岸辺露伴にとって最大の敵は編集者の泉京香? 荒木飛呂彦が明かす、物語に欠かせない悪役作りの企業秘密
集英社オンライン / 2025年1月25日 17時0分
〈ジャンプ編集部からも当初は「ウケないんじゃないか?」と…『ジョジョの奇妙な冒険』荒木飛呂彦が明かす最大の敵“ディオ”のキャラ設定秘話〉から続く
高橋一生主演でドラマ化されたことで、原作漫画を知らない人にも身近な存在になった“岸辺露伴”は、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズ第四部に登場する漫画家である。作者の荒木飛呂彦曰く、彼にとって最大の敵は、味方であるはずの担当編集者であるという。
【画像】露伴の担当編集者・泉京香は、ファッション誌希望だったとか
書籍『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』より一部を抜粋・再構成し、魅力的な敵の作り方を紹介する。
岸辺露伴の担当編集者・泉京香の作り方
岸辺露伴の担当編集者、泉京香は実は悪役、しかもかなり手強い敵です。そう書くと、「え!?京香が悪役ってどういうこと!?」と驚く人もいるかもしれません。
漫画家からすれば、原稿にスパゲティソースを飛ばしたり、カフェオレをこぼそうとするギャグをかましたりする時点で、もう立派な悪役と言えます(笑)。原稿の上に平気でコーヒーを持ってくる編集者なんて、僕は見たことがありません。
それはさておき、前にも述べたように、悪役にはいろいろなタイプがあります。
暴力的な悪役、政治的な思想の悪、恋敵……中でも世の中で一番厄介な敵となるのが仲間や家族、恋人などで、信頼していた身近な人から裏切られると、非常に大きなダメージを受けることになります。
もっと困るのが、明らかな悪意があるというわけではないけれども、その人が無意識のうちにとる行動が主人公を困難に陥れていくケースです。
アドバイスに従ったらひどい目に遭ったとか、その人のせいで財産を失っていくとか、ささやかなところでは「あいつが来ると、必ず雨が降るんだよな」みたいな、本人にはそのつもりがないのに一緒にいる人が災難に遭ってしまう、疫病神のような存在……きっと現実の生活にもこういう人たちがいるのではないかと思います。
こういうタイプはぱっと見、わかりにくい敵なので、周囲からは「あの人はヤバい」ということが見えているのに、害を与えている本人は全然気づいていなかったりするのです。
少年漫画でも、主人公が敵と戦っているとき、味方のはずなのに、実はそいつがいることでどんどん窮地に陥っていくという場面が出てきます。
『ジョジョ』では第四部の「透明の赤ちゃん」が登場するエピソードで、周囲を透明にしてしまう赤ちゃんのスタンドが暴走する中、なんとか状況を好転させようとする仗助の足を引っ張る、耄碌したジョセフがその役回りでした。
京香は、編集者という漫画家の最も身近なサポート役でありながら、自分では意図せずに露伴をトラブルに巻き込んでいく、まさにこの厄介な悪役そのものなのです。
敵を連れてくる編集者
京香が初めて登場し、その天然の悪役ぶりを発揮するのは、短編集『岸辺露伴は動かない』に収録されている「富豪村」です。
京香がどういうキャラクターなのかは、「富豪村」のはじめの方にある、露伴と京香の打ち合わせのシーンで表現しています。
45ページの読み切り短編で何を描くかという話になり、露伴が「『金環日食』の話とか」「どお?」と提案すると、京香は「わぁーっ とても おもしろそう ですねぇ♡」と一応肯定するような返事をしながら、実はまったく興味がありません。
そして、「でも それは そーとォ〰」「…それとは別に 『山奥の別荘』を 買いに行くお話とか 漫画にしません?」と、自分のやりたいことを強引に露伴に描かせようとします。
このやりとり自体が露伴vs.京香の微妙なバトルになっていて、ふたりはけっして仲がいいわけじゃないという関係が描かれ、さらに京香という人物は、仮にも編集者なのに漫画家の意見をまったく聞かず、自分の考えだけを押し通そうとしている、かなり身勝手な性格だということも伝わってきます。
そこから、「この子のせいで、露伴は何かトラブルに巻き込まれそうだな」という雰囲気もにじみ出るというわけです。
最初はムッとしていた露伴も、京香の話を聞いているうちに好奇心に駆られ、「そこにある別荘を買った人間は必ず大金持ちになる」という謎の「富豪村」を訪れることになります。
そこから絶体絶命の状況が生まれるわけですが、京香自身は、まさかそんな事態になるなんて思ってもみなかったでしょう。彼女はそのつもりがないのに敵を連れてきてしまう、けっこう怖い編集者なんです。
こういうキャラクターは、『岸辺露伴は動かない』のシリーズに欠かせません。というのは、露伴は漫画を描くための好奇心や探究心は異常なほど強いのですが、「殺人事件があったから見に行こう」と野次馬気分で出かけるようなタイプではないのです。
人の心を読める能力を持っていても、それによってトラブルを背負い込む可能性も大きいので、スタンドを使うのは本当に必要なときだけという分別も持っています。
第4部では、初対面の康一くんにいきなりスタンドを使ったりしていますが、最近の露伴は大人になったというか、自分の領域ではないところにはちゃんと一線を引いて踏み込まない、そういう慎みがあるキャラクターとして設定しています。
作者の立場から付け加えると、それによってやりたい放題のヤバいヤツにならないよう、ブレーキをかけているということです。たとえば、同シリーズの「密漁海岸」でも、クロアワビを密漁しに行ったのは親しくしている料理人のトニオに誘われたからで、単純な好奇心だけで自分から足を運ぶことはなかったでしょう。
そういう「動かない」露伴を引きずり出し、戦わせるためには、彼をトラブルに巻き込んでいくきっかけが必要です。
『岸辺露伴は動かない』には若い男性編集者も登場しますが、ちょっと天然ぽいニュアンスで露伴を引っ張り出すとしたら、若い女の子の方がそういう雰囲気を出しやすいですし、絵的に華やかになる効果も出せます。そうやって生まれたのが、京香というキャラクターです。
京香の身上調査書を公開!
では、京香の身上調査書を例に、キャラクターの作り方を解説していきましょう。
ポイントはいくつかありますが、一番は「性格」のところの「天然に失礼」、それから「とにかく─露伴を悪魔のささやきで巻き込む─役割」というところです。
先ほど書いた通り、巻き込むといっても意図的にやっているわけではなくて、本人はあくまで、よかれと思って自分の正義を貫こうとしているだけなのですが、それにより知らず知らずのうちに露伴を誘い込んでしまう、それが京香というキャラクターの核となります。
もうひとつ、京香の特徴は、まだ「25歳」の、大学を出て間もない世間知らずの女の子だという点です。「前科・賞・学歴」のところで「名門大学でもバカ」と書いてあります。
「バカ」だけれども、彼女自身にはその自覚がなく、言葉の端々から自惚れが伝わってくるような子で、たぶんたいした苦労もせずに大手出版社に入社したのでしょう。
身上調査書には「商社に勤める父」「TV局勤務だった母」の両親を持つ、「平和で恵まれた家族」で育っていると書きましたが、彼女の自信満々な性格には、そういう生育環境も影響しているはずです。新人だけど野心的な子にしたかったので、「好きな言葉」は「向上心」にしました。
京香はおしゃれが好きな、かわいい女の子ですから、「ファッション希望だったのに漫画編集部に配属された」「ファッション誌に取材されるような女性」になるのが夢、という設定にしています。
また、ビジュアルを作るには、好きなファッションも大事です。「ヤンキー系」「ブランドロゴ前面のギラギラ系」ではなく、かわいらしくて、ロリータやモフモフ系が好き、とイメージを固めていきました。
漫画・イラスト/書籍『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』より
写真/shutterstock
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