養老孟司「日本が身の丈に合う大きさになる期間だったのかもしれない」 “失われた30年”が醸成された真の理由
集英社オンライン / 2025年1月19日 9時0分
〈養老孟司が「自衛隊のいる後ろめたさ」がなくなるのは危険だと警鐘するワケ…中国に見る、規範を重視する伝統の重要さ〉から続く
マイナス面だけで語られがちな「失われた30年」。しかし、実際には他の側面も持っているのではないかと、養老孟司氏は指摘する。GDPなどの数字には表れてこない日本の「壁」とは……。
【画像】GDPなど誰もが信頼している数字がいかに怪しいものか喝破した、統計学者とは
養老氏の新刊『人生の壁』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全2回の2回目〉
GDPを気にしても仕方がない
GDPについて一喜一憂する報道をよく目にします。『ヤバい統計 政府、政治家、世論はなぜ数字に騙されるのか』(ジョージナ・スタージ著、 尼丁千津子訳、集英社シリーズ・コモン)という本を読むと、誰もが信頼している統計などの数字がいかに怪しいものかがよくわかります。
政府が政策を立てたり実行したりするにあたり、統計を持ち出すことは珍しくありません。また、国民の側も根拠となる数字を求めます。数字があることは根拠があることだと考える人も少なくない。
イギリスで実際に政策に関連する統計に携わる専門家でありながら、著者は数字を信用しすぎることの問題点を指摘しています。数字というものの捉え方については、もう少し気を付けたほうがいいように思います。
私が病院が好きではないのも、数字と関係しています。検査を受けると、すべてが数字で示される。血液の中のこれがこのくらいの数値だ、だから標準から外れている、問題だ、気を付けなさい、と。覚えのある方も多いのではないでしょうか。
こんなことばかり言われると、俺の身体の中で流れているのは血液ではなく数字なのか、と文句の一つも言いたくなります。
CT検査の結果も実は数字の集積です。画像を見るので写真みたいに思われるでしょうが、そうではありません。実際には人体を小さな立方体に分けて、それぞれのX線の吸収率を測定して、画像を作っているのです。だからあれもまた画像ではなく数字を見ている。
スマホで通話する際の音声も、実はデジタル化した音声を再構成したものです。
私たちが昔と同じように感覚でとらえていると思っているものが、実は数字の集まりだということが増えました。数字を介して間接的に現実と触れあう場面が増えたとも言えます。
だから駄目だとか、何も信用するな、データを無視せよといった話をしたいのではありません。「政府の統計は嘘ばかりだ」と決めつけるのは、「数字があるから確かだ」と信じ込むのと同じようなものです。極端な立場のいずれかを選ぶ必要はありません。
本当に「30年間」は失われたのか
GDPについては、おかしな議論が横行しているように思います。直近では、ドイツに抜かれて4位になったことが大きく取り上げられていました。アメリカ、中国、日本だったところにドイツが割り込んだということです。
しかしGDPは人口に拠るところが大きいのですから、日本が上位にいること自体おかしかったとも言えるのです。本来ならばインドがすでに上位になっていても不思議はない。ただ、インドの場合、経済が正確に把握されていないという特徴もあるようです。
ドイツの人口は日本よりも少ない8300万人ほどじゃないか、と言う人もいるでしょう。しかし円安の影響もあるでしょうし、そもそも論でいえば、日本のGDPの伸び悩みの要因は、この30年ほどのいわゆる「経済的停滞」です。
しかしこれを「停滞」の一言で片づけていいかどうか。「失われた30年」とはよく言われますが、そんな言葉で片づけていいのか。マイナス面だけを見ていいのか。
私は、この30年へとつながる動きの最初は、公共投資の抑制だったと考えています。ではなぜ抑制したか。田中角栄首相に代表されるように、高度成長期の日本は、国土を「改造」するのだと張り切って、「開発」を進めた。しかしそれは国土を「傷めた」とも言えます。
これに対して日本国民全体が、どこかで「これ以上は進まないほうがいいんじゃないか」と思うようになり、そういう空気が醸成されていきました。その典型が前述の「脱ダム」宣言でしょう。
「もうこれ以上、日本はお金を稼がなくてもいいんじゃないか」と感じる人が増えていった。もちろん人それぞれですから、「いや、俺はもっともっと稼ぎたかった」という方もいるでしょうが、国全体を覆う空気は、変化していった。だから公共投資は抑制される方に進んだ。それによっていわゆる経済成長は停滞することになった。
ドイツの場合、こういう気分を緑の党のような政党が代表して、わかりやすい形として示していくのですが、日本はいつものようにそういう空気が何となく作られていき、抑制の方向に進みました。
経済と気分の違い
今は統計的な数字だけを見てこの30年は「失われた」期間であるというのが、主な論調となっています。でも、この30年間、高度成長期と同じようなスピードで「成長」を続けていたらどうなっていたのでしょうか。
東京の地価はどんどん上がり、普通のマンションが3億円でも買えなくなっていたかもしれません。原子力発電所が、もっと国中にたくさん作られていたかもしれません。エネルギーをもっと消費する国になっていたのは間違いないでしょう。
当然、石油などの資源を大国同士で奪い合うようなことになるので、アメリカや中国との緊張も高まります。現在は米中の対立構造が深刻化していますが、日米中の三つ巴になっていたかもしれません。
そういう状況を想像してみれば、本当に「失われた30年」で片づけていいのか、と思う方もいるのではないでしょうか。良い面も十分にあったのではないか、むしろ日本が身の丈に合う大きさになる期間だったのかもしれない、と。
こうした低成長を肯定するような考え方に対して反論があるのは承知しています。
「そんなことを言う奴は経済がわかっていない。収入が伸びないこと、生産性が上がらないことが不幸の理由なのだ」
経済学的な観点からすればその通りなのでしょう。しかし、GDPに代表される経済の数字を基本にものを考えるよりも、自分たちの生活が幸せならば、あるいは自分の気分が良ければいい、と考えるほうが普通ではないでしょうか。東大病院の先輩医師たちのように、ずっと不機嫌で良いはずがない。
江戸時代に日本にやってきた外国人が、日本人の印象としてみんなニコニコしていると書いています。大して成長しておらず、また豊かでもないのに、です。
お金がないから不機嫌になるのではなくて、お金を基準にしてしまったので、お金によって機嫌が左右されるようになった。そう考えてみてもいいのではないでしょうか。
組織では仕事が細分化されて、規則が厳格化されて、息苦しくなったといった話を聞くことがあります。経済を優先して、シミュレーションを重視すれば、当然、そうなっていきます。コストパフォーマンスを重視すれば、他人にお節介をやく必要はない。自分のことだけやれば良い。結果として、社員や部員同士のつながりは希薄になっていきます。それが幸福度を上げることにつながるのかは、関係ありません。それで不機嫌が増しても誰も責任は取りません。
#1 養老孟司が「自衛隊のいる後ろめたさ」がなくなるのは危険だと警鐘するワケ…中国に見る、規範を重視する伝統の重要さ はこちら
文/養老孟司 写真/Shutterstock
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