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【阪神・淡路大震災から30年】震災を伝え続けたい世代と、知ることを重荷に感じる世代に生まれるギャップ…被災していない若者の心の傷とは?

集英社オンライン / 2025年1月17日 11時0分

「安達もじり」という名前を知らずとも、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』のチーフ演出を務めた人物と聞けば、にわかに心が揺さぶられる人もいるはずだ。再放送中の今も、多くのファンの涙をしぼり取っている名作ドラマに企画から携わった、いわば生みの親だ。NHKのディレクターとして20年以上ドラマを作ってきた安達が、監督・脚本を務めた映画『港に灯がともる』が完成。阪神大震災30年の節目となる本日、2025年1月17日に全国公開される。

監督は『カムカムエヴリバディ』のチーフ演出を務めた安達もじりさん

制作のきっかけはドラマ『心の傷を癒すということ』

映画『港に灯がともる』の制作の発端は、安達が2020年にNHKドラマ『心の傷を癒すということ』のチーフ演出として携わったこと。阪神大震災で自ら被災しながらも、被災者の心のケアに努めた精神科医・安克昌(あん かつまさ)をモデルにしたドラマはSNSを中心に大きな反響を呼んだ。

劇場版として再編集された映画は、現在でも全国の学校や公民館で上映されている。

安達もじり(以下同) 「上映活動をしている安克昌先生の弟である安成洋(せいよう)さんに、『震災30年を迎えるにあたり、語り継いでいくための新作映画を作りたい』とご相談を受けたんです。いただいたお題は『神戸を舞台にすること』と、『心のケアをテーマにすること』というシンプルなものでした」

神戸市民の多くが震災を経験していない

主人公は、震災の翌月に生まれた在日コリアン3世の灯(あかり:富田望生)。当然、震災の記憶はなく、家族から当時の話を聞かされても実感を抱けずに苛立ちを募らせていくことになる。彼女が高校を卒業してから12年の葛藤の日々を描いた物語のため、劇中に震災の描写はほとんどない。

「1995年当時のことを描く手段もあったと思いますが、時間をちゃんと描くことのほうが30年の時を経た今、作る意味があるんじゃないかと思いました」

取材を重ね、物語の骨格を作っていく中で驚いたのは、現在の神戸市内に暮らす多くの人が震災を経験していないということだったという。

「当時まだ生まれていない世代だったり、震災後に移住してこられた方もいらっしゃいます。震災を伝え続けたいと思っている人と、そのことが重荷になっている人の温度差を感じましたし、そのへんをひとつテーマにできないかと思ったんです」

長田での取材から生まれたコリアン3世の主人公

舞台となるのは、1995年の震災で多くの家屋が消失し、一面焼け野原となった神戸・長田。多くの在日コリアンが居住していることでも知られており、他にもベトナム、中国、フィリピンなど、様々な国籍の人々が住んでいる。主人公が在日コリアン3世という設定は、長田での取材から生まれたものだ。

「中には言葉が通じずに震災後の避難生活で苦労した方も多かったそうですが、いろんな国にルーツを持つ人たちがお互いに助け合いながら、長い時間をかけて共に暮らしてきた場所だと知りました。在日1世、2世、3世の間にも世代による価値観の違いがあるため、震災を知っている世代と知らない世代のギャップとうまくリンクして描いたら、より深いことが描けるのではないかと思いました」

丁寧に、飾らずに、嘘をつかず

劇中で強烈なインパクトを残すのが、双極性障害を発症した灯の苦しみ。演じる富田望生が咆哮するさまは、行き場のない怒りや憤り、不安が目を背けたくなるほどスクリーンから迫ってくる。

では、なぜ灯は精神のバランスを崩したのか。彼女が抱えるモヤモヤは多く描かれるものの、決定的な出来事は示されていない。はっきり言ってしまえば、灯がなぜ急激に心のバランスを崩したのか、わからないのだ。

「心のケアをする精神科医などに取材をしていく中で、あれがリアルだと感じました。言い方は変ですけど、ドラマのようにはいかないというか。“病気”としてきっかけをわかりやすく描くのではなく、誰にでもある心の傷つきの過程を丁寧に、飾らずに、嘘をつかずに描きたいと思ったんです」

「韓国人だと思ったことがない」灯にとって、阪神大震災を知らないこと、在日コリアンとして父や祖父母が経験してきた苦労を知らないことは、近くにいる家族にも理解してもらえない。徹底的に”わかり合えなさ”を描く映画において、灯の心情がわかりづらいのは、必然だったのだ。

登場人物全員が抱える生きづらさ

実は帰化をめぐって灯と激しく対立する父も、設定上は双極性障害に該当するようなキャラクターと捉えて描いたとのこと。そんな夫を持つ灯の母も、配偶者として精神的な負荷を抱えている。病名はついていないが、登場人物全員が何かしらの苦しみを抱えているのだ。

「灯の父のように自覚がない人もいますし、生きづらさを感じているのに病院に足を踏み入れること自体に抵抗を感じる人もいます。そして病名をもらった時点でショックに感じる人と、ほっとする人がいる。同じ病気の方でも向き合い方や受け止め方にグラデーションがありますし、辛さを他人にわかってもらえない苦しさは、私を含め、誰もが経験してきたことだと思います」

ドラマ作りの名手が追求したリアル

ちなみに、多くの朝ドラで演出を務めてきた安達なら、カタルシスを感じるラストシーンにすることも可能だったはずだが、ここでも徹底して「リアル」を追求している。

「灯が抱える問題が晴れやかに解決することは多分ないし、多分、一生付き合っていかなければいけないこと。綺麗事にせず、ちょっとずつ光を見出して生きていくことを暗示させる終わり方を目指しました」

かつて震災を描くことを避けてきた理由

安達の出身地は京都。阪神大震災は高校3年生の時に経験した。

「地震の揺れは感じましたが、どちらかというと対岸で起こった火事みたいな距離感だったんです。救援物資を届けるなどの経験はしましたが、どこかで”経験していないよその人間”という負い目がありました」

NHK入局後も「自分が神戸の震災を語っていいものか」という葛藤から折り合いがつかず、題材として避けてきたという。向き合うことを決意させたのは、『心の傷を癒すということ』で出会った精神科医・安克昌の存在だった。

人も街も傷つかないことは不可能。そこからどう受け入れ、立ちあがり、癒していけるかを示すことが、映像作品にできることだという。

「無理するな、よく休め、マイペース、メシは食え」

これは、安達が師匠と慕う映画監督・林海象(はやしかいぞう)氏から伝授され、大切にしている言葉。

「みんな真面目だし、優しいし、がんばりすぎなんですよね。『無理しなくてええねんで』というメッセージを、この映画に込めたかったのかもしれません」

映画が誰かにとってのお守りになれば

ただし、「しんどい表現をちゃんとしんどく見えるように作った」安達には、一抹の不安もある。

「今実際に苦しんでいらっしゃる方がご覧になったときに、余計にしんどくなってしまわないかという不安はあります。ただ、最後まで見ていただければどこかに救いは感じていただけるはず。

震災があった場所に暮らす人たちの局所的な物語ではありますが、『わかる、わかる。こういう苦しさってあるよね』と共感してもらえたらうれしいですし、誰かにとってのお守りのような映画になればと願っています」

取材・文/松山梢

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