令和ロマン・ケムリに“引導”を渡された男が語る「大学お笑いサークルの地殻変動」と「成功者たちの共通項」
集英社オンライン / 2024年12月25日 17時8分
2024年12月22日、M-1グランプリ史上初の連覇を成し遂げたお笑いコンビ・令和ロマン。そんな彼らのルーツは大学のお笑いサークル。慶應義塾大学公認学生団体「お笑い道場 O-keis」の同期で、同大学薬学部を卒業し現在無職の「慶應薬学部出身の無職」さん(@KeioPham)は、近年の“笑い”に対する憧憬と違和感を語る。
【画像】大学お笑い時代の集合写真。左からくるま氏、ケムリ氏、無職さん
コンビを結成しようとするも、相手には怒られ…
その名の通り、慶應義塾大学薬学部を卒業し、現在無職の「慶應薬学部出身の無職」さん(以下、無職さん)。今年のM-1グランプリが近くなるにつれ、無職さんのX(旧Twitter)アカウントが盛んに発信を始めた。
無職さんは令和ロマンのボケ・髙比良くるま氏と同期で、ツッコミ・松井ケムリ氏の1学年後輩にあたる。大学のお笑いサークルというと本格志向の人は少ないのかと思えば、まったく逆の状況だったという。
「大学生のお笑いサークルといっても、おそらく世間が思う“漫才ごっこ”からはかけ離れていると思います。実際、その後プロになる人も少なくありません。
私が所属した慶應義塾大学の『O-keis』からは令和ロマンや真空ジェシカ、早稲田大学の『LUDO』からはひょっこりはんさん、にゃんこスターのアンゴラ村長さん、ハナコの岡部大さんなどが出ていますし、青山学院大学の『ナショグル』からは有名YouTuber・水溜りボンドさんらが出ています。
ちょうど私がサークルに所属していた頃に、吉本興業と大学のお笑いサークルの運営元が提携して賞レースの上位入賞者にNSCの学費免除措置などをやっていました」(以下、無職さん)
無職さんはシステム化された大学お笑いに「まったく馴染めなかった」のだという。
「大学3年生の頃、発達障害と診断されました。これまでも、私はいわゆる“報連相”ができないなど、『みんなが当たり前にできることができない』と生きづらさを感じていました。遅刻も多く、いわゆるダメな人間なんです。
サークルの新歓でも、当時2年生だった令和ロマン・松井さんのLINEを既読スルーしてしまい、ご迷惑をおかけしてしまったことがあります。LINEの仕組みがよくわかっていなかったんですね」
そもそも無職さんがお笑いサークルに入ろうと思ったのは、日常的に周囲から「変なやつだ」と言われていたから。肝心のお笑いの実力はどうだったのか。
「全然ダメです。私の場合、ネタ以前のこともありました。コンビを結成しようと思って部室で相方候補と雑談していたのですが、いつの間にか相手が怒って無言で帰っていったことがありました。他人の気持ちがなぜかわからず、顔色を見ることもできないんですよね」
令和ロマン・ケムリに言われた一言
次世代のお笑い界を担う宝の山ともいえる大学お笑いサークル。だがそこにある格差を肌で感じる無職さんは、その世界について「残酷」と一言つぶやく。その真意はなにか。
「私が見てきた限り、大学お笑いサークルで成功する人たちには、3つの共通項があります。
1つ目は高学歴で育ちが良いこと。学力があり、努力できる根性があり、子どもが頑張れる環境を親が作ってくれているということですから、ネタの台本もおもしろくなりやすいでしょう。
2つ目は普通に就職活動をしても高確率で大手企業へ採用されるスペックがあることです。頭脳明晰で社会性があり、常識もある人たちなので、簡単にいうと“勝ち組”なわけです。
3つ目は1つ目とも通じますが、試行錯誤の機会に恵まれていること。お笑いサークルの大半は私立文系の学生であり、時間とお金が豊富にあることから、笑いの研究に時間を注げます。
これらのタイプは、成功しやすいと言えます。
かつてのお笑い芸人は、社会に馴染めないけれどもなにか一つユニークな点が光る人たちの最後の砦でした。バランスを欠いている人間でも称賛されるのがお笑いの世界だったと思います。
しかし現在は、“人間力”が高くて通常の社会生活においても成功を収めるであろう人がお笑いの舞台においても活躍しています。持てる者がすべてかっさらっていく構図が、さみしく感じてしまうんです」
圧倒的な実力の差を目の当たりにし、打ちひしがれた無職さんだが、意外にもお笑いサークルに対しては「感謝しかない」のだという。
「私はかつて、同量の努力をすれば人間は誰でも同じ到達点にいけると信じ込んでいました。努力信者だったと思います。でも、それは間違いでした。
自分が考えたネタを令和ロマンの松井さんに見てもらって、何回も『つまんない(笑)』と言われて、ようやく元の才能が違うことに気づいたんです。
松井さんはとても優しい人なので、きっと、私があきらめられるように、傷つかない言い方で教えてくれたのだと思います。
私は周囲の友人から『おもしろい』と“笑われて”いたけど、周囲を“笑わせて”いた人たちだけがプロを目指せるんですよね」
「今以上に誰かを傷つけていたと思います」
無職さんがここまで深い感謝をするのは、自身の性質がよくわかったためだという。
「芸能界でもそうですし、一般社会においてもそうですが、自分が他人からどのように見えているかを深く考察することなく行動した結果、大きな問題になっている場合がありますよね。
私の場合、特に他者の気持ちを慮れない性質があるため、サークルに入って同期や先輩から指摘してもらわなかったら、今以上に誰かを傷つけていたと思います。
私は今、自分になにができるかをじっくり考えて、無職という動かない選択をしました。この社会で生きるコツや流儀がわかるようになったら、また動き出そうと思っています」
かつて社会のはみ出し者が逆転する手段が「芸の世界」だったのに、今では完全無欠の優等生たちによってテリトリーが奪われていく――という無職さんの指摘は興味深い。
さらにおもしろいのは、無職さんがお笑いスターたちに対して尊敬がある点だ。本物のスターは周囲の僻みや嫉妬すら追いつかないスピードで活躍していく。その現実はなんとも残酷で、少し優しい。
取材・文/黒島暁生
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