「初期の2ちゃんねるのほうが知的水準が高かった」SNSで拡散される荒唐無稽なネタやデマに“マジレス”してしまう令和の陰謀論者
集英社オンライン / 2025年1月1日 12時0分
SNSで陰謀論やデマが拡散される危険性、そしてそれらが選挙に与える影響についても考察され始めている。原発事故やコロナ禍における“得体の知れないもの”に対する不安と恐怖、自分が信じたい情報で“真実”を補完しようとする確証バイアス、そして情報と感情が瞬時に共有されてしまうSNSの構造的欠陥——黎明期からネットカルチャーをウォッチしてきたジャーナリストのモーリー・ロバートソン氏に陰謀論者が増える構造を解説してもらった。
黎明期、2ちゃんねるの罵詈雑言は「知的な遊び」でもあった
そもそもこれだけ情報が溢れている中で、常に「正しい答え」だけを選び取り続けるのは不可能に近い。……にしても、である。「なぜ、そんなものを熱く信じるのだ」というレベルの明らかなデマまで、“マスメディアが報じない真実”として広く流布され、投票行動にも影響を与えている。
自民党はSNS上での虚偽情報や誹謗中傷の拡散に対して具体的な規制策の検討を始めたが、先の斎藤兵庫県知事の件もある中で、政党側からの規制がどこまで具体的になるかも想像がつかない。そもそも現代の陰謀論はどのようにして生まれたのだろうか。
「一つにはネットユーザー全体のリテラシーの低下がありますよね。ネット黎明期のユーザーは、相対的にリテラシーが高く、過激な言葉や荒唐無稽な情報も“ネタ”として消費していたけど、今はそうじゃない」とモーリー氏は語る。
インターネット黎明期(1985年頃からの10年間)、ネットユーザーは一部の技術者や研究者などに限られており、密度の高いコミュニケーションが繰り広げられていた。その後、1990年代後半から2000年代初頭にネットが一般化するにつれ、匿名掲示板が多くの人々の意見交換の場となった。
その象徴が「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」だ。
初期の2ちゃんねるでは、経済や政治、時には社会問題に対する匿名だからこそできる自由な議論――抽象度の高い表現や高度な皮肉が飛び交う対話――が行なわれていた。
「当時から罵詈雑言は飛び交っていたけど、一定の知的水準が維持される生態系があった。過去を美化するわけではないですが、当初の2ちゃんねるは悪趣味ではあるけれども"知的な遊び場"だった。例えば、【マスコミが報じない事実】は昔から存在したんです。基本的にクライアントのことは悪く言えませんからね。でもそれを言ったら野暮だよね、という会話を楽しんでいました」
いっぽうで、2ちゃんねるでは誹謗中傷、女性嫌悪(ミソジニー)、差別的言説が拡散されたり、炎上文化を助長したという側面も否定できない。
「匿名でなければ言えない差別的言説は、不満を持つものの本音として、そこにありました。ユーザーが増えるに伴い、掲示板の治安も悪化。ときに“祭り”に発展したり、企業に対するハラスメント行為に出るなど暴走し始めたり…。その後、連帯してデモまでする集団もいましたが、本人たちはそれすらネタというか、悪ふざけの範疇だったように思います」
アメリカ版2ちゃんねる=4chanから生まれた「Qアノン」
2ちゃんねるや「ふたば☆ちゃんねる」など日本のネット掲示板文化は2000年代にアメリカに伝播。そこで誕生したのが匿名掲示板「4chan」だと言われている。
4chanではリベラルなエリートや既存の権威に反発するコミュニティが形成され、陰謀論も飛び交うようになる。
匿名ハッカー集団「アノニマス」を生み、2014年には女性ゲーム開発者やジャーナリストが標的となった「ゲーマーゲート事件」も引き起こした。その後、陰謀論「Qアノン」が生まれたのも、この掲示板だと言われている。
「4chanはネオナチや反ユダヤ主義、ミソジニーと結びつき、社会的な分断を生む陰謀論の温床となりました。匿名だからこそ許される自由で無責任な言論環境が、デマや陰謀論を育みやすかったのは日本と同じです。ただ、リベラルな意識が進んだアメリカ社会でそれをやった結果、バックラッシュ(反動)が激しく、政治性を帯びやすかったという違いはありました」
問題は掲示板が荒れた後、アメリカでは現実の世界で“マジレス”する人間が多かったことだとモーリー氏は続ける。
「そもそも、アメリカでは愛国教育が日本よりも盛んで、自分たちが国をよくしたいと思っている人が多いんです。そして、彼らが銃を持っているという特殊な事情もある。トランプという稀代のアジテーター(大衆を扇動する人)が、そこに燃料を投下し続けたことで“マジレス勢”が結集し、2021年の議会乱入事件や2022年のバッファロー銃乱射事件を引き起こすことになります」
Qアノンのような“モンスター”を生み出すことにもなった日本の匿名掲示板文化は、その後、逆流する形で日本の言論空間に影響を与えるようになる。
ジェンダー差別やミソジニーが、分断をさらに深める
Qアノン型の陰謀論やデマは、SNSを通じて日本にも逆輸入されている。
その象徴的な例が、「ワクチンはディープ・ステートによる人口削減計画である」といった主張。かつてのネット掲示板なら“ネタ”として消費されていたような荒唐無稽な話を、今では一定層が真に受け、拡散する状況が生まれている。
それに付随して、ミソジニーやLGBTQ憎悪、反リベラルの言説が持ち込まれ、国内でも新たな火種となっている。
こうした現象の背景には、SNSが持つ「即時性」と「双方向性」が大きく影響している。SNSは情報を瞬時に広める加速装置であると同時に、共感を基準に「ファクト」を選び取る仕組みを作り上げてしまった。
好きか嫌いか、共感できるかできないか、という感情により“真実”が判別されるようになり、かつてのネット掲示板で培われた「知的な遊び」とは異なる次元で、感情のエコーチェンバー(自分と似た興味関心を持つユーザーとつながって意見を発信すると、自分と似た意見ばかりが返ってくる現象)を生み出している。
SNS上での“真実”の共有は、単なる情報流通ではなく、深刻な社会分断をもたらしているが、「ジェンダー差別やミソジニー的言説が都市と地方の分断をさらに深めている」とモーリー氏は言う。
「都市と地方の間には、経済格差だけではない文化的な断絶があります。なかでも多様性や平等を重視する価値観は、都市部の上位レイヤーから浸透しつつありますが、地方ではいまだに性差別が色濃く残っている。
具体的には、セクハラやパワハラをするような人は東京の大企業では出世できませんが、田舎では娘に対して“早く結婚しろ”という親はいなくなりません」
地方出身の女性が逃げるように東京に出ていく背景には、そうした変われない地方の現実があるのだ。
「結果として地方に残った男性の意識は、同年代の東京の男性に比べてアップデートされづらい。取り残された男性は、その恨みを多様性に向ける。東京で多様性を重視する動きが進むほど、地方での反発が強まり、その感情がネット上で拡散される。そして地方の価値観のアップデートが遅れてしまう。東京と地方の分断にはあらゆる背景がありますが、ジェンダー差別やミソジニーがその分断を複雑なものにしていると思います」
差別、デマ、陰謀論、これらを悪意を持って言説をばら撒く人もいるが、それよりも厄介なのが、よかれと思って発信をし続ける人たちだ。もし家族や知人が陰謀論者になった場合、我々はどのようなことができるのだろうか?
「程度にもよりますが、思いとどまらせたり、諭すことは難しいですよね。ファクトチェックや全否定は、かえって陰謀論に傾倒してしまうきっかけになるので絶対にやめたほうがいい。
そういう人はおそらく孤独で不安な気持ちを抱えているだけなので、否定せず話を聞いてあげるなど、とにかく寄り添ってあげることが大切だと思います。たぶん、それくらいしかできることはないのかなと」
SNSが生み出す分断や陰謀論の拡散は、個人だけでは解決できない構造的な問題でもある。しかし、その構造を変える第一歩は、我々ひとりひとりがその「構造の一部」であることを自覚すること。
そして、分断が深まる時代だからこそ、意見の異なる人との対話を試みること。コスパもタイパも悪い、非常に面倒な作業が我々には求められている。
解説/モーリー・ロバートソン
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