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「次の試合で負けたら休養」「勝ったら続投です」楽天初代監督・田尾安志が苦心した球団の場当たり的な采配

集英社オンライン / 2024年12月24日 17時0分

「20年経っても球団は三木谷さんのアクセサリーのまま」今江監督が解任、田中将大も去った楽天球団に初代監督が今も懸念すること〉から続く

「楽天球団を三木谷(浩史)さんは自分のアクセサリーのような感覚で持たれていた。それが今も変わったように思えないのが、とても残念ですね」そう語るのは楽天の初代監督、田尾安志だ。球団創設20年の節目となった今年、今江敏晃監督が就任1年で解任され、象徴的存在だった田中将大も去った。チームはどこに向かっているのか?

【画像】「僕は三木谷さんに野球を好きになってもらいたかった」と語る田尾氏

「これからは若手を使え」

今から20年前の2004年、球界再編騒動を経て誕生した東北楽天ゴールデンイーグルス。


分配ドラフトによって、誰がどう見ても最下位濃厚なチームの初代監督を引き受けたのが田尾安志である。

米国スタンフォード大学卒でスポーツ評論家でもあったGMのマーティ・キーナートと二人三脚で05年のペナントに臨んだものの、4月に11連敗を喫すると、オーナーの鶴の一声でこのキーナートがいきなり、GMの任を解かれてしまった。

さらには、田尾が三顧の礼をもって招いたヘッドコーチの山下大輔と打撃コーチの駒田徳広も早々に二軍に配置転換をなされてしまう。戦力的にも負けが続いていくことは覚悟のはずであったが、辛抱できずに誰かに責任を取らせていくという理不尽な方針はこの頃からであった。

「山下さんや駒田だけに責任を押し付けるわけにはいかない」田尾は辞表を携えて球団事務所に向かったが、山下が二軍監督を了承したために思いとどまった。

それからも負けが込みだすと、オーナーは幹部を通じて監督の専権事項である選手起用にまで介入してくるようになったという。

「これからは若手を使えというのですが、ただ若いというだけで、明らかに力の劣っている選手を、結果を出しているベテランよりも優先すれば、チームに不協和音が蔓延してしまいます。負けてはいても公正な競争ができている良い空気が壊れてしまう。プロはポジションは自分で奪い取るものです」と断固として拒否をした。

2度目の11連敗を喫した後には、「次の試合で負けたら休養」とまたも代表を通じて通達された。「勝ったら、どうなるんですか」と聞くと「そのときは続投です」と返ってきたが、そもそも田尾は、たった一試合の結果で左右されるような薄っぺらい気持ちでは戦っていなかった。

「今のメンバーでシーズン全体をどう乗り切るのか。野球界のためにも50年ぶりにできた新球団を場当たり的な勝敗で壊すわけにはいかない」

田尾はオーナーとの直接の対話を望んだ。

だが、就任当時は「野球について不安や疑問があれば、人を介さずに直接お話をしましょう」とダイレクトのコミュニケーションを歓迎するとしていた三木谷浩史は電話をしても一切出ず、10月に入ると田尾は3年契約の2年を残して解任となった。

打撃の指導者として、現場では引退直前にいた山崎武司を再生させ、近鉄でくすぶっていた高須洋介を育て上げた。強化の面では次シーズンを見据えてソフトバンクの王監督、ロッテのバレンタイン監督から余剰戦力をレンタル移籍してもらう交渉をすでに済ませていた。チームの編成会議でも田尾続投は指示されて決定事項になっていたが、その30分後にまたも鶴の一声で覆ったのである。

星野仙一が漏らした「象徴的なひと言」

田尾が述懐する。

「僕は三木谷さんに野球を好きになってもらいたかったんです。音信不通だった中で僕の解任が決まってから、ようやく代表(米田純)と球団社長(島田亨)と3人で会いに来られました。

そのときも今後のためにきちんと話しておこうと、米田さんに『僕が必ずオーナーに伝達しておいてくださいと言っていた事項が何も伝わっていないじゃないですか。こんなに風通しの悪い組織はダメですよ』とお話ししたら、三木谷さんはその場で『米田、ダメじゃないか。お前は来季から代表補佐に降格だ』と言われていたのですが、結局そんな人事もなく、ただのその場しのぎで取り繕うだけでした。

20年の歴史の中で、上手く折り合いをつけてやってきた監督もいますが、平石(洋介、2018年~2019年監督)の切り方も酷かった。2年目にAクラスに入れたのにクビにされてしまったでしょ。一方で成績を残せなくても温存されている人がいる。つじつまが合わない。正しいことを言う人が外されていってしまう風土が残念です」

この20年、楽天には過去にのべ11人の監督がいたが、田尾はその誰よりも忖度なく、提言をし続けていた。換言すれば、初代監督としてそれだけチームに対する深い愛情があった。

楽天監督時代の星野仙一と田尾が新幹線内で遭遇した際のエピソードがある。親指を立てながら、「俺たちの仕事はこれ(オーナー)さえ押さえておけばいいのだから、楽だよな」という星野に対して、「僕はそれはできないんですよ」と田尾は返した。チームのために間違っていると思えば、誰に対しても絶対におもねらない。

ファンもよく見ていた。楽天を日本一に導いた星野が「俺は東北ではまだ愛されていないのではないか」とこぼしていたのに対し、田尾は38勝97敗1分とダントツ最下位の記録を残しながら、解任発表後には留任を求める署名運動が起き、最終試合では選手からの胴上げが自然発生で巻き起こった。

「最下位の監督なのだからやめてくれと言ったんですが、皆が『僕たちの気持ちです』と言ってくれてね。公正に選手を見ていたことがわかってくれて野球人として嬉しかったです」

志を同じくした盟友マーティ・キーナートが今年、2024年11月8日に逝去した。その葬儀では、懐かしい顔にも再会した。楽天一年目の球団職員だった南壮一郎。独立した南は日本初の求職者課金型求人サイト、ビズリーチを立ち上げて実業家として大成している。

「南君もがんばっていて嬉しくなりました。僕は変わらない。個人のためではなくて野球界のために一年目から楽天に対しては同じことを言っている。このままでは良くなりませんよと。初代監督として愛着のある球団ですから、早く良くなるのを見て称賛したいんですよ」

田尾は今、国指定の難病「心アミロイドーシス」を患っている。繊維状の異常たんぱく質が心臓に付着し、機能障害を起こすというこの病は日本で約2000人ほどしか認定されていない。

不安がないはずがないが、それでも病気のことを知ってもらうためにあえて自身のYouTubeチャンネルでカミングアウトした。そして闘病を続けながら、愛する楽天のために発言を続けている。

取材・文/木村元彦 写真/産経新聞社

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