ネット怪談ブームを牽引した「都市伝説」と「学校の怪談」が後世に与えた意外な影響とは…実体験の伝承が一般知識となるまで
集英社オンライン / 2025年1月18日 17時0分
〈2ちゃん発“ネット怪談”の金字塔「きさらぎ駅」が提示した新しい恐怖の形 「未完成のまま開かれていて…」〉から続く
「都市伝説」「学校の怪談」ブームは、どちらも民俗学者がきっかけだった? ネット怪談がここまで全盛になる前……平成から令和にかけての「怪談ブーム」を辿って見えてきたものとは。
【画像】一般人が体験した怖い話をまとめ、人気を博した「MBブックス」シリーズ
怪談や妖怪を研究する廣田龍平氏の新刊『ネット怪談の民俗学』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回の2回目〉
平成令和怪談略史をたどる
日本のネット怪談がどのような怪談文化から生まれてきたのか、どのように他の怪談ジャンルと並存しているのかを捉えるために、おおまかに、ネット怪談が生まれる少し前の1980年代後半までさかのぼって、ジャンルの栄枯盛衰を眺めてみたい。
なお、ここでいう「怪談」は、民俗学的な視点をあまり広げすぎないように、先述のとおり「伝説」のサブジャンルとして狭く定義する。だが、それだけでも十分であろう。今から見ていくように、この時期の代表的な怪談ジャンルである「都市伝説」と「学校の怪談」は、どちらも民俗学者がきっかけとなって一大ブームになったのだから。
まず見通しをよくするため、ネット怪談以外の怪談ジャンルを、体験者をたどることのできる「体験談」と、たどることのできない「うわさ」に分ける。どちらも前近代から絶えることなく語られつづけているが、ここでは記録に残っているもの──書籍・雑誌記事を中心として、テレビ・ラジオ番組も含める──からうかがえる動態に絞ることにする。
体験談──恐怖体験、再現漫画、そして実話怪談
1980年代から世紀末にかけては、1960~70年代の怪奇ブーム・オカルトブームのころから活動していた中岡俊哉や佐藤有文などが引き続き恐怖体験や心霊写真の本を世に送り出していたほか、素性の知れない団体(「怪奇研究会」や「ミステリー探検隊」などを自称するものが多い)などの書き手によるソフトカバーの怪談本も多数出版されていた。
子ども向けとしては、「ケイブンシャの大百科」シリーズや、占い雑誌『マイバースデイ』から派生した「MBブックス」シリーズなどで、心霊・怪奇系の本が多く刊行された。大衆雑誌に芸能人の恐怖体験記事が掲載されるのもよくあることだった。
これらの恐怖体験本の多くは、一般人が体験した怖い話や不思議な話をまとめたもので、挿絵が多かったり、文体が扇情的だったり、心霊的な原因の特定(誰それの祟りである、地縛霊である、など)があったりした。
また、読者投稿という体裁で、体験者自身が語る一人称の話も多かった。
90年代末以降は「実話怪談」が主流に
1980年代後半から1990年代半ばにかけて、ホラー漫画雑誌(『ハロウィン』や『サスペリア』など)でも、毎号、読者投稿の恐怖体験を漫画化したコーナーが設けられた。
1987年には『ハロウィン』から派生した恐怖体験専門の雑誌『ほんとにあった怖い話』が登場し、似たような漫画雑誌が次々と創刊された。再現漫画もまた、ホラー雑誌に載っているからというのもあるが、おどろおどろしい描写が決めどころで使われることが多かった。
1990年代初頭には、新たな怪談ジャンルの草分けが登場した。『新・耳・袋』(シリーズ化してからは『新耳袋』に改題)、『「超」怖い話』、『あやかし通信』などである。
これらの怪談本は、作家が取材した体験談を叙述する形式を取ったこと、心霊的因果に深入りするのを避けたこと、比較的淡々とした文体になっていることなどが特徴として挙げられる。このような様式は「実話怪談」と呼ばれ、1990年代末に『新耳袋』が復刊・シリーズ化してからは、大きな流れを形成するようになった。
2000年代前半には、素性の知れない団体による恐怖体験系の怪談本が激減し、個人の作家名が前面に出てくる実話怪談本が多数を占めるようになる。実話怪談の歴史や様式は吉田悠軌『一生忘れない怖い話の語り方』に詳しい。
実話怪談では、書き手は報告者として現れるが、そこで報告されるのは別の人物(主として体験者)からの報告であり、書き手はそれを独自の言語的表現で提示している。その意味で報告者と作者の双方の役割を担っている。こうしたことから、実話怪談は「伝説」と「創作」の中間にある。
一人称的で扇情的な様式が完全に消え失せたわけではない。たとえばホラー漫画雑誌は大半が1990年代末までには休刊したが、恐怖体験専門の雑誌だけは生き延びている(※1) 。しかし、2020年代の出版情勢を見ると、実話怪談の一人勝ちのようである。
ここまでは活字媒体を取り上げてきたが、2010年前後から怪談師──音声や身振り、表情で怪談を表現する演者──が台頭してきたことは見逃せない。
稲川淳二や桜金造など、20世紀末から活躍してきた人々はいたし、さかのぼれば落語家も講談師も古くから怪談を演題にしてきたのだが、近年の怪談師は実話怪談本と密接な関係があるところに特徴がある。実話怪談本の作家と同じように、自分で体験者に取材して、自分なりにアレンジして表現しているのだ。
ライブ会場やYouTube チャンネル、テレビ番組などで話を披露しつつ、他方で実話怪談の文庫本を出版する怪談師は多い。
吉田悠軌によると、とりわけコロナ禍のはじまった2020年ごろから一気に「実話怪談プレイヤー」(作家と演者を含む)が増えてきており、2020年代前半は、それまでとは一線を画した「怪談ブーム」のさなかにあるのだという。
うわさ──都市伝説、学校の怪談
怪談については、民俗学者は体験談をあまり取り上げない。どちらかといえば「うわさ」のほうを論じたがる。というのも、民俗学が研究するのは、人々のあいだで共有され、伝えられていくもの(=共同構築されるもの、伝承されるもの)であることが多いからだ。たとえば「都市伝説」や「学校の怪談」などである。
ここまで何回か「都市伝説」という言葉を使ってきたが、実は定義するのがかなり難しい。もとはアメリカ民俗学の概念であり、大まかにいうと、近代化された社会(あるいは調査者と同時代の社会)において、「知り合いの知り合い」に本当に起きた出来事として出回っている話のことである。
その意味では、怪談に限らず笑い話や美談、犯罪行為などでも都市伝説になりうる。それに対して「学校の怪談」は日本民俗学の用語であり、主に小中学校の児童・生徒のあいだに伝わっている怖い話のことを指す。都市伝説も学校の怪談も、誰かの体験談として語られることもあるが、多くは「〇〇すると△△が出る」のように、一般化された知識のかたちで伝えられる(これを「俗信」という)。
まず都市伝説のほうを見てみよう。1988年、アメリカの民俗学者ヤン・ハロルド・ブルンヴァンの著書『消えるヒッチハイカー』の日本語訳が出版された(原書は1981年)。アメリカの都市伝説を題材にした民俗学書である。
タイトルの「消えるヒッチハイカー」は、自動車を運転していた人がヒッチハイクをしている若者を乗せたところ、一度も停車していないのにいつの間にかその若者が消えていた──というもので、同じパターンの話が無数に記録されている。ブルンヴァンのこの本が日本語に訳されたことで、「都市伝説」という言葉が日本でも広く知られるようになった。
都市伝説に相当するものは古くから日本でも知られており、たとえば先ほどの消えるヒッチハイカーに類するものとして、登場人物がタクシーとその乗客に入れ替わった「タクシー幽霊」の怪談は大正時代から現代まで語りつがれている。こうした話は、従来の日本民俗学では「世間話」に分類されていたのだが、それらを新しいジャンルにひとまとめにしたのが、80年代終わりの「都市伝説」概念の大きな意義であろう。
ブルンヴァンの「都市伝説」概念は、日本民俗学よりも大衆メディアのほうに大きな影響を与えることになった。当時の雑誌やテレビ、ラジオなどでは、マスコミの目をかいくぐって人々のあいだで流通する「口コミ」や「ウワサ」が頻繁に取り上げられており、「都市伝説」は、そうした通俗的な概念に学問的な装いを与えるものとして注目を集め、80年代末から90年代前半にかけてブームを迎えることになったのである。
このようにしてマスコミ的な色のついてしまった「都市伝説」という言葉は、早々に研究者たちから見放されてしまう。そのかわりに使われたのは、ほぼ同一の概念である「現代伝説」(contemporary legend)だったが、こちらは現在に至るまで一般化していない(※2)。
学校の怪談が一気にメディアの注目を集めるように
「学校の怪談」もまた、民俗学者によって1990年代に大きな注目を集めたジャンルである。そもそも学校にまつわる怪談は20世紀初頭から記録されており、「学校の七不思議」などと呼ばれていた。
たとえば、トイレに入った人に呼びかけて紙の色を選ばせる「赤い紙青い紙」やおなじみの「トイレの花子さん」は、遅くとも1940年代から知られていた。
また、話を聞いた人のところにやってくる霊の「カシマさん」は1970年代から記録があるし、下半身がなく腕で移動する「テケテケ」や、やはり話を聞た人のところにやってくる妖怪「ババサレ」は1980年代前半から伝わっていた。ただ、いずれも初期の詳しい記録はほとんど残っていない。
1980年代前半に入ると、民俗学者や民話研究者らが、同時代の人々の心性を理解するために、児童や生徒が語る怪談を積極的に収集しはじめた。
また、1980年代後半には、ホラー漫画雑誌や学年誌などの読者投稿を通じて、各地に同じような話が広がっていることが知られるようになってきた。
さらに、1989年から1990年初めにかけて、ウワサブームに乗ったティーン雑誌が、おじさんの顔をして人語を話すイヌの「人面犬」やトイレの花子さんなどを特集し、これが大衆雑誌に取り上げられたことで、学校の怪談は一気にメディアの注目を集めるようになった。
この波に乗って登場した児童書が、民俗学者の常光徹による『学校の怪談』(1990年11月)と、日本民話の会学校の怪談編集委員会による『学校の怪談 第一巻』(1991年8月)である。
どちらも研究者が直接収集した話を子ども向けに再構成したものであったが、ベストセラーになり、続編が次々と刊行されるなどして、学校の怪談は押しも押されもせぬ大ブームとなった。
ブームのピークはおそらく1995年ごろで、映画『学校の怪談』や『トイレの花子さん』の公開、さらには民放ドラマ『木曜の怪談』のゴールデンタイム放送など、その人気は顕著だった。
都市伝説のほうは、2000年代に入ると、お笑い芸人の関暁夫によって大きく範囲を広げるようになる。公式には認められていない隠された真実──陰謀論や超古代文明、予知予言など、「オカルト」に含められるものも「都市伝説」と呼ばれるようになったのである。
またこの時期には、単に「広まっているが本当は間違っている」とされる情報や俗説なども「都市伝説」と呼ばれるようになった。このようにして「都市伝説」はブルンヴァンの当初の定義からはかけ離れたものになり、ますます民俗学者が使いづらい概念になってしまった。
学校の怪談のほうは、2000年代に入るとブームが去ったと言われ、学校で語られる怪談それ自体が衰退していったとされることもある。だが実際のところは、単にマスコミのあいだでブームが去ったというだけのことである。
『学校の怪談』シリーズは現在も版を重ねているし、1996年から2007年にかけては『怪談レストラン』シリーズ全50巻が出版され、日本で育ったZ世代の幼少期に影響を与えている。また、現場に目を向けても、児童・生徒のあいだで学校の怪談は現役である(※3) 。
むしろ概念が一般に定着したがゆえに、あえて話題にのぼることもなくなったのだろう。
※1 『ほんとにあった怖い話』は『HONKOWA』に改題して刊行中。ほかには『あなたの体験した怖い話』と『実際にあった怖い話』が刊行中。いずれも隔月刊。民俗学者のリンダ・スペッターは、伝説研究の権威であるリンダ・デーグが日本を調査していたならば心霊漫画雑誌を漁っていたことだろうと言っている。
※2 事情はアメリカでも同じようなもので、学会名には「都市伝説」ではなく「現代伝説」が使われている(国際現代伝説研究学会、International Society for Contemporary Legend Research)。
※3 2024年時点。学童保育で調査している川島理想さん、小学校教員の勝倉明以さん、中学校教員の永島大輝さんなどからの情報による。また、大学の授業で「学校の怪談」アンケートを取ると多くの怪談が集まる。それらはおおむね2010年代前半の話である。
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文/廣田龍平
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