「盗んだハイヒールを肛門に挿れて…」やめられない性衝動、依存症専門医が語るどぎつい症例と患者の結末
集英社オンライン / 2024年12月27日 14時0分
〈自分の体液をスポイトに入れて噴射…下着泥棒が性的興奮を抑えられず行き着いた「マーキング」とその治療法〉から続く
2024年3月、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳・水原一平容疑者による銀行口座窃盗事件でにわかに脚光を浴びた、依存症。水原容疑者のようなギャンブルを始め、アルコール、ドラッグ、病的窃盗など、さまざまな種類があるが、痴漢や盗撮、露出行為なども性依存という、依存症の一種である。今回はそんな依存症患者の治療を専門としている東京・池袋「ライフサポートクリニック」院長の山下悠毅さんに、近年診察した驚愕の症例を聞いた。
ハイヒールを盗んで自慰行為の道具に
「ハイヒールを盗んでは、そのヒールを肛門に入れ自慰行為をする、という患者さんがいましたね」(山下さん、以下同)
耳を疑いたくなるようなその症例。
東京・池袋「ライフサポートクリニック」院長の山下悠毅さんに詳しく話をうかがった。
「患者は30代前半の男性。性癖が止められないということで、保護司を介して当院に来院しました」
(※保護司:犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支援する民間のボランティアで、法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員)
《症例 Aさんの場合》
中学2年生のとき、歯科医院の下駄箱にあったハイヒールに性的衝動を感じ、それを盗んで家に持ち帰った。
そのヒールを、自身の肛門に突き刺し、自慰行為をするようになる。
以後、ハイヒール窃盗の常習犯となり、飲食店、公民館などでハイヒールを奪っては逃げる。ときには階段を上がっている最中の女性のハイヒールを奪うこともあったという。
ハイヒールの窃盗行為で逮捕多数。服役9回。
親族には絶縁され、出所後は身寄りがないため生活保護を受けるが、問題行動を繰り返してしまう。
女性ではなく、とにかくハイヒール、しかも新品ではなく使用中のものに性的衝動を感じるそうで、ヒール部分は細ければ細い方がいい。
通院しつつ、当院のリカバリープログラム(依存症復職プログラム)を受け、症状は落ち着いた。
ところが2年ほど経ち、当院の女性ロッカーに侵入。看護師のハイヒールを見つけ、窃盗に及ぶ。
院内のトイレにてヒールを肛門に突き刺し自慰行為を行い、その後そのハイヒールは院内のゴミ箱へ捨てた。
捨てる行為の一部始終が院内の防犯カメラに映っており、事態が発覚。スタッフとの信頼関係が崩れたため、やむなく転院となった。
女性にとってはなんともはた迷惑な問題行動だ。だがこの症例について「本人の意志では止められない、典型的な行為依存」であると、山下さんが解説する。
「これは、性依存症だけではなく、フェチズムと呼ばれるケースも入っています。
フェチズムとは、性愛の対象が異性の存在全体ではなく、その身体の一部(毛髪、手、足、指、耳など。 通常は性器は含まない)や、関係する物品(相手の持ち物や身に付けたものなど)に対してとくに強く向けられる傾向のことを言います。
よくある例としては、ゴムやプラスチック、皮革のような、特殊な質感を持つものに魅かれるといったものです。
Aさんは、当院への通院を始めてから、毎朝の自慰行為と、医師による認知行動療法を受けることで2年ほど安定していました。
ところが、通院時にスタッフがハイヒールを履いて来たところを目撃してしまい、自己制御が困難となってしまった。
その後、転院されたのですが、再び女性の靴売場で、靴を試着中だった女性のハイヒールを盗み逮捕され、10回目の服役中です。本人からクリニックへ謝罪と報告の手紙が来ました」
Aさんのような性依存症の患者の脳内では、どんなことが起きているのか。
山下氏はこう解説する。
「性依存は『行為依存症』と呼ばれる依存症の種類となります。なお行為依存は、ギャンブル依存症も当てはまります。
このタイプの依存症は『チャレンジ依存症』とも呼ばれ、『チャレンジができそう』という場面に遭遇すると、脳から快楽物質のドーパミンが分泌され、問題行動を繰り返してしまいます。
恐ろしいのは、脳内からドーパミンが分泌されているとき、本人はその命令に気がつくこともあらがうこともできないのです」
やってはいけないことをやりたくなってしまう
ハイヒールに異常なまでにこだわってしまうAさんの心理について、山下さんが解説を続ける。
「Aさんの場合は、少し複雑なのですが、“使用中のハイヒールで自慰行為をしたい”という性的衝動があります。
しかし、使用中のハイヒールというのは、女性が実際に履いていた(履いている)ハイヒールのことです。となると現実的には、奪うしかない。
『ハイヒールを履いている“女性”』ではなく、『女性が履いている“ハイヒール”』を見ると、ドーパミンが分泌されてしまうのです。
自慰行為までがセットですから、行為が終わったら興味がなくなる。そのため、証拠隠滅もせずに、ゴミ箱にポイと捨ててしまうのでしょう」
また、依存症は、性依存症ならば性欲が人並外れて強いとか、ギャンブル依存症ならば賭け事に面白みを感じているから、といった、欲や嗜好の問題ではないのだという。
「そもそも人が依存する理由は、快楽よりも苦痛の緩和です。嫌なことから逃れるために、依存行為をする。そのうちに依存行為がやめられなくなる。
わかりやすく言えば、脳が依存行為に乗っ取られている状態になっていくのです。
そんな人たちに対し、周囲の人がやりかねない言動は、脅しや説教です」
確かに、振り回されている周囲の人間としては、「このままだと入院になるぞ」「次にやったら離婚をする」などとついつい言いがちだ。
「脅しや説教をすると、本人の不安は高まる=苦痛を感じるため、かえって本人のやりたい衝動は高まってしまうものなのです。
それだけでなく、痴漢や盗撮、窃盗などの違法な行為依存症では、加害者に刑罰を課すことは、抑制するどころか逆効果になる可能性があります。
なぜなら、行為依存症とは『やってはいけないことをやりたい』『失敗したら大変なことにチャレンジしたい』病気だからです」
痴漢や盗撮、露出やのぞきなどは再犯率がとても高い犯罪と言われている。
その理由のひとつとして、捕まることでむしろ問題行動のチャレンジ性を高める要因となるという皮肉な構造があると、山下さんは語る。
「『次にやったら離婚』『次に捕まったら実刑』という状況は、問題行動ができそうな場面に直面すると、脳から大量のドーパミンが分泌され、当人を操作してしまう可能性があります。
もちろん被害者感情は尊重すべきですし、社会として刑罰を科すことは必要なことではあります。
ですが、実際問題として、『事件のことを忘れないように、留置された警察署の写真を自宅に貼っておく』『被害者に渡した手紙のコピーを、毎日読む』といった行動を継続していた加害者が、それを繰り返し見ていたがために渇望が高まり再発し、当院を訪れることになった……といったケースも多いのです」
このような依存症患者に対し、山下さんはどのようなアプローチをしているのか。
後編では、他の症例とともに山下さんが実践している治療法を紹介する。
PROFILE 山下 悠毅(やました・ゆうき)●ライフサポートクリニック院長。精神科専門医、精神保健指定医、日本外来精神医療学会理事。1977年生まれ、帝京大学医学部卒業。2019年12月、ライフサポートクリニック(東京都豊島区)を開設。「お薬だけに頼らない精神科医療」をモットーに、専門医による集団カウンセリングや極真空手を用いた運動療法などを実施している。大学時代より始めた極真空手では全日本選手権に7回出場。2007年に開催された北米選手権では日本代表として出場し優勝。最新刊は『依存症の人が「変わる」接し方』(主婦と生活社)。
※紹介した症例は、当事者同意のもと事実に基づいて記述していますが、詳細の特定ができないよう一部フィクションを加えています。
取材・文/木原みぎわ
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