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「100件以上の名義変更も苦痛でしたが…」長年、他者の過干渉に苦しめられてきた女性が選択的夫婦別姓の導入を訴える本当の理由

集英社オンライン / 2024年12月28日 13時0分

〈選択的夫婦別姓〉嫁ぎ先でのお酌、配膳、セクハラに打ちひしがれた女性が「すべての元凶は望まない改姓にある」と考えるワケ〉から続く

女性の場合、結婚や出産、はたまた夫の転勤など、生活が突如一変してしまうことが多々ある。今回は初婚、再婚と2度の結婚で改姓による困難に直面した井田奈穂さんの経験談から、“人生の壁”をのりこえるヒントを探りたい。(前後編の後編)

【画像】「望まない改姓」は苦痛でしかないと語る井田奈穂さん

Twitter(現:X)に愚痴ツイート

井田さんは、まずは“愚痴ツイート”から始めた。

「再婚のとき、別姓の親権者として子どもたちを育てましたが、名字が違っても家族としては何ら支障はありませんでした。

ただその期間ずっと親として、例えば習い事の引き落とし口座や大学の学費の保証人など、100以上の名義変更手続きが必要で、精神的にも肉体的にも苦痛を感じました。

こうした自分の経験をTwitter(現:X)に投稿し始めたのが、夫が入院した後からでした」

Twitterで呟き続けていくうちに、「私も同じ経験をしました」という当事者が集まってきた。

そこで2018年末に、選択的夫婦別姓の法改正を求める当事者団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局を立ち上げる。

当時住んでいた中野区の区議会議員に陳情に行き、区議会議員から国会に意見書を提出してもらった。

夫婦同姓は『家制度』の名残り

井田さんは「夫婦同性」について学びを深めると、目から鱗の連続だった。

「古来、日本だけでなく、東アジアには結婚改姓の文化はありませんでした。しかし『家制度』制定と同時期に、ドイツから輸入したのが夫婦同姓だといわれています。

家の統率者に嫁いだ女性は改姓し、その家の戸籍に登録され、財産権も子の親権も、離婚を願い出る権利すら持てず、統率者家族の生活様式に従属することが強いられました。

『家制度』が廃止されて77年経ちますが、いまだに『結婚=女性が相手側の家に嫁ぐ=名字を変える』という図式を信じている人が少なくありません」

1947年に「家制度」は廃止され、結婚するときは親の戸籍からお互いが抜けて、1つの夫婦戸籍にする形式になった。憲法24条は「両性の平等」をうたっているが、「夫婦同姓」だけが残った。

厚生労働省による「人口動態統計」2022年調査によると、婚姻後に姓を変えるのは95%が女性。法務省「選択的夫婦別氏制度(選択的夫婦別姓制度)について」によると、「夫婦同姓」を義務付けている国は日本以外にない。

「生まれ持った性別によって、同じ選択肢を持って結婚に臨めないのは不平等だと思いませんか? しかも日本の場合は、法的に片側から名字を奪う構造が『女性が改姓するのが当たり前』という社会的圧力を生んでいます。

『愛する人の名字になることが私の幸せ』と思う人はそれを選択すればいい。でも、そうじゃない人もいます。

結婚制度に夫婦同姓の強制という不平等な縛りがある限り、望まない人まで個のアイデンティティを失うのです。

改姓する・しないすら自分で選べないなんて、ジェンダー平等と基本的人権の尊重に反していると思います」

「ジェンダー平等なくして日本の未来はない」

中野区の区議会議員に陳情のアポイントを取ろうとした際、「代表がどこのだれかわからない団体の陳情は受けられない」と言われたことから、顔・名前出しで活動することを決意した井田さん。

もちろん家族や職場に相談し、了承を得ている。

「夫も子どもたちもやめろとは言いませんし、子どもたちはときどき陳情を手伝ってくれたりもするのですが、基本的には『なんでママがそこまで一生懸命になってるの?』というスタンス。

多くの人のように、『いつか誰かが変えてくれる』と思っているんです。でも、彼らの世代にまで望まない改姓を引き継がないことは、私の役目だと考えています。

やっぱり苦痛を当事者が語り、働きかけなければ、不平等は終わらないと思います」

2023年には「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」事務局を、誰もが息苦しさを感じずに自分らしく暮らせるジェンダー平等社会の実現を掲げ、一般社団法人「あすには」として法人化。

内閣府男女共同参画局の2024年6月発表のデータによれば、世界経済フォーラム(WEF)が発表した2024年のジェンダーギャップ指数は、日本は146か国中118位と先進国で最低だ。

「日本は女性差別撤廃条約(CEDAW)の批准国でありながら、選択的夫婦別姓が実現していないんです。日本はこのままだと“多様性を認めない国”として国際社会から白い目で見られることは避けられません。サステナビリティの流れから取り残されていくでしょう」

井田さんをはじめとする一般社団法人「あすには」は、2025年までの選択的夫婦別姓の法制化を目指している。

自分を正しく評価する

最後に、これまでの半生で最も辛かったとき、その辛さをどのようにして乗り越えたのかを聞いた。

「第二子出産後にうまく産後復帰ができず、子どもも病気になってしまい、ものすごく自分を責めました。

その後、フリーランスのライターとして働き始めたのですが、最初は全然仕事がなくて、あるときからすごくスムーズに回り始めたのですが、それは心療内科でのカウンセリングで、認知行動療法を受け始めた後からだと思っています」

30代半ばのとき、井田さんは身長155センチほどにも関わらず、30キロ台にまで体重が落ちた。

第二子出産後、2週間ほど布団から起き上がるのもやっとの状態が続く。入浴もできず、ひたすら自分を責め続ける。

「自分はいなくなった方がいい」「子どもと心中しよう」と思ったが、ギリギリのところで「やっぱりおかしいから病院に行きたい」と口にすることができた。

心療内科にかかると「産後うつ」と診断。投薬とカウンセリングでの治療が始まった。

カウンセリングでは、今まで満たされなかったことすべてと、それが誰のせいだと思っているかまでを全部紙に書き出した。

「これが一番効果があったように思います。成人する手前までは親のせいで、その後は上司だったりと、書き出していくうちに、私や親や上司やみんなが悩んでいるのは、社会の構造的な問題も大きいことに気付いたんです。

最近産後うつで亡くなる女性が増えていて心が痛むのですが、日本は男性の自殺率も高い。

死ぬ必要のない人たちが亡くなっている背景には、やっぱり女性だから男性だからと、割り当てられた性別役割分業意識を押し付けられることがすごく苦しいからだと思うんです。

自分の捉え方を変えることは、本当に自分を強くするのに役に立ちました」

カウンセリングによって井田さんは「私は今、死にたいと感じている」ということを自覚することができた。

5年後「死にたいと思っていますか?」と聞かれた時に、「いいえ、全く死にたいと思っていません」と笑顔で答えることができた。

井田さんは、認知行動療法を受けることによって、「自分の位置」が客観的にわかるようになったため、等身大の自分の姿が把握できるようになった。

おそらく井田さんは、「娘は」「長男の嫁は」「母親は」“こうあるべき”という他者の過干渉に苦しめられてきた生い立ちによって、低い自己評価に陥り、さらに苦悩してきたのだろう。

治療によって正しく自分を評価できるようになった井田さんは、自分に自信が持てるようになり、他人に左右されない強い主張ができるようになったのかもしれない。

筆者も社会に出て初めてジェンダーギャップを身をもって知り、結婚して姓を変えてその手続きの煩雑さに打ちのめされた女性の1人だ。

今後も井田さんの活躍を応援したい。

取材・文/旦木瑞穂

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