された記事の多くには、結婚できない男女の特徴が羅列されていた。
これらの記事によれば、結婚できない男には清潔感がなく、コミュニケーション能力も収入も低い。にもかかわらず、ナルシストであるという。ひどい言われようだ。結婚できない女の特徴も似たようなもので、不潔で自己愛が強く、性格が悪い上に金も持っていない――こうした記事に書かれている指摘が「独身者の実体」であるとは、到底思えない。
なぜなら、評者の周りには男女を問わず、不潔な既婚者も、ナルシストの既婚者も、性格の悪い既婚者もいるからである。同時に、清潔で気立ても良く、高収入の独身者もいる。唯一、フリーランスを含む非正規労働者(実家が裕福な者は除く)のうち、明らかに平均未満の年収だと推定される者たちの婚姻率が低いのは指摘の通りだ。
〈東京ミドル期シングル〉とは誰のことか
『東京ミドル期シングルの衝撃 「ひとり」社会のゆくえ』(東洋経済新報社)は、東京都の特別区長会によるプロジェクトの研究チームを構成した5人の学者の論考をまとめた1冊である【1】。
〈東京ミドル期シングル〉【2】とは、東京で暮らす35歳から64歳までの「ひとり暮らしの男女」を指す。このカテゴリーには夫や妻と離死別した者や、地方に家族を残して単身赴任中の者なども含まれるが、大多数は未婚の独身者である。よって、本コラムでは「シングル」を「未婚の独身者」の意で用いる。
同書によれば、日本におけるシングル増加のメカニズムは、1950年代後半以降の〈地方圏から大都市圏への未婚若年層の大量移動〉【3】によって始まる。地方圏の家に生まれた子供たちが就職や進学によって大都市圏に移転し、そのまま地元の地方圏には戻らず、大都市の郊外で核家族(夫婦+子供2人)を構成した。
1981年生まれの評者を含む、1956年から85年の期間に誕生したこの集団の者たちが、既婚者として2人以上の子供をもうけていれば、日本の状況はずいぶん違ったはずだ。
強いられたシングル
この点において、現在の35歳から64歳までの年齢層に相当するシングルは、共同体がその持続のために要請する重大な社会的責任のひとつを果たしていないことになる。しかし同時に、この世代がかかる責任を果たし得なかった理由を「当事者の選択」だけに求めるのも妥当ではないだろう。
なぜなら、この集団を「結婚しない/できない」生き方【4】に誘導したもう一方の当事者は、日本社会の将来設計を怠った政府・官僚、国会を構成する与野党、自社の金儲けのためだけに大量の非正規雇用者を生み出し、下請け企業やフリーランスを不当に扱ってきた大手企業(高所得・正規雇用者の集団)、多様性の名のもとに「標準世帯」の社会的価値を貶めることに熱中してきたマスコミやアカデミアであるからだ。
子供を持つか持たないか、結婚するかしないか、誰かと共に暮らすか、ひとりで暮らすか。どのような生き方も否定されてはならない――シングルが増殖した要因の分析も、行く末の想定も緻密におこなわれているように感じられる「東京ミドル期シングル~」の切れ味を鈍らせているのは、やはりポリティカル・コレクトネスの被膜なのである。
悲惨な末路
同書は、シングルたちの行く末を次のように分析している。
〈シングルが高齢になると、家族・親族は亡くなっていきます。自身が自分の家族を形成しないと、家族・親族に基づく親密圏は縮小していく、または、なくなっていきますので、行政サービスや市場サービス以外に、家族や親族に代わるような社会的コンボイ(サポートが提供されたり、受け取られたりする支え合いのネットワーク)の存在の必要性が高くなるでしょう。
その点では、現状では、多くのシングルにとっては、手段的サポートは家族・親族中心であって、他人(友人・知人)に頼るといった人間関係が多くはないといえます。それは、従来の家族・親族中心の親密圏以外の新しい親密圏が特に東京区部のミドル期のシングルに形成されているかという問題になりますが、これらの集計結果をみる限り、その可能性は低そうです。よって、もし親族に頼ることができなくなれば、誰にも頼れず、行政サービスや市場サービスに頼るしかなくなるというのが、ミドル期シングルの置かれている現状といえましょう〉【5】
丁寧な言葉遣いではあるが、ようするに人並み以上の金を稼いでいるごく一部を除き、ほとんどのシングルには「悲惨な末路」が待っているということだ。
〈人間関係の種類でみると、男性で4割強、女性で2割が人間関係の数が極めて少ない孤立型、孤立予備軍でした。さらに休日の過ごし方をみた結果では、ひとりで過ごす「おこもり型」が半数を占めていました(…)これらのシングルは、低学歴、低所得、無業、東京区部以外の出身者、友人知人が少ない、電話やSNSで交信しない、サポートネットワークが弱く、精神的・身体的に健康といえないという傾向があることがわかりました。経済的脆弱性と社会的孤立が表裏一体となっていることが想像できます〉【6】
必要なのは、支援ではなく報酬
日本社会を自縛するこの状況を打ち破るためには、どのような施策があり得るのか。選択肢はきわめて少ないが、「未来に対する投資」と「現在に対する投資」を同時におこなうことが必要条件になるだろう。未来に対する投資は、子供を増やすこと。現在に対する投資は、シングルのセーフティ・ネットを拡充すること。
なによりも肝心なのは「出産・子育て世帯/それを期待できる世帯への投資」と「シングルへの投資」を、二者択一(トレード・オフ/片方を選ぶと、もう片方を失う)の関係として扱わないことだ。
未婚者も既婚者も離死別者も、子供を持つ家庭も持たない家庭の構成者も、人はおしなべて「ひとり」である。ゆえに、国民全員が漏れなく保障されるべき「最低限度の文化的な生活」は、ひとりひとりの生存権として保障されなければならない。それがすなわち「シングルへの投資」である。
他方、出生率を上げることを目的とした「出産・子育て世帯/それを期待できる世帯への投資」は、生存権ではなく国家の人口政策に紐づく。生存権を1階とすれば、その上に積み上がる2階(報酬/インセンティブ)だ。これは1階の区分ではなく、ひとりひとりに対して完全に平等な1階に上積みされた2階になっていなければ意味がない。
現在の日本で出生率が上昇しない理由は、まさにこの点にあると言えるのではないか。2階は、個人の選択に対する「ささやかな支援や手助け」ではなく、国家の人口政策に貢献した対価としての「重みのある報酬」でなければならないはずなのである。
生存権と報酬
たとえば、0歳から子供を預ける保育施設をめぐって、点数で優先順位が決まる現行の仕組みは明白な誤りだ。片親であるかどうか、共働きであるかどうか、どちらかが家事労働の専業であるかどうかは、「人は皆、ひとりである」という観点には無関係だからである。
出産や保育に関連する手当は「人口を増やしたこと」に対する報酬(2階)なのだから、当人たちの就業や所得の状況とは無関係に、子供を持ったすべての者に同じだけの報酬が与えられるのが当然だろう。
本気で子供の数を増やしたいなら、希望するすべての親の子供を、0歳から無条件で保育施設に預けられるようにすべきである。現在、社会実験中の「子供誰でも通園制度」の劇的な拡充が強く望まれる。
また新たに家族や子供を持つ、ないしは既存の関係性を持続させる努力に対する報酬は、シングルに対しても適用可能である。分かりやすいのは、生活保護だ。日本には「扶養照会」(親や兄弟などに、当該の人物への金銭的援助が可能かどうかを確認する)なる仕組みがあるが、「人は皆、ひとりである」なら、金銭的援助を期待できる血族がいるかどうかは支給要件とは関係ない。
むしろ、そうした保護を受けざるを得ない者のうち、親兄弟や親族と良好な関係を保っている(保つ努力をした)者が生活保護に加えて身内からの金銭的援助、生活上の支援を受けられる――その報酬を認めるほうが――血縁者による親密圏を維持、貢献、持続させる推進力に繋がるのではなかろうか。
「アップデート」はいらない
「人は皆、ひとりである」なら、現行の介護政策もまた不平等である。当事者の要介護度という指標は、介護を担う(疑似も含む)家族には関係がないのだから、要支援でも要介護1でも2でも、介護者が「ひとりの時間」を過ごすために、生活援助サービスを利用できないのはおかしい。家族を持つと、なぜ受けられる公的サービスが減らされてしまうのか。介護サービスは、年齢によってのみ区分されるのが公平ではないか。
では財源は?
この言い方は、すべての議論を一時停止させるだけなので、ここでは言及しない。言いたいのは、つまり、「人は皆、ひとりである」を前提にして、2階、3階を積み上げていくことが出生率を上昇させ、家族や疑似家族との親密圏を構築する近道なのではないか、ということだ。
シングル: すべての国民に対して布かれるセーフティ・ネット(生存権)。
婚姻/準婚姻的契約: 生存権+社会的報酬1。
婚姻+養子 〉 準婚姻的契約+養子: 生存権+社会的報酬2。
婚姻+子供1人: 生存権+社会的報酬3。
婚姻+子供2人: 生存権+社会的報酬4。
婚姻+子供3人以上: 生存権+社会的報酬5。
国家の人口政策に対する貢献の報酬を段階的に積み上げることは、同書が模索する「アップデートされた未来」より実現可能性が高いように思うのだが――。
〈個人化と流動化が進む都市空間で、シングルが孤立せずハンガーダウンに陥らず、しかも困窮することなく暮らすにはどのような条件が必要でしょうか。本書では〝開かれた場所〟とそこから生まれる〝弱い紐帯〟が、従来の相対的に〝閉じられた場〟とそこから生まれる〝強い絆〟よりシングルにフィットすると考えました(…)シングルに関していえば、「役割のない個人」という存在から「役割の担い手としての個人」へと進化することが重要ではないでしょうか。これは結婚するべきとか子どもを持つべきと言おうとしているのではありません〉【7】
〈べき〉ではなくとも、「そのほうが心地良い後半生を送ることができる可能性が高い」とはっきり言えばいい。同書にも、多様な言い回しでそう書かれているのだ。評者は、本当に不思議でならない。いったいなぜ、マスコミやアカデミアは、これまで一千年以上にもわたって人類を持続させてきた「家族/婚姻/出産・子育て」を貶め、むりやりにでも打ち捨てんとする主張を繰り返すのだろうか。
文/藤野眞功 写真/shutterstock
【1】 宮本みち子・大江守之(編著)+丸山洋平+松本奈何+酒井計史(著)
【2】「東京ミドル期シングル~」より引用。
【3】「東京ミドル期シングル~」(第1章/大江守之)より引用。
【4】「東京ミドル期シングル~」(第3章/宮本みち子)では、アンケートに基づいて、積極的シングル(ひとり暮らしを続けたいと望む者)の割合を推定しようと試みている。たとえば、年収と積極的シングルの相関である。男の場合は、年収300万円未満から800万円以上のすべてのカテゴリーで「ひとり暮らしを続けたくない+分からない」と答えた者が50%以上を示す。
このパートを執筆した宮本は〈男性は経済力があるほど結婚への可能性と期待が高まるのに対して、女性は経済力があるほどひとり暮らしの可能性が高まる〉と言うが、はたして本当だろうか。
というのも、年収300万円未満から800万円未満の段階(4つの区分のうち3つ)までは、女性でも50%以上が「ひとり暮らしを続けたくない+分からない」と答え、年収800万円以上にいたってようやく、「ひとり暮らしを続けたい」と「ひとり暮らしを続けたくない+分からない」が拮抗する。
では、高所得の男は「結婚したい」のにできず、高所得の女は「(結婚できるが)自らの意思でシングルを志向している」ということになるのか。この感情をアンケートや簡単なインタビューで解明することは難しいのではないか。
評者の周囲にはマスコミ、アカデミア、金融、飲食店経営などで800万円以上の年収を得ている「女のシングル」が少なくないが、彼女らは日常的には――仕事の場面や友人ではない者が同席している場では――「ひとり暮らしが良い」と語るが、友人付き合いする者だけの場では「本当は誰かと暮らしたい」と漏らすことのほうが多い。もちろん男女を問わず、心の底から「ひとり暮らし」を好む人もいないわけではないが、評者の体感としては、極めて少数である。
【5】「東京ミドル期シングル~」(第5章/酒井計史)より引用。
【6】「東京ミドル期シングル~」(終章/宮本みち子+大江守之)より引用。
【7】「東京ミドル期シングル~」(終章/宮本みち子+大江守之)より引用。ただし、256頁の一節と257頁の一節を(…)を挟んで、前後を「転倒」させて表記している。
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