生徒はお客様? 教員はサービス業?「お客様を教育しなければならない」というジレンマのもと失われてしまった教師たちの尊厳
集英社オンライン / 2025年1月23日 7時0分
〈「頭の悪い奴はテストを休め」…大阪府の中学生に課せられた過酷な団体戦「チャレンジテスト」とは? 3年生は年13回もテストを受けなければならない異常な現実〉から続く
「悪いことをすれば先生から叱られる」という当たり前の認識が、いまや教育現場から消えかけている。教員が子どもの機嫌を取らなくてはいけないような状況が生まれているのだ。
【画像】逗子市教育委員会が警察と連携する旨を保護者に通知した資料
教育を「付加価値的な投資」と捉えてしまうことで生まれる教育現場の崩壊を、書籍『崩壊する日本の公教育』より抜粋・再構成して解説する。
「教員はサービス業だから」
20年以上前、当時教育実習生だった私に、ある教員が誇らしくそう語った。チャイムの2分前には教室の外で待機し、チャイムと同時に入室。カバーすべき単元を無駄なく授業し、チャイムと同時に授業を終え、生徒と会話をする間もなく教室を後にする。
授業というサービスの提供に徹するその姿はまるで塾講師のようで、きちんとしているように見えた。でも、せっかく早く着いているのに、なぜ教室に入って生徒と触れ合わないのだろう? 違和感だけが私の中に残った。
「子どもたちにプロのサービスを」というのがその人の自慢だったが、彼の割り切った仕事観に、「プロ」の教師とはいったい何なのかと逆に考えさせられた。
それとは対照的に、後に私の師匠となる人だが、私が千葉市の中学校で教員をしていた時に出会った小関康先生の仕事へのアプローチは、サービス業とは正反対にあった。
例えば、小関先生は朝の会も帰りの会も、時間通りには行かない。特に、受け持っている生徒が中学3年生にもなると、チャイムが鳴っても意図して教室には向かわない。職員室でパソコンに向かってみたり、ふらっと他のクラスを覗いて回ったりする。
それでも、自分たちで考え、行動することを徹底的に指導されてきた小関学級の生徒たちは、声をかけ合い、自分たちで会を進める。
帰りの会も、小関先生が職員室で事務「作業」をしていると、生徒が自分たちで調べて必要な連絡事項の伝達を全て行った時点で学級委員が呼びに来る。「全部終わりました。先生の話、お願いします」。その後は、小関先生がその日見たこと、感じたことを、こんこんと語る。
掃除なども、一見、小関先生は生徒と楽しそうにおしゃべりしているだけにしか見えない。それでも掃除はきちんと終わり、小関学級にはゴミ一つない。落ちていても、誰かがすぐに拾うのだ。
それを見てしまうと、さぼっている生徒には脇目もくれず、自ら必死に掃除している教員は何なのだろうと考えさせられる。小関先生は断言する。
「子どもの様子を観察することは大事。ただ、教員が子どものご機嫌をとるような環境で、子どもが育つわけがない」
「教員はサービス業」
しかし今、「教員はサービス業」という認識が、教員の間でも普通になりつつある。
それを支えている新自由主義的な世界観は、フランスの哲学者、ミシェル・フーコーの解釈を借りれば、社会のあらゆる活動や関係を経済的な価値観でのみ分析しようとする偏った世界観だ*1。
それは、教育までをも「付加価値的な投資」と見なし、生徒・保護者を学費や納税で教育という「商品」を購入する「お客様」、教員を教育という「サービス」を提供するサービス労働者、教育委員会はクレームを受けつけるカスタマーサービスへと置き換えてしまう。
「教育委員会に訴えてやる!」そんな言葉を聞いたことのある人も少なくないだろう。教員が子どもの機嫌をとろうとするのも、生徒に対する強い指導が難しくなってきているのも当然だ。
そうして今日の教員は、自分のアイデンティティをも揺るがす厄介なジレンマを抱えることになる。それは「お客様を教育しなければならない」というものだ。この難解なジレンマを抱えた学校と教員は、失われた自らの尊厳をいかに取り戻せばよいのだろうか。
とある小学校の話
貧しい地域に位置する、とある小学校。この地域は昔から学力が低く、親たちの中にも大学を卒業した人は少ない。そんな地域の期待を背負って新しくできたこの小学校は、従来の小学校とはだいぶ雰囲気が違う。
小学校といえども1秒たりとも無駄にしない、はりつめた雰囲気の中で授業が進められる。普通の学校と比べて授業時間が長く、授業日数が多いことも、共働きが多いこの地域で歓迎されている理由の一つだ。
この学校では結果が全てだ。常に生徒をテストして、数値化されたデータを管理職が管理、分析し、教員の評価と指導に反映している。カリキュラムはシンプルで、学力標準テストの対策を中心に組まれている。成果主義を徹底するこの学校では、成績次第で新米教員でも他の教員を指導できるようになる。
教員は、大学を出たてのエネルギッシュな若者が圧倒的に多い。長時間勤務に耐えられる体力だけでなく、夜中でも生徒からの相談に応えられる献身性が求められる。情熱的な教員が多い半面、過酷な労働環境による教員のバーンアウト(燃え尽き症候群)と離職率の高さが問題になっている。
この小学校のもう一つの特徴は、非常に静かで落ち着いた学習環境をつくっていることだ。その要因は二つある。一つは厳格な学習スタンダードを設けていることだ。話を聞いている時の手の位置、立ち方、うなずき方の他に、手を挙げる角度まで決められている。
型にはまらない子、落ち着きのない子はしだいに振り落とされていき、卒業時には学校が定めた規格に準じた子だけが残る。少しでも規律を守らない生徒には厳しい懲罰をくだす「ゼロトレランス」(大きな秩序の乱れを引き起こさないよう、どんなに些細な学校規律からの逸脱行動をも初期段階で許さない厳格な生徒指導方針)を用いた生徒指導方式で教員の権限を強め、若くて経験の浅い教員でもしっかりと子どもたちをコントロールできる仕組みになっているのだ*2。
「この『とある小学校』、どこだと思いますか?」講演の時、私は聴衆にそう質問する。「大阪!」「東京!」「秋田!」さまざまな手が挙がる。首を横に振り続けた私が、「皆さん違います。実はこれ、ニューヨークの学校ですよ」と言うと、人々は決まって驚く。
しかし、これを日本の学校だと思うくらい、結果責任、学習スタンダード、ゼロトレランスなどによる締めつけが日本の教育現場でも珍しくなくなっている、ということだろう。
学校が定める規格
「とある小学校」とは、2016年の8月まで私が住んでいたニューヨーク市のハーレムにあるKnowledge Is Power Program(通称KIPP)という大手の公設民営学校(チャータースクール)の一つだ。
市場化されたアメリカの公教育では近年、ファーストフード店のように次々と学校を開く「マックチャーター」と呼ばれる公設民営学校チェーンが、「学力困難校」に認定された従来の公立学校に置き換わる形で数を増やしてきた*3。
中でも、KIPPやAchievement First、Success Academy、Uncommon Schoolsなどのチェーンは、市場化する公教育で勝ち抜くために効率化の徹底を図り進化してきた学校だ。
生徒の大半はアフリカ系かラテン系アメリカ人で、テスト至上主義、効率化の徹底追求、学習スタンダード、ゼロトレランスを組み合わせたスパルタ教育で、教育熱心な貧困層の親の間で人気を博してきた。
公教育の市場化がアメリカほど成熟していない日本においては、学習スタンダードとゼロトレランスの関係性は見えにくい。しかし、このようなアメリカの公設民営学校などの日常風景を見れば、学習スタンダードやゼロトレランスと公教育の市場化の関係性がよくわかる。
学力標準テストが教育を支配する文化は、子どもたちさえをも標準化しようとする。各学校が少しでも安く、より高い「学習効果」を目指して競争する中、排除されるのは問題行動を起こす子どもだけではない。
点数の稼げない子、障がいを抱える子どもたちさえも、学校が定める規格に合わなければ、まるで工場における「品質管理」のように容赦なく排除されていくのだ。
写真/shutterstock
註
*1 Foucault, M.(2008)The Birth of Biopolitics: Lectures at the Collège de France,1978-1979.New York: Palgrave Macmillan.
*2 鈴木大裕「市場化する教育のゆくえ」『教育』2017年8月号。
*3 詳しくは、鈴木大裕『崩壊するアメリカの公教育―日本への警告』(岩波書店、2016年)第6章「アメリカのゼロ・トレランスと教育の特権化」。
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