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AO入試や指定校推薦なんてけしからん! 日本の「ペーパーテスト信仰」を育んだ、人生を賭けて点取りゲームをした時代

集英社オンライン / 2025年1月18日 16時0分

「ペーパーテスト一発勝負」という閉じた世界で頭角を現す「受験天才」たち。幼少期から天才性を発揮するかと思えば、学歴を過度に誇り、なかには学歴で他者を判断することを厭わない者もいた。受験天才たちのエピソードを交えて、受験という天国と地獄。

【画像】日本初の受験天才といわれる歴史上の人物

 

学歴研究家じゅそうけんが解説する『受験天才列伝――日本の受験はどこから来てどこへ行くのか』(星海社新書)より一部抜粋してお届けする。

「ペーパーテストしか勝たん!」という思い込み

私たち日本人はペーパーテストが大好きです。

ペーパーテスト一発勝負こそ公正で唯一正しい入試方式だと信じて疑わず、近年存在感を増している総合型選抜(旧・AO入試)や学校推薦型選抜(指定校推薦)は「邪道」であると考えている日本人は非常に多いはずです。



Xで私が最近の大学の推薦入試の状況(最近急激に増加している)をポストすると、浪人生や受験を引きずっているおじさんたちから「けしからん!」とたくさんの情熱的なコメントがつきます。正直ちょっと怖いくらいです。

こうした彼らの拒絶反応からもわかるように、「5教科7科目をしっかり勉強するのは受験生の義務だ」と本気で考えている日本人は非常に多いのです。

課外活動や面接を重視する欧米の大学とは異なり、日本の大学は伝統的にペーパーテスト一発試験を重視してきました。東大をはじめとする難関大に合格するため、1日何時間も机に齧り付いてガリ勉するスタイルが日本の受験では当たり前です。

しかし、世界的に見たらこれは割と異様な話です。アメリカやイギリスの難関大学では、確かにそれなりの学力は求められますが、それはあくまで必要な一要素に過ぎず、課外活動やボランティア、クラブ活動などの実績やリーダーシップもよく見られます。

欧米の人たちからしたら、東アジアの人たちが小学生のうちから塾に通い詰め、偏差値を1でも高めるために狂奔している今の状況は滑稽に映っていることでしょう。

それでは、この日本人(東アジア人)の「ペーパーテストしか勝たん!」という思い込みの起源はどこにあるのでしょうか?

日本人が支配されている「ペーパーテスト信仰」

まず初めに、日本人が支配されている「ペーパーテスト信仰」の原点に迫っていきたいと思います。ペーパーテスト信仰の歴史を辿ると、やはりお隣の中国の「科挙」システムの影響を色濃く受けていることがわかってきます。

科挙制度とは、前近代の中国社会が持っていた官僚育成のための選抜試験であり、優秀な国家官僚の登用のために開発されました。

隋時代の598年に文帝によって初めて導入され、清時代の1905年に廃止されるまで1300年以上にわたって続きました。閉じられた世界での選抜ではなく、広く門戸を開き優秀な人間を選抜することが目的でした。

科挙制度は家柄や出自に関係なく、ペーパーテストで点を取りさえすれば高級官僚への道が開けるという非常に画期的なシステムであり、世界的な評価も高いです。

ヨーロッパなどでは18世紀頃まで高官は貴族の世襲が当たり前でしたので、6世紀の隋の時代にこうした万人に開けた制度を確立していたのは驚嘆に値します。

科挙は今の受験などとは比べ物にならないほど熾烈であり、倍率は4000倍に及んでいたといいます。

まず「童試」という入試に合格することで国立学校への受験許可をもらい、その後いくつも本試験を受けるための予備試験を受験する必要があります。しかも受験は3年に1度で、落ちたら最初からやり直しというリセット機能が搭載された鬼畜仕様でした。

そんな地獄のような予備試験を突破してようやく本試験。本試験では2泊3日試験用個室に閉じ込められ、極限状態で受験を戦うことを強いられます。中にはカンニングをする者もいましたが、発覚したら厳しい罰を処され、一族郎党皆殺しとなることも珍しくなかったようです。

最終試験合格者の年齢は30代後半がボリュームゾーンで、子供時代から数十年を受験に捧げてやっと合格を勝ち取った人が多数派でした。もちろんその年で合格できない人は50歳、60歳になっても受験を続けていたといいます。

終わりの見えない受験スパイラルの中、発狂や自殺をする受験生は後をたたず、死ぬまで受験を続け浪人を重ねたまま寿命を迎えた人もいたようです(私はこの死に方を勝手に「浪死」と呼んでいます)。

日本初の受験天才

この人生を賭けた点取りゲームの勝者である高級官僚の地位や権力は絶大なものでした。
当時の中国の官僚は集めた税金の一部を皇帝に上納し、残りは私財にしても良いことになっていました。つまり、ペーパーテストを極めた彼らは莫大な富を得ていたのです。

科挙に合格した官僚たちは、現在の日本の金銭価値に換算して最低でも100億円以上の蓄財があったという話もあり、一度官僚になると家が三代まで栄えると言われていました。

当然ですが、今の日本で東大理三や京大医学部に受かったとしても、必ずしも高給取りになれるとは限りません。実際、国家試験まで辿り着けなかったり、医師の仕事が務まらず、塾の講師などをしながら細々と生活している東大京大医学部卒はたくさんいます。無事医者になったとしても、勤務医として働く場合の年収はせいぜい1000〜2000万円程度で、成功した経営者やプロスポーツ選手の足元にも及びません。

今の日本では、受験学力で頂点を極めれば必ず大金を獲得することができるという単純明快な構造にはなっていないわけです。

しかし、当時の中国ではひとたび科挙に受かってしまえば、生まれにかかわらずこうした大富豪への道が誰にでも開かれていたことになります。勉強の出来と大量の金銭が直結していたわけですから、国民がこぞって受験に人生を賭けたのも頷けるでしょう。

ちなみに私は、「日本初の受験天才」は阿倍仲麻呂なのではないかと考えています。阿倍仲麻呂は奈良時代の遣唐使として歴史の教科書に登場し、中国では「日中友好に最も貢献した人物」として知られているようです。

日本史の教科書や百人一首でお馴染みの阿倍仲麻呂ですが、実は外国人(日本人)ながら若くして科挙試験に合格している「受験天才」なのです。

幼少期から抜群に頭が良く、10代半ばで従八位を受けるほどだったとか。19歳のときに遣唐使として唐に渡り、太学と呼ばれる最高学府で学んだ後、科挙試験を受験します。科挙試験の中でも超難関と言われる進士科(合格者の平均年齢は50歳とも)を受験し、なんと20代半ばで合格してしまいます。

玄宗は彼の才能に惚れ込み、日本への帰国を許さないほど重用し、詩人の李白なども彼には一目置いていたといいます。

世界随一の教育国家、中国

話を戻しましょう。ただ、科挙制度には弊害もありました。科挙制度の確立により、中国は世界随一の教育国家となりました。これはとても良いことです。

ですが、科挙に合格さえしてしまえば誰でも人生逆転できるということで、当時の中国教育は科挙合格のためのものになり、試験科目である儒学以外の学問が軽視されるようになってしまったのです。本来国を良くするための選抜制度であったはずが、「科挙合格」が自己目的化してしまうという皮肉な結果を招きました。

6世紀に誕生したときには世界でも類を見ないほど画期的だった科挙制度ですが、20世紀に入り欧米が近代化していく中で、少しずつ時代遅れなものだとみなされるようになります。

アヘン戦争や日清戦争での敗北を経験した中国は、古い体制を打ち破る必要性に迫られます。そして1905年、とうとう西太后によって約1300年の歴史に幕が閉じられることになります。

良い面も悪い面もあった科挙制度。最終的には廃止されてしまいましたが、1300年以上も続いたシステムだと考えると、合理的でうまく機能していた面もあったのだと思います。
何はともあれ、こちらのシステムの影響が、今の日本の大学入試や公務員試験などに色濃く残っているわけです。

文/じゅそうけん

『受験天才列伝ーー日本の受験はどこから来てどこへ行くのか』 (講談社)

じゅそうけん
『受験天才列伝ーー日本の受験はどこから来てどこへ行くのか』 (講談社)
2024年12月18日
1,595円(税込)
208ページ
ISBN: 978-4065360309

「受験」でこそ輝く知性、それが「受験天才」だ!

「ペーパーテスト一発勝負」という閉じた世界で頭角を現す「受験天才」たち。幼少期から天才性を発揮するかと思えば、学歴を過度に誇り、なかには学歴で他者を判断することを厭わない者もいた。彼らの一癖も二癖もある破天荒な生態に迫り、新しい受験史を描くのが本書である。受験天才はどのような意味で「制度の落とし子」なのか、明治のはじまりから辿り直し、少子化が進む令和の受験の最前線までをキャッチアップ! 過熱するとも冷却するとも、あるいはエンタメ化・スポーツ化するとも言われる「日本の受験」は、これからどこへ向かうのか。そして日本人にとって受験とは何か。新進気鋭の受験評論家、渾身の書き下ろし。

*本書目次
はじめに

特別巻頭インタビュー 「学歴の暴力」xじゅそうけん
学歴最強、だけど学歴に縛られない! 現在進行形の「受験天才」アイドルはいま何を考えているか!?

第一章 日本初の受験天才は誰なのか(戦前の受験天才)
第二章 受験天才は日本の発展を支えたか(戦後の受験天才)
第三章 変わる教育と変わらない受験天才たち

特別鼎談 宇佐美典也x西岡壱誠xじゅそうけん
『受験はワンダーランドなのか、ディストピアなのか』

おわりに

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