「芸術か商業かの選択は漫画家の生き方が問われるところ」という荒木飛呂彦が警鐘を鳴らす、漫画家をダメにするトラップとは
集英社オンライン / 2025年1月26日 17時0分
〈岸辺露伴にとって最大の敵は編集者の泉京香? 荒木飛呂彦が明かす、物語に欠かせない悪役作りの企業秘密〉から続く
人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦氏。今や大ヒット作を掲げる彼も、新人時代には編集者に 厳しく指摘を受けていたことがあり、さらには今でもなお、編集者のコメントには耳を傾けるという。漫画家と編集者の理想的な関係とは? また、あらゆるクリエイターにとって命題となる「芸術か、商業か」の選択についても荒木飛呂彦はどう考えているのか。
彼ならではのアドバイスを、書籍『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』より一部を抜粋・再構成しお届けする。
編集者は「敵」じゃない
露伴にとって京香は「悪役」と書きましたが、基本、編集者は漫画家の「敵」ではありません。
もしかしたら、新人の漫画家の中には、「ここができていない」「これはダメだ」と編集者から厳しいことを言われて、「この人は敵だ!」となってしまう人がいるかもしれません。でも、編集者はあくまでプロとして、その原稿をよくするための指摘をしているのであって、別に漫画家本人を否定しているわけではないのです。
一生懸命描いた作品を批判されれば誰でも傷つきますが、そこは誤解しない方がいいと思いますし、編集者は漫画家と切磋琢磨しながら一緒に上がっていく仲間、バディだということを忘れないでほしいと思います。僕の歴代の担当編集者もよき相棒として、読者との距離感をどこかつかみきれない僕をそれとなく導いてくれています。
僕も新人時代、編集者から厳しいダメ出しを山のように受けました。『漫画術』でも、原稿を袋からちょっと出しただけで、「こんなの見たくない」「なんかもっと読みたくなるようなの描いてきてよ」と突き返す編集者のエピソードを書きましたが、当時、漫画を持ち込んでくる新人に対する気遣いなどは一切なかったですし、僕も面と向かってずいぶんキツいことを言われました。
1時間くらいずっと編集者に怒られたときは、漫画を描いた後で疲れていたので、途中で寝てしまったこともあります(笑)。僕が新人のときに出会った編集者たちのキャラクターを京香に取り入れてみたら、さらにパワーアップするかもしれません。
自分のメンタルを守ることは最優先だということを前提としつつ、僕の場合はそういう厳しい編集者たちがいたからこそ、「ただ好きで漫画を描いているだけではプロにはなれないんだな」と気づくことができました。
特に初代担当編集者からは「好きなことはやろう。だけど、読者が楽しめないような独りよがりの漫画はいけないよ」ということを徹底的に叩き込まれました。
漫画家にとって最初の読者は編集者です。彼らが袋から原稿を出したとき、「お、これは読んでみたいぞ」と思わせるにはどうすればいいか、絵やタイトル、セリフの入れ方に至るまで考え抜いたことで、プロとしてやっていく一歩を踏み出せたのだと思います。
『漫画術』には、編集者に最初の1ページをめくらせるにはどうすればいいか具体的に解説してありますので、漫画家志望者は活用してみてください。
「何を直せばいいのかわからない」とき
そもそもの話、漫画を描いていれば、必ず直す箇所というのはあるもので、40年以上漫画を描いてきた僕も「ここはこうした方がいいんじゃないですか」と編集者から指摘が入るのはいつものことです。
それを「否定」ととらえるのではなく、「編集者に突っ込まれるということは、うまくいっていない何かがその漫画にあるんだな」と、意識を転換させるのがよいと思います。
あれこれ言われているうちに、いったい何を直せばいいか、わからなくなることもあるかもしれません。特に新人の場合、ヒットする前にいろいろな意見を言われたことで、自分が描きたいと思っていた漫画の方向性がブレてしまうことも多いのではないかと思います。
そうならないよう、編集者はうまく導いてあげてほしいのですが、編集者の言うことを額面通り受け取ると、迷い道に入り込みやすくなるという面もあるでしょう。
たとえば、「この女の子のキャラクターの顔がかわいくないんだよね」と編集者から言われたとします。「こういうのがかわいいのかな、それともこれかな」と迷っていると、何が正解か判断できなくなって、描いても描いても「なんか違うなあ」とダメ出しされてしまうでしょう。
そんなふうに言われた通りにあれこれやってみるのではなく、「編集者はかわいくないと言っているけど、そう感じさせるのは何か他のところにも理由があるんじゃないだろうか」と、自分なりに編集者の言葉を噛み砕いてみることをお薦めします。
そうすると、見た目のかわいさではなくキャラクターの性格や行動を変えることで、編集者も満足する「かわいい」女の子が描けたりするものです。
結局のところ、編集者の指摘が入るのは、「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」という漫画の「基本四大構造」のつながりがうまくできていないことを意味しているのだと思います。
そして、そのつながりは自分自身で見つけていかないといけません。編集者のコメントは、そのための手がかりと考えましょう。「自分自身で見つけるなんて、ハードルが高すぎる」と思うときは、この本や『漫画術』と照らし合わせながら、編集者の批評を読み解いてみてください。
漫画家をダメにするトラップ
初めて連載を持てるというのは、漫画家にとって嬉しいものです。ただ、意気込んで始めた連載がうまくいくとは限りません。
僕の初連載『魔少年ビーティー』も読者からの人気がなく、早々に打ち切りが決まりました。「なぜ人気が出ないんだろう?」と悩みながら、路線は崩さずに最終話を描き上げたところ、その回だけ読者アンケートがすごくよかったのです。
その理由については『漫画術』に書きましたが、打ち切りになっても次につながるようなかたちで終われたのはよかったと思っています。
もし初めての連載がうまくいかなかったとして、もちろん原因は分析しなければいけませんが、読者にウケたいからと他の人気漫画の真似をするのではなく、自分が描きたいことをちゃんと描ききって終わらせましょう。
本書の中で何度か述べてきたように、ウケ狙いは漫画家がハマりやすい大きなトラップです。大袈裟ではなく、ウケを狙って作品がブレていくというのは作家生活にも関わることなのです。
「芸術か、商業か」の選択は、その漫画家の哲学や生き方が問われる部分であり、「自分はこれを描きたい」と心を保ち続けられるかどうかは、漫画家にとって一番大変なところかもしれません。
「これを描きたい!」という気持ちを脇において、「売れるか、売れないか」という視点で漫画を描いていると、それが裏目に出て、描いていて嫌になったり、行き詰まって描けなくなったりする負のスパイラルに入り込み、抜けられなくなるリスクがあります。
たとえば、すごくヒットしていた漫画が、あるときからだんだん人気がなくなっていって、消化不良のような形でなんとなく連載が終わるということがあります。そういう漫画を読んでみると、途中でその漫画のルールだったはずのものが変わり、いろいろブレてしまっていることに気づきます。
もちろん、「こういうのがウケる」ということをまったく考慮しないというのもダメで、人気漫画の手法を参考にする分にはよいでしょう。ただ、ウケるからとあれもこれも無闇に入れていくというのは、ラーメンを作りたくてラーメン屋を始めたのに、「世の中ではカレーと寿司が人気だから、カレーと寿司も出すラーメン屋にしよう」というようなものです。
天才なら「ラーメンとカレーと寿司」をうまくまとめられるのかもしれませんが、普通、そんな店はラーメンを食べたい客からも、カレーを食べたい客からも、寿司を食べたい客からもそっぽを向かれてしまうでしょう。
漫画を描く目的が「売れたいから」というものなら、それを貫き通して売れそうなことをなんでもやってみればいいと思います。でも、ラーメン屋は、やっぱりおいしいラーメンを極めていくことで客に喜んでもらうのが基本中の基本のはずです。
読者アンケートや部数というデータ
確かに、「こうすればウケる」という誘惑は強力で、編集者から「あの漫画はこれでヒットしているから、そういうのを描いてみたら」と言われたときどうするかは、なかなか難しいところです。
特に、『少年ジャンプ』は人気がある名作だらけですし、読者アンケートや部数というデータを突きつけられると、なかなか抵抗しにくいと言えます。僕も自分の漫画がそんなにウケていないときは、「ちょっと取り入れないといけないのかな」と、ぐらつきかけたことがありました。
たとえば、『ジョジョ』の読者アンケートがあまりよくなかったころ、編集者から「他の漫画で、キャラクターが生き返ったときのあの回の人気がすごかったから、『ジョジョ』でもやろう」と提案されたことがありました。
人気があるキャラクターが生き返ると、読者は「あいつが帰ってきた!」と嬉しいもので、その気持ちはよくわかります。一瞬、「やりたいな」と思いましたが、先祖からのつながりを描いている『ジョジョ』でそれをやったら、話がむちゃくちゃになってしまうでしょう。
また、僕の好きなゾンビ映画では、生き返ると価値観や哲学が逆転して、自分の愛するものを殺さなければいけなくなってしまうので、「やっぱり一度死んだ人間が生き返るのはよくないよな」と考え直しました。
生き返らせることはしないけれど、その分、人間が生きるとは、死ぬとはどういうことかを『ジョジョ』という漫画でちゃんと描こうと、改めて心に決めたのです。
それで人気が出ずに連載が終わる可能性もありましたが、ブレなかったことは結果的に正解だったと思います。
「最近ウケてないから、テコ入れで世間でヒットしている○○みたいなキャラクターを入れなきゃ」と気持ちが揺れたり、編集者から「もっと売れ線を狙え」と言われたりしたら、「それは今描こうとしている漫画にハマるのかな」と検討してみることをお薦めします。
だいたいの場合、「ハマらない」ことの方が多いんじゃないかと思いますが、そういうときは、自信を持って自分が描こうとしている漫画をきちんと描ききるべきなのです。
ウケないのはむしろ描きたいことを深く描いていないからであって、ブレずにどんどん突き詰めていく方がよい、というのが僕の考えです。
プロとして「売れないといけない」というプレッシャーはありますが、「こんな地味で不細工なキャラクターが世の中に受け入れられるんだろうか?」と不安に思っても、その漫画の「基本四大構造」がちゃんと融合していれば、意外と大丈夫なものです。
でも、ヒットするかしないかなんて、売れている漫画家が本当にわかって描いているかと言えば、そんなことないんじゃないかな……と、僕は思っています。
漫画・イラスト/書籍『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』より
写真/shutterstock
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