「つらいから殺してちょうだい」息子の誕生日に母が告げた“お願い”、死にきれなかった息子が裁判で明かしたこと【裁判傍聴】
集英社オンライン / 2024年12月23日 17時0分
2022年8月、東京都葛飾区の自宅で、寝たきりの母親(当時92)の首をひもで絞めて殺害したとして、殺人の罪に問われている前原英邦被告(61)。2024年12月16日に前原被告の裁判員裁判が、東京地裁(向井香津子裁判長)で開かれた。4回に渡る公判で、前原被告が語ったこととは…
「母を殺したのは私です」
「あのときに戻って、母を殺害しない方法を考えたかった」
東京の下町、葛飾の閑静な住宅地にあった赤茶色の一軒家。少しくたびれたその家の中で、苦悩の末、前原被告は母親を殺害した。
2024年12月12日に行われた第3回公判で、被告は後悔の念を口にする。
さかのぼること12月3日、東京地裁での初公判。前原被告は罪状認否で、
「母を殺したのは私です。ですが、母から頼まれてしたことです」
と述べ、弁護側も同意殺人の罪が成立すると主張していた。一方で、検察側は前原被告は借金があることから、経済的に困窮して犯行に及んだと指摘した。
検察側の冒頭陳述などによると、事件の経緯はこうだ。
前原被告は、中学卒業後、調理師の専門学校に進学。26歳の頃には料理の技術を極めるべく、修行のため2年間フランスへ渡った。帰国後は、フランス料理店で勤務したという。
事態が一変したのは、09年。母親の身体に「直腸がん」が見つかったころだ。手術後は人工肛門になるため、そんな母には介護の手が必要となった。
そして14年には、同居していた父が他界。さらに追い打ちをかけるように、19年に母親が「脳梗塞」で倒れ、左足が麻痺。自ら行動することすらできなくなり、24時間の介護が必要となる。
母親は「要介護5」の認定を受け、訪問看護や訪問診療のサービスに頼ってはいたものの、痰の吸引やインスリン注射などの介護は、同居していた前原被告がせざるをえなかった。
このころから、フルタイムで働くことはおろか、アルバイトすらもできないほどにつきっきりとなってしまった前原被告。
しかし、前原被告は、弁護側の被告人質問で、金銭的な支援は得られた可能性があったと語る。
前原被告には11歳年上の兄がいた。兄は、財務省に勤める国家公務員。
当初、前原被告は兄へ相談していたというが、「そういうことは、(母方の)叔父に相談したほうがいい」と言われたという。
唯一の肉親である兄に連絡を取ろうとしても留守番電話になり、メッセージを残しても折り返しはなく、事件直前には電話すらも繋がらなかったと話している。
前原被告は母の介護という責任をひとりで抱え込んでしまった。
「苦しいから殺してちょうだい」
第3回公判に行われた被告人質問で、前原被告は事件の端緒をこう答えた。
「母から『苦しいから楽にしてちょうだい』と言われました」
前原被告によると、かねて身内が亡くなるたびに母から「入院はやだよ。家に連れて帰ってきてちょうだいね」などと伝えられていたという。
被告人質問で、前原被告は24時間つきっきりの介護の実態を、一日の流れを説明するように話した。
起床は午前5時前。食事の用意をして、母親を起こしてすぐに血糖値の測定をして、その後に1時間ほどかけて朝食を食べさせる。
インスリン注射をして、午前8時からは訪問看護の入浴時間となるが、休むひまはない。入浴中も、タオルを用意したりと介助をしなければならないのだ。
その後、昼食を作り食べさせ、母親は昼寝の時間になる。その間も、日用品や食品の買い出しに出るなどして、戻ってきてからは、夕食を作り、また食事の介助をする。
排泄物の廃棄などをしたのち、母親の日課であるアイスクリームを食べさせて、午後7時ころに母は就寝。前原被告は、午後10時ごろに床に就くという。
そんな生活は、母親の一言で変わった。
事件直前の22年8月には、前原被告が記憶している限りで、母親から複数回、殺害を依頼されたという。
事件の26日前の8月2日、夕食の支度をしていたときに、母親から突然《つらいよ、殺してちょうだい》と言われたと振り返る。
くしくも、この日は前原被告の誕生日。小さなケーキを2人で分けあって食べただけあって、鮮明に覚えていると話した。
8月17日にも、夕食の支度中に、いきなり母親から《つらいから殺してちょうだい》と言われたという。前原被告は、うなずくこともせず、聞き流した。
しかし、25日は違ったのだ。
母親が日課で好物のアイスクリームを食べていたとき、《つらいよ、楽にしてちょうだい》と言われ、前原被告は《一緒に死のう》と返事してしまったのだ。そうしたところ母親は、
《ありがとうね》
と一言返したという。
そして、犯行当日の28日。母が就寝する午後7時までは、いつもと変わらない日常を過ごした。
「普段の日に事件を起こすと、(訪問看護のときに)女性スタッフの方だけなので、29日は男性スタッフの方もいるので発見されやすいほうがいいかな、と考えました」
ただ、ひとつ違うのは母親に精神安定剤を飲ませたこと。のちに前原被告は、
「私が母を殺すときに、苦しまないで済むように飲ませた」
と供述している。
前原被告は母親が寝たことを確認すると、部屋の押し入れから黄色のひもを取り出した。だが、殺害するのを躊躇してしまい、一度自分の部屋に戻ったという。
「母を殺してしまうんだ、とそう思いながら(自分の部屋で)座っていました」
躊躇をしたのか、15分くらい部屋にこもっていたという。しかし、再度、母親の部屋に行き、ひもで首を絞めてしまった。
「私は、(母親の)口の前に手を置いて、呼吸を確認しました。きれいな格好をしていないと可哀想だと思い、パジャマを直してあげました」
母親の部屋の前には、「警察へ連絡してください」と書いた紙を貼った。
その後、前原被告は自分の部屋に戻って、自殺する準備を始めたという。
以前、医師から処方されていた睡眠薬や精神安定剤など約180錠をどんぶりの中に入れ、缶チューハイと一緒に飲み込んだ。
徐々に眠くはなり、一時は意識を失ったものの、発見後の入院先の病院で意識を取り戻した。
重くのしかかる生活費と借金
弁護側の同意殺人の主張とは異なり、検察側は比較的高額な支出や前原被告に借金があることから、経済的に困窮した末の犯行だと指摘する。
前原被告には、銀行などから500万円の借金があったが、自宅を売却して借家として生活する契約を結び、2000万円の収入を得て、返済に充てたとのこと。だが、3年で底をつき、知人から300万円を借金するなどして生活していたという。
事件当時は、家賃、生活費と支出が多く、母親の年金だけでは生活ができず、毎月20万円ほどの赤字だった。犯行直前の22年6月からは携帯電話の通信料金や水道代を滞納するようになっていたというのだ。
16日の第4回公判で、検察側は「経済的破綻から自殺を決意し、被告が母親と無理心中を図った」、「母親は末期の認知症で、殺害を依頼できる状況になかった」と指摘。殺人の罪が成立するとして懲役8年を求刑した。
一方で弁護側は、「殺害を依頼されたと信じていなければ、大切な母親を殺害するはずがない」として、具体的なエピソードに触れながら「被告の供述は信用できる」として、殺人の罪よりも法定刑の軽い、同意殺人の罪が成立するとして、執行猶予の判決を求めた。
被告人質問の中で印象的な場面がある。弁護側から「勾留中に見た夢」について質問され、
「母と2人で、母の生まれた家に行った夢を見ました。母は、健康で笑顔でいて、安心してよかったなと思いました」
と落ち着いた表情を見せた前原被告。傍聴席には、涙を流す人の姿もあった。
次回、来年1月9日に判決が言い渡される。
取材・文/学生傍聴人
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