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〈「年越しそば離れ」も現実味?〉原材料費、光熱費の高騰に人手不足…立ち食いそば屋は「500円の壁」で店主が悲鳴

集英社オンライン / 2024年12月20日 11時0分

2024年もいよいよ終わりが近づいてきたが、1年を締めくくる恒例行事として、毎年大晦日に「年越しそば」を食べている人は多いのではないだろうか。日本中のそば店にとって稼ぎどきにもなる重要なイベントだが、どうやら業界は明るい話題だけではないようだ。

【画像】創業120年以上の老舗「丸花」の看板メニュー「しぐれ」(950円)

コスト高騰、人手不足など、さまざまな問題がそば業界にも

「正直、そば業界の景気はいいとは言えませんね」

苦笑いを浮かべながらこう語るのは、東京下町で120年以上の歴史を誇る老舗そば店「そば処 丸花」の5代目店主・茨和宏さんだ。

同店は、明治初頭に創業。それまで武士だった初代店主が、明治維新に伴う廃業を機に、現代で言うところの“脱サラ”感覚で開業したという。その後、大正時代の関東大震災や昭和時代の東京大空襲など、下町を襲った数々の災害や戦禍を乗り越え、今日まで営業を続けてきた。 

そんな歴史ある店も、人手不足や物価高、インバウンドなど、飲食業界を取り巻く多くの課題に手を焼いているようだ。

「原材料費や光熱費の高騰、人手不足など、最近話題になっているさまざまな問題が、そば業界にも押し寄せています。小麦粉ほど急激ではありませんが、そば粉の価格もじわじわと上昇していますし、人件費を含め、ほぼすべてのコストが右肩上がりになっています。特にここ1〜2年は、その傾向が顕著です。

人手不足は非常に深刻な一方で、そば店の業務には覚えることが多いため、単発で働いてもらうには向いていないんですよ。なので、最近話題の“スキマバイト”などは導入していません」(茨さん)

そば業界が他の飲食店ジャンルと決定的に異なる点として挙げられるのが、古くから“出前”という商習慣があることだ。現在では「Uber Eats」などのデリバリーサービスを利用して、飲食店がユーザーのもとへ料理を届けるのは一般的な光景となっている。

しかし、そば店は「デリバリー」という言葉が今のように広まる以前から、各家庭にそばを届ける文化を築き上げてきた。

そば店の出前には、デリバリーサービスとは異なる特徴がある。たとえば送料や割増料金が発生しないのはもちろんのこと、「あとで各家庭へ食器を回収に行く」という、手間のかかる工程まで含まれているのだ。

人手不足や原材料費の高騰に悩むそば店にとって、こうした出前の仕組みは一見、大きな負担のように思える。しかし、茨さんは意外な事実を明かす。

「今のデリバリーサービスって、どこも使い捨て容器を使っていますよね。でも、あの容器って1つにつき何十円とかコストがかかるので、意外と負担が大きいんです。
その点、食器を使えば、ランニングコストは抑えられます。食器の回収も自分たちで行なえば人件費も増えませんし、意外と利点が多いんですよ。

そもそも、出前っていうのは『送料なしで家まで届けるので、これからもよろしくお願いします』という、営業活動や名刺代わりの役割もあるんです。昔ながらの地域性を生かしたやり方だと言えますね。
ただ、最近はオートロックのマンションが多くて、出前や回収に行っても中に入れないこともあって……。これはけっこう困っちゃいますよね」 (茨さん)

二極化が進むそば業界

昨今の飲食業界といえば、訪日外国人(インバウンド)の増加により、和食を中心に好調な状況が伝えられている。寿司と並んで“ジャパニーズフード”の代表格とされるそばも人気を集めているように思えるが、茨さんによると、町のそば店への影響は意外にも限定的だという。

「高級そば店や和食レストランと違って、うちのような町のそば屋は、外国人に知ってもらう機会がほとんどありません。だから、インバウンドの恩恵はあまりないんです。
最近ではインバウンド向けに値上げをする店舗も増えていると聞きますが、うちは町の人のために、なんとか価格を抑えながら商売を続けている状況です。

今後のそば業界は、インバウンド需要で賑わう高級店や観光地の店と、うちのような地域密着型の町のそば屋で、二極化が進んでいくんじゃないかな」(茨さん)

その後も、筆者は町のそば店で話を聞き込んでいった。このエリアは下町らしく多くのそば店が軒を連ねているが、どの店も共通して語るのは、物価高への苦悩だった。 

「うちは自分で出前もやっているし、フードデリバリーでも注文できます。大晦日は一番の稼ぎどきで、昼間から出前予約の電話がバンバン来て、『◯時に◯◯さん宅、×時に××さん宅』とリストを作っています。でも、ガソリン代も上がっているし、ほとんど地元の人へのサービスみたいなものですね」(家族経営の下町のそば店) 

「正直、値段を上げたい気持ちはあります。でも、上げすぎるとお客さんが来なくなっちゃうんですよね。時給で従業員を雇っている店だと、人件費も原材料費も上がっているから、大幅に値上げしているところも多いんじゃないかな。

でも、うちは個人経営だから、人件費は自分が働けばいいだけ。だから、何とか大きな値上げをせずにやりくりしています。
実際、他所では天ざるなんかが2000円を超えることもありますが、うちは何とか抑えて提供していますよ」(老夫婦で営む下町のそば店)

次に、カウンターとテーブル席を備えながら、「もともとは立ち食いそばだった」という店を訪れた。その歴史もあってか「物価高の影響は、他のそば店よりも大きい」と店主は嘆く。 

値上げと「500円の壁」で板挟みの立ち食いそば

「実は、こないだ値上げしたばかりなんだよ。心苦しいけど、安いままじゃ朝から晩まで働いてもやっていけないからね。でも、うちはお客さんのほうから『値上げしなきゃダメだよ!』なんて言ってくれた。

ただ、ラーメン業界に『1000円の壁』があるように、立ち食いそばには『500円の壁』っていうのがあってね。500円を超えると、やっぱり高いと思われちゃうんだよ。でも、今は何でも値上がりしているから、500円じゃ正直厳しい。

昔、マクドナルドのハンバーガーが59円だった時期があったけど、あれはやりすぎだったと思うよ。ああいうのが原因で、みんな安いのに慣れちゃったんだ。

結局、経営のために値上げしたくても、お客さんの給料が上がらないとね。生活が苦しいとき、真っ先に節約されるのは食費だから。うちみたいな外食産業なんて、最初に影響を受けるよ」(都内下町のそば店)

一方、人手不足に関しては、もともと立ち食いそば店であることが助けになっているという。 

「もともと立ち食いそばだから、人手がかかるシステムではないんだよね。店も広くないし、オペレーション的には1~2分で1人前ができるから、人手不足の影響は少ないんだ。うちは出前もやってないし。

Uber Eatsが一度営業に来たことがあったけど、配達の間に麺がのびて味が悪くなったら困るでしょ。自分で運ぶなら責任が持てるけど、知らない配送員のせいで店の評判が下がるのは困るから断ったんだよね。

うちは母親と兄貴と一緒に店を始めたんだ。息子はいるけど、こんなキツい仕事を継がせるつもりはないから、息子は会社で働いているよ(笑)。だから、後継者不足って言えばそうなんだけど、もともと俺の代で閉店するつもりでやっている。ただ、もし誰か『やりたい』っていう物好きがいれば、譲るのを考えないでもないかな(笑)」 (都内下町のそば店)

総務省や厚生労働省の調査では「そば・うどん店」として統合されているため、そば店単独の家計支出や廃業動向を具体的に把握することは難しい。

一方で、今回取材した各店舗が切実な現状を訴えているのもまた事実だ。“おせち離れ”など年末年始の食文化が変化しつつあるなか、“年越しそば”という伝統は未来の世代まで守られるのだろうか。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

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