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「オシャレな工芸品を通販で売ればイケる!」大失敗に終わった通販事業からZ世代起業家が学んだこと ”美しい”伝統工芸とは?

集英社オンライン / 2025年1月13日 9時0分

Z世代起業家が業績好調にも関わらずインドで出家した深い理由「執着と、ありがたいと思いながら使うことは違う」〉から続く

2000年生まれの若き起業家は、ITスタートアップでの成功を志して渡米したのち、紆余曲折を経て「日本の伝統工芸を世界に橋渡しする」道へ進んだ。現代の職人たちとの交流、経営者としての葛藤、そして縁あってのインド仏教僧としての出家(会社経営は継続)。筆者が挑む「工芸をめぐる状況のアップデート」と、その向こうに見える現代社会の課題が綴られる。

インドで出家、剃髪した塚原龍雲さん

「自然のリズム」と「経済のリズム」のはざまで

インド仏教僧としての出家は僕自身、思いもよらぬ出来事だった。でも振り返ると、そこで師の佐々井秀嶺上人に「お前はそれ(会社)を何のためにやっているのだ」と問われ、自分と会社に改めて向き合えたように思う。

それまでは、売上が伸びて社員も増やし、様々な人たちからの期待値も高まるなか、常に「もっと、もっと」という焦りを抱えていた。

自然のリズムと共に生きる工芸の世界に片足を突っ込みながら、片足は経営者として資本主義経済のリズムで生きなければいけない。そこで引き裂かれそうになり苦しんでいたのだと思う。

心の声に正直になれば、僕も職人さんたちと同じ自然のサイクルと共に歩むような生き方がしたい。一方で、自分たちがビジネスをどんどん拡張しなければ職人さんに恩返しができない。どう折り合いがつけられるのか悩んでしまった。

しかし今は、自分のなかの線引きができたことで、目指す方向がはっきりした。現代の資本主義社会に飲み込まれず、かつそこから逃避するのでもないやり方で、僕たちにしかできない伝統工芸への貢献の仕方があると思う。

それは僕たちが起業したKASASAGI(カササギ)が「人のための会社」となり、「ものづくりのための経済」を目指すことだ。逆に言えばいま、従業員や顧客を「会社のための人」とみなし、「経済のためのものづくり」を行う考えが過剰になった結果、様々な歪みが生じている。

思えば、起業当初に立ち上げた「伝統工芸品の海外向けECサイト」が突き当たった壁も、この問題と関わっている。全国行脚して職人さんたちに取扱依頼をさせていただき、創業2年目には国内最多取扱品目数を誇るECサイトをグランドオープンした。

しかし、このサイトはほぼ鳴かず飛ばずだったのだ。「自分たちの若い感性で選んだオシャレな工芸品を通販で売ればイケる!」と思い、海外向けの翻訳テキストも微細なニュアンスまで気配りして臨んだ僕たちには、大きな痛手だった。

分析すれば理由はいくつか挙げられるが、大きかったのは、職人さんとお客さんの架け橋になるべき僕たちの「売り方」が、双方の実情にマッチしていなかったことだろう。

資金力のなかった僕たちが日本一の取扱品目数を実現できた理由は、ほぼ全商品が委託販売方式のドロップシップ(職人さんからお客様への直送方式)だったからである。

工芸業界の取引条件には大きく分けて「買取」「委託」 の2つがある。買取販売では卸業者や小売店がリスクを負ってメーカー(工房や職人さん)から購入し、在庫を抱えて売っていく。

委託販売では、メーカーから商品を預かって販売するため、在庫リスクはメーカー負担、売れなければ戻ってくる。僕たちが採った委託形式でのネット通販では、職人さん側に在庫があれば即納品だが、販売数も読めない状況で常に即納できる工房は少なかった。

結果、お客さんを注文から2、3か月待たせてしまうことも多くなる。リードタイム(所要期間)が長い一方、タイミングが重要な贈答品などの需要も多い工芸品で、無在庫通販は難しかったのだ。

そして、これは工芸産業全体の課題ともつながる。かつては産地問屋が企画・製造リスクを負担し、百貨店が買取で在庫リスクを負担することも多かったという。

しかし時代の変化のなか、問屋も百貨店もそうしたリスクをとれなくなってきた。そこで自らネットショップを立ち上げる職人さんも増えたが、多くは本業ではない不得意な仕事に苦心している。

他方、百貨店では職人さんたちに「売れ筋のもの」を短期間で多数納品することを求めるなど、仕入れ条件は厳しさを増している。生き残るためそれに応じるばかりでは、職人さん本来のこだわりや情熱、モノづくりの悦びは失われてしまうだろう。

こう言っては失礼だが、食べていくために「ゾンビ職人」のような仕事があふれてしまう。そして、本物の工芸に親しむ人が育まれないという負のスパイラルが進む。なかには「地方創生」などを掲げながら、実態はこうした悪循環に加担するような動きまで見られるのは、本当に残念でならない。

広く社会を見渡せば、経済至上主義が加速するなかで、同じような問題は多くの領域で起きていると思う。僕たちはそんな時代において、工芸の価値を新しい取り組みで届けることで、この状況を変えていきたい。

工芸を見る目が、日常や社会を見る目を変える

「今の自分の暮らしには、こんなに美しい(あるいは高価な)工芸品は似合わない」というお話を聞くこともたくさんある。でも、僕は生活の全てをこだわりのモノで埋め尽くしてほしいとは思わない。むしろ、上の世代の方々が追求した経済成長のおかげで物質的には便利な世の中だからこそ、自分のものさしで美しいと思えるモノをひとつでも持つことで、「心の豊かさ」と向き合ってくれたら嬉しいと思う。

『地球家族』(TOTO出版、1994年)という本がある。写真ジャーナリストのピーター・メンツェルが、世界30か国の「中流」と呼ばれる家庭を訪ね、彼らの自宅前に家財道具一式を並べて撮影したものだ。

これを見ると、日本の家族は圧倒的にモノが多い印象がある。かつて経済成長が無限に続くように思われた時代は、モノをたくさん持つことこそが豊かさの象徴とされたのだろう。

だが、すでに便利な暮らしが手軽に手に入り、そのうえで不必要なモノをトレンドと共に売ることが経済成長につながっている現代では、そこからひとつ高みに踏み出すことが大切ではないだろうか。すなわち、ただ便利なだけのモノから、真に持つに値するモノ(だけ)を持ち、その簡潔さから生まれる余白を背景にモノの美しさを愛でながら、心に平穏をもたらしてくれるモノと暮らすことである。

お気に入りのモノや、歳月と共に味わい深さが増すモノを暮らしに取り入れて愛でることは、その人の心に豊かさを与えてくれる。もっと気軽に言うなら、お気に入りの器がひとつあるだけで料理が楽しくなったり、お気に入りの小物を持って出かけると気分が上がったりすることは誰にでもあるだろう。

美しいモノを持つことは、日々の暮らしに、穏やかな気持ちになれる瞬間を得られることにつながるはずだ。そして、それによって少し救われる人がいても良いと思っている。

また、良いモノは思いやりの心を育んでくれる。昨今は「壊れないこと」に重きを置いたモノも増えているが、職人さんの手しごとから生まれた工芸品は、下手に扱えば壊れてしまう繊細なものも多い。でも、それは決して悪いことではないとも思うのだ。人は誰でも、お気に入りのモノは大事に扱う。それが他人の大切なものでも同様だろう。そうした気持ちから、モノや人に対しても思いやりが生まれるのだと思う。どんなに落としても、何年使い続けても変化しないモノは頼もしいが、そうではないからこその価値もまたある。

さらに、良いモノは、もし壊れてしまっても治せば使えることが多い。割れたり欠けたりした陶磁器を漆でつなぎ、そこに金の修飾を施す「金継ぎ」は安土桃山時代の茶人が始めたという。モノを大切に思いやり、傷をも共に歩んだ軌跡とし、新たな調和としてその器のもつ歴史へと転化する考え方は、「経年美化」のひとつと言えるだろう。

日本人の国民性や文化の一部も、そうしたモノを大切にする心から育まれてきたのではないだろうか。美しいモノを通して優しい人が増え、暖かい世の中につながるなら良いなと願っている。

そして、モノへのこだわりから暮らしにある種の「余白」が生まれると、その余白は新しい発見や、優しさをもたらしてくれる。心にほんの少しの平穏を運んでくれるとも言えるだろう。仕事に忙殺されるような時期でも、人に優しくなれたり、これまで気づかなかった美しさに気づく余裕を持てたり——つまり自分を見失わずにいられるのは、そうした目に見えない「余白」の存在も大きいと思うのだ。

「世界で一番美しい会社」、ブルネロ・クチネリから学べること

以前、留学先のアメリカ西海岸でIT起業とは別に刺激をもらったのは、欧州の文化をマネタイズしながら世界にインパクトを与えているLVMHグループの存在だった。

そこから、日本文化にもそうした可能性をみて伝統工芸の世界に足を踏み入れることになった。試行錯誤を経て、いま自分たちが目標にしたいと思える存在に、イタリアのウンブリア州にある小村を拠点にする高級カシミアブランド、ブルネロ・クチネリがある。つい最近、現地を訪問させてもらった。

1978年創業のこのブランドで注目すべきは、カラフルなカシミアニットを軸にした職人仕事の魅力に加え、「働く者の尊厳」を大切にする価値観だ。創業者のブルネロ・クチネリは、職人たちと質の高いものづくりを追求しただけでなく、現在の拠点、ソロメオ村の丘陵にあった古城を修復して社屋に活用し、地域の人々を多く雇用。

さらに劇場や図書館、職人工芸学校まで開設するなど、人と地域を大切にする経営を続けている。「世界で一番美しい会社」とも称されるのは、単にその景観だけでなく、そうした人間主義的経営が高く評価されてのことだろう。

彼の起業ストーリーを読むと、まだ若いころに熟練の職人たちを訪ねて回り、ときには半ば呆れられながら、やがてその情熱で協働の道を切り拓いていったことがわかる。国も文化も、そして扱うものづくりのジャンルも僕たちとは違うけれど、勝手に強いシンパシーと尊敬の念を抱いている。

クチネリさんのような域に達するにはまだ先は長いと思うが、人と自然、経済と自然のリズム、あらゆるバランスを大切にすることを決して忘れないためにも、彼らの存在は今の僕たちにとって大切な道標になっている。

「新しい工芸」の挑戦

創業当初は「若い自分たちの感性でファッショナブルな工芸品を取り揃えれば、絶対にイケるはず」という思いからECサイト事業に挑み、苦い経験を味わった。ただ、あのときの情熱は無駄ではなかったとも思う。そこで出会った仲間や全国の職人さんたち、また彼らとの交流を通じて得た価値観や生き方が、いま僕たちの会社、KASASAGIの新しい挑戦につながっているからだ。

伝統工芸の繊細で味わい深い技術を現代のオフィスや住宅空間に活かす空間プロデュース事業にも取り組んでいる。じつは今年、日本橋に自分たちの新オフィスを構えるにあたっても、この試みをふんだんに取り入れた。

土壁などの伝統的な技術を取り入れ、これまで交わることのなかった、異なる領域の職人さん同士のコラボレーションでひとつの空間をつくる試みだ。オフィスなのでショールームというわけではないが、まずはお付き合いのある方々から実際の取り組みを知ってもらいたい、またここで働く自分たちにとって良い空間をつくりたいとの思いから取り組んだ。

これまでも、EC運営と並行して期間限定ショップ「経年美化を楽しむ暮らしのお店」(三井不動産株式会社「NEW POINT」プロジェクトとの協業)などを試みてきたが、良いモノの実物にふれる機会づくりも大切に考えたい。

異なる領域の職人さん同士を引き合わせる試みは、空間プロデュース以外でも行っている。竹の箸をつくる「高野竹工」さんと、西陣織の箔をつくる「楽芸工房」さんにお声がけして生まれた「引箔竹箸」などはその一例だ。

伝統工芸を世界に「橋渡し」することを目指す僕たちとしても、思い入れのあるモノとなった。なおこの引箔竹箸は、アウトバウンド向けも意識して日本の和の要素を詰め合わせた「OMIAGE BOX」(松竹ベンチャーズ株式会社との協業)のなかの一品となった。「おみあげ」の音の語源は、「よく見、調べて、人に差し上げるもの」だという説がある。

日本の暮らしを豊かにしてきた美意識を、実際に体感できるモノの詰め合わせで届ける試みだ。こうした取り組みでは、職人さんたちに新しいものづくりを相談することになる。こちらで全て指示するのではなく、それぞれの道を追求してきた方ならではの発想をいただけることが多い。そうした場面をご一緒できることは、僕たちにとってもこのうえない喜びだ。

2022年には、引き出物卸会社の株式会社オリジナルあいと一緒に、KASASAGIの扱う商品を掲載したカタログギフトを作った。工芸品は前述のように縁起物、贈答品としてのニーズが高い領域でもある。

例えば竹の箸は「会社の業績が伸びる」「子供がぐんぐん育つ」といった意味合いを込められるため、ギフトとして選んでいただける機会が多い。そしてここでは、在庫を同社にまとめて購入いただくことで、「納期の長さと取引条件」の課題解決も目指した。

自然のリズムと共存しながら、職人さんに無理のないペースで制作してもらい、かつお客さんの「いまほしい」「いま贈りたい」という思いに応える。こうした方針に賛同いただけるパートナーの輪を広げていくことが、誰にとっても健康的な工芸の未来につながると考えている。

また、2023年にはロサンゼルスでの法人登記も行い、改めて「日本の伝統工芸の魅力を海外に発信する」ことも進めている。EC以外に、現地での空間プロデュースにも取り組み始めた。

工芸が「道」となるとき

これまでなかったやり方も含めて、工芸の魅力や価値に広く親しんでもらうためには、工芸の魅力や価値を言葉にしていく重要性も感じている。職人さんたちの言葉には、僕たちをハッとさせる学びの多いものがある一方、自らつくったモノの価値を説明する言葉はけして多くはない。

これは工芸の生まれ方とも関わっていると思う。例えば現代アートの多くは「Why/How/What」の順で作られるように感じる。まずコンセプトがあり、それを実現する意匠や造形が生まれると、これに適う素材・技法を考えるという流れだ。

対して工芸は、まず素材と向き合い、素材からものづくりを考え、そのなかで個々の思想を育んできたのではないか。これは茨城県陶芸美術館の金子賢治館長が言う「工芸的造形」の考え方にも通じる。

もちろん、どちらが優れているかという話ではない。「頭でつくるモノ」と「手でつくるモノ」、あるいは「演繹(えんえき)的アプローチ」と「帰納(きのう)的アプローチ」の違いとも言えるが、工芸における造形プロセスは後者だろう。

素材の声を聞きながら造形する必要があるため、結果、カタチと素材の性質が一致した美しいモノになる。そして、だからこそ工芸の価値を伝える言葉や理論は、それを近くで見守る人たちの役割も大きいのではないだろうか。例えば、柳宗悦が「民藝」の価値を説いたように。あるいは、茶の湯や生花が日本を代表する文化として世界で認められる存在となった理由は、ひとつには千利休や池坊が「道」にまで大成させたことにあるだろう。

もし工芸が「道」の概念にまで高まるような動きが生まれるなら、さらなる評価や広がりにつながるのではないだろうか。その「道」は既に職人さんたちのなかに息づいていると同時に、誰かが一朝一夕に唱えられるものでもないと思う。

しかし、工芸を楽しむ人々の輪を広げるためにも、言葉の役割は大きいと感じる。サッカーや野球を楽しむのにも最低限のルールを知る必要があるように、工芸品に宿る美の気配を感じ、楽しむための指針は必要だろう。僕なりにその一端をお伝えしてきたつもりだが、これも自分たちの今後の仕事のひとつだと考えている。

他方、工芸が「道」にまで高まるには、職人さんが技巧のみに陥らないことが大切だとも思う。また偉そうなことを書いてしまい恐縮だが、小売店側が「超絶技巧!」などの売り文句を多用してきたこともあり、最近は手の込んだモノ=良いモノだと思い込む方々も多い。

もちろん良いモノもあるのだが、僕には、モノにいたずらに「作為の傷」を付けることが美しいモノづくりだとは思えない。職人として高度な造形技術を身につけるには、素材や技術と正対する誠実さや勤勉さが重要であり、かつては親方や先輩職人から、技と同時にそれらを支える豊かな人間性をも学ぶ必要があった。

本当の意味で技術を使いこなす熟練の職人さんほど、そうした土台に立ち、「作ろう」とせず「生かそう」とするものだ——僕は多くのベテラン職人さんたちから、異口同音にこのことを教わった。

職人さんにとってそのようなモノづくりは、売れることやお金のことなんて考えていては実現できないものだろう。ただ、そうは言っても誰も皆、お金がないと食べていけないのも事実だ。

だから僕たちKASASAGIは、彼らの手しごとの魅力を発信しつつ、「職人さんたちがものづくりだけに注力できる環境づくり」にも一緒に取り組んでいきたい。それがゆくゆくは工芸を道にまで高め、ひいては多くのお客さんに「自然と共存するうつくしく温かみのあるもの」と過ごす日常の豊かさを知ってもらうことにつながればと考えている。

いまここから「伝統」の先をつくる

起業して間もないころ、九谷焼のある工房へ伺ったとき、お取引の許可はいただいたが「そんなに売らんで良いからね」と言われて驚いた。その後も別の職人さんたちから、同じようなことを言われた経験がある。

理由を伺うと「流行り物は廃り(すたり)もの。一時的に持てはやされるものは、一瞬にして消えていく。太く短くより、細く長く付き合いたいから」と言ってくださった。

当時の僕は、それまで数年で上場を目指すようなIT起業家を目指していたこともあって、この言葉にはハッとさせられた。そこに、創業100年を超える老舗企業が世界で最も多いと言われる日本の商いの真髄を見た気もしたのだ。

僕はもともと「伝統工芸が大好き」で事業を始めた人間ではなかったため、「伝統」の価値が自分のなかで腑に落ちず、「長く続いていればとにかく良いモノなのか?」という素朴な疑問を抱いてきた。

そんなある日、佐賀県伊万里市の鍋島焼職人・川副隆彦さんから「僕はご先祖様の恩恵を受けているけど、まだ何も生み出せていない気がする」という悩みを聞いたのだった。彼の言葉は僕の疑問への直接的な答えではなかったが、その切実さは、伝統がいまを生きる職人さんにいかに大きく作用しているかを教えてくれた。

それぞれの工芸品をめぐる表現や技術は、気の遠くなるような歳月を経て少しずつ改良され、最適な「型」となって受け継がれていく。また、型があるからこそ、作り手は「何でもあり」という大海に溺れず、自由を得られるのだろう。

何代にもわたり受け継がれ、進化し続ける型。その時間がいまを生きる職人さんの手に作用し、彼らが生み出すモノに宿る厚みと奥行きこそが、伝統の力なのだろうと実感した。

いまは、伝統とは、巨人の肩に立たせてもらいながら自分の新たな景色をつくる営みでは、と考えるようになった。そして、文化とはやはり生き物だと思う。

工芸品をめぐるセンスや美意識も、一人ひとりの作り手や使い手のなかに受け継がれ、変化しながら生きていく。文化遺伝子という言葉も思い浮かぶが、ものづくりの本質は、生き物のように僕たちのなかでつながっていく。工芸の魅力の根底にあるのは、そうした継承と挑戦の文化だと考えている。

遡れば、19世紀イギリスのウィリアム・モリスによる「アーツ・アンド・クラフツ運動」がアール・ヌーヴォーにつながり、20世紀の日本では柳宗悦が民藝の時代を創った。そうした先人たちの挑戦の先に、僕たちは現代の日本から、工芸を通じて手しごとの時代を復活させたい。

またそのことによって、日常のなかで美しいモノにふれ、自然の恵みと共にある暮らしを楽しむ感性を取り戻していけたらと思う。道のりは長くなるかもしれないが、これはいまこの時代に生きる僕たちだからこそできるチャレンジだと言える。そう考えると、こんなにも面白く魅力的な挑戦はそうはない、と思うのだ。

編集協力:内田伸一

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