認知症の人の、一見すると「家族や支援者を困らせる行動」の裏に隠れがちな真意
集英社オンライン / 2025年1月25日 10時0分
認知症の症状として理解されがちな「困った行動」の裏には、実は家族や視線者を困らせるのはなく、本人が助けを求める切実なSOSが隠されているかもしれない。
【画像】「家族を困らせる行動」は「本人が困っていると知らせる行動」
「恐れる」認知症から、「備える」認知症へと変わる「新しい認知症観」について現場を知り尽くす専門医が解説した『早合点認知症』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
認知症の人からの「SOS」は意外なところにある
訪問診療先では、ご家族や施設スタッフから「認知症の人が興奮して、介護ができないときがある」という相談を受けることがあり、それは被害妄想や暴言、暴力、徘徊などの「行動・心理症状(以下、BPSD)」だと解釈されていることが往々にしてあります。
しかしそのような場合、私がまず検討するのは、せん妄です。症状が急に変化したわけですから、興奮の症状が出たときの状況を詳しく聞きます。そして夕方から夜間に悪くなっているなどと聞けば、せん妄の可能性があると考え、誘因は何か、やめられる薬はないかなど、対応を考えるのです。
せん妄の可能性はないと考えられた場合には、高齢てんかんや、うつ病など、ほかの精神症状の可能性を考えます。
それらが除外されたとき、BPSDの可能性を考えます。ただし、BPSDを「家族や支援者を困らせる症状」と見るのではなく、認知症の人が何かを伝えようと試みている、「チャレンジング行動」として検討します。
チャレンジング行動とは、知的障害や発達障害の人を支援する現場から生まれた考え方で、知的障害や発達障害の人たちに精神症状や行動障害が生じたとき、環境に適応できず、困っていることの表現。正しい対応を求めて訴えている行動ととらえるというものです。
「家族を困らせる行動」は「本人が困っていると知らせる行動」
精神障害や発達障害のある人も、健康な人と同じく、周囲の環境に適応しようと懸命に生きています。しかし、それがうまくいかないとき、障害があるために、問題を周囲にわかりやすく伝えることができない。周囲からは、言わば〝とんちんかんな反応〟が返ってくる。それで、正しい対応を要求する行動が生じる。
知的障害や発達障害の人を支援する現場では、チャレンジされているのは環境であり、支援者だと見直して、真に求められている対応を考え直したわけです。
これは認知症の人のケアにも当てはまって、チャレンジング行動と考え直してみると、実際に合点がいくことはよくあります。
たとえば、虫歯や便秘。健康な人は、歯が痛ければ、虫歯かもしれないと考え、歯医者さんへ行きます。
便秘が数日続けば、お腹をマッサージしたり、食物繊維が豊富なサラダを食べたり、何かしら対処するでしょう。
つまり苦痛を自覚して、適応する行動をとることができるのです。
しかし、認知症の人は、何らかの苦痛となることが生じても、対処するのが難しくなることが増えます。
周囲に対して、事実や思いを適切に伝えられないでいることが、最近、怒りっぽく、興奮しているなどと見られてしまう。
便秘が6日以上続けば、イライラして、怒りっぽくなってしまう人が多いと思いますが、認知症の人はそれをBPSDだと早合点されてしまうのです。
認知症の人が歯の痛みやお腹の膨満感が苦しくて、混乱しているとき、チャレンジング行動と見て、SOSが発信されている! 苦痛の原因は何か? と考え、適切な対処をすると、当然ながら平穏を取り戻す、ということが実際によくあるのです。
つまりBPSDは「家族や支援者を困らせる症状」ではなく、「本人が困っていると表現している症状」なのです。
認知症の人を「困らせない」ためにできる工夫
私たちの訪問診療は、認知症の人が苦痛を感じている現場にうかがうことができるので、どういった理由でチャレンジング行動が生じたのか、病院で診察するより想像しやすいという利点を感じて、診療に当たっています。
そして認知症の人の診察で私が気をつけているのは、ご家族や施設スタッフとだけ話をして、当事者を置いてきぼりにしないことです。
また、ご家族などから「できないこと」「困ったこと」ばかり聞かず、「保たれていること」や「工夫次第で改善できそうなこと」を話題にし、逆にご本人にはあまり深刻にではなく、「苦手と感じること」「したくてできないこと」を聞き、その場のみんなで改善策を話すことにも気を配ります。
これは認知症の人だからそうする、というのではないですよね。誰に対しても、相手を敬う気持ちがあれば、そのような態度をとるのがマナーだと思っています。
しかし、認知症の人は「認知症だから話してもわからない」といった無礼な対応を受けることがしばしばあり、傷ついたり、諦めたりしていることも多いので、とくに配慮をするよう心がけています。
私が認知症の人との対話で参考にしていて、認知症の人のご家族などにも紹介をしているのは「ユマニチュード」という対応法です。
ユマニチュードはフランスの体育学の専門家イヴ・ジネスト先生と、ロゼット・マレスコッティ先生が開発したケアの技法です。
「見る」「話す」「触れる」「立つ」を「ケアの4つの柱」としたコミュニケーション法は、家庭生活にも取り入れやすいものなので、ご興味がある方はYouTubeで「高齢者ケア研究室」と調べると、対応例が多数紹介されていて、参考になります。
私がE子さん(89歳)を初めて診察したのは、入居者全員の定期訪問診療をお引き受けしている高齢者施設でした。少し前、骨折で入院。軽度のアルツハイマー型認知症のため、退院後、自宅での一人暮らしに戻るのは不安だということで、施設に入居されたということでした。
初診時は「人と話すのも好きだし、ここのルールを守って、楽しく生活していければいいと思います」と穏やかに話していました。
周りの人が理解して長年付き合っている
しかし約半年後、再び一人暮らしに戻りたいという訴えがありました。
施設では、仲良くなったほかの入居者と、その人の部屋で会ってはいけないことになっています(共用スペースのみOK)。知人が持ってきたおやつを入居者仲間に分けてあげたら、「食べ物のやり取りはNG」と怒られます。毎日の夕飯が午後4時半で、E子さんの生活リズムからするとちょっと早すぎました。そして、何よりE子さんは「朝のお茶が出がらしで、おいしくないのが耐えられない」と怒っていました。
施設側には、入居者全員の安全に配慮する必要があって、たとえばおやつの件では糖尿病などの持病がある人にお菓子をあげたら困るから、夕飯の件では午後6時にスタッフの交代があるため、逆算して夕飯は4時半という具合に、理由があってルールが決まっています。
両者が折り合うのはちょっと難しい状況。このような場合、そのままでは往々にして施設側から、帰宅要求が強いので服薬で鎮静できないか、と相談されるようになる事態でした。
しかし、E子さんの希望も無視できません。ただし、一人暮らしが再開できるかどうかは心配ですし、すでに自宅は処分していたので、90歳近いE子さんに家を貸してもらえるかも定かでなく、対応に苦慮していました。
しかし、数週間後に社会福祉協議会が借家を見つけてくれました。それで「一人暮らしが難しかったら、また別の施設を探しましょう」と話し合って退所し、お一人で暮らし始めて、今日まで約7年、無事に過ぎています。
定期的に訪問診療を続けていますが、E子さんはマイペースに過ごしているせいか、とても体調がいいのです。借家は以前も住んでいた地域にあり、入院前に通っていたデイサービスにも週1回、行っています。
意思がはっきりしていて、少しわがままなところがある人であっても、周りの人がそういう人だとわかって長年付き合っているようです。ヘルパーさんも週に1回、生活のサポートで入っています。
おなじみの環境で、マイペース。自分の好きなように生活していて、私に「ごはんを炊いて、お味噌汁ぐらいは作るわよ」などと、日常生活の様子を教えてくれます。お正月前には黒豆の作り方を教えてもらいました。認知症の症状にも大きな変化はありません。
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