「それでも僕はアナログで漫画を描き続けていきたい」荒木飛呂彦が見据える漫画におけるデジタルとAI、日本文化の未来とは
集英社オンライン / 2025年1月27日 18時0分
〈「芸術か商業かの選択は漫画家の生き方が問われるところ」という荒木飛呂彦が警鐘を鳴らす、漫画家をダメにするトラップとは〉から続く
世界的にも評価される『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦氏。中でも、その絵の芸術性の高さと独創性はひと目見ると忘れられないほど印象的である。
デジタル全盛の今でも手書きにこだわるという作品作りに対する想いと、日本の漫画文化の将来への率直な気持ちを、書籍『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』より一部を抜粋・再構成しお届けする。
絵を描く喜び
『ジョジョ』第9部「The JOJO Lands」の連載を始める前、舞台となるハワイに取材に行き、何万枚も写真を撮ってきました。その写真をスキャンしてデータ化し、それを見ながらあえて手で描いています。
手間はかかりますが、データを加工した絵では自分の世界観を出せないと思うからです。特に植物や動物のような生命体、岩や雲といった自然物は、やはり自分で描かないとキャラが出てこない感覚がありますし、世界観を出すためにもアシスタント任せにせず自分で描きたい部分と言えます。
とはいえ、僕もデジタルをまったく取り入れていないわけではありません。デジタルツールは漫画を描くための道具のひとつですから、たとえばアシスタントが背景などを描くとき、僕が撮影した写真をソフトに取り込んで加工したデータを使っています。
ただそのままだと、そこだけなんだか無機質になって、立体感も出ないので、仕上げには必ず人間の手を入れます。しかし今後、AIがさらに進化していけば、そうした欠点も解消され、人間が手を加える余地はどんどん少なくなっていくでしょう。
道具という意味では、デジタル技術はもっともっと発展していってほしいですし、いずれ頂点を極める日も来るのだと思います。
そうなったら、人間は絵を描けなくていいのかと言えば、そんなことはないと僕は思います。デジタルは便利かもしれませんが、しょせんは道具なので、それを使いこなせるだけの技術を身につけておくにこしたことはありません。
ソフトでそれなりに描けてしまうように思えても、「こいつ、絵が下手だな」というのは見ているとすぐわかります。打ち込みが多用される音楽の世界でも、実際に楽器を弾ける人とそうでない人とで曲のクオリティは全然違うと聞いたことがありますが、それと同じだと思います。
また、デジタルには詐欺師が容易に入り込んできますから、それを見抜くためにも、アナログで描けるというのはやはり大事です。
それでも僕はアナログで漫画を描き続けていきたい
漫画をデジタルで描くことが普通になっていく中で僕が心配しているのは、画材の質が落ちていること、さらには画材そのものがなくなりつつあるということです。ずっと使ってきたお気に入りの絵の具は生産中止になっており、在庫を買い占めざるを得ない状況です。
たとえば青なら青で本物の色を出すためには高価な材料を使う必要があるので、採算がとれないと、粗悪な材料で代替されてしまったり、生産がストップしたりするのです。まだデジタルではアナログのような色は出せないので、今持っている在庫がなくなったら本当に困ってしまいます。
こういうことは僕だけがこだわっていて、読者は「漫画がおもしろければ、別に色の出方なんてどうでもいいよ」と気にしないかもしれません。
それでも僕はアナログで漫画を描き続けていきたいと思っています。今のところ自分で描いた方が速いということと、原画の存在感や手描きの絵のライブ感、描いたときの感動を味わいたいという気持ちが強いからです。
カラーを描くのは、正直面倒だし、締め切りも早まるので大変なのですが、さまざまな色をああでもない、こうでもないと実際に塗っていって、「お、こんなふうになるのか!」という新鮮な発見があるのがとても楽しいです。
その感覚は、料理をしていて「こうするとおいしいかな」「あれ、ちょっと何か違うな」「なんだか臭いぞ、この臭みはどうすれば取れるかな」などと試してみて、出来上がった一皿の意外な味に驚くのと似ているように思います。
しかし、そうやってこだわってカラーの絵を描いても、実際に印刷されたときにオリジナルと同じ色味が出るということはまずありません。しかも、人気がなくて雑誌の後ろの方に掲載されたりすると、印刷時にインクがかすれるなど、ますますひどい状態になってしまうこともあります。
そう考えると、「この隣に黄色を置いたらどうなるかな」「この色とこの色を混ぜたら、どういう感じになるかな」という工程には意味がないのかもしれません。
でも、僕はそれでもかまわないと思っています。表紙の絵を描くときは、「せっかく選んでもらったのだから、雑誌の売れ行きがよくなるような絵を描かないと」と力が入りますし、単行本でも「書店で平積みされたとき、隣に並んでいる本に負けたくない」と、一生懸命、表紙の絵を描きます。
何が「負け」かというのはともかく、いろいろな本が並んでいる中で「沈んでいる」ように見えるのは嫌なのです。
漫画と日本文化の将来
今の時代、娯楽の中で漫画が占める位置は以前ほどではないかもしれません。それでも、漫画はアニメやゲームなどエンターテインメントのベースになっていますし、ファッションの潮流にも影響を与えるなど、漫画はさまざまなカルチャーの源と言えます。おそらく漫画というジャンルそのものが衰退することはないでしょう。
だからこそ、もっと漫画界が盛り上がってほしいと思います。
「漫画ってなんだろう」と改めて考えてみると、その本質は日本美術の文脈に則った文化だということに行き着きます。
有名なところでは「鳥獣戯画」などが思い浮かびますが、漫画は古代以来の日本の絵画から生まれ、日本の文化が育ててきたもので、そこには、絵師のような日本独特の絵を描く職人システムも含まれますし、絵の技法や表現もやはり日本ならではのものがあります。
アメリカやフランスにも漫画はありますが、それらと日本の漫画の決定的な違いは、西洋絵画とは異なる日本独特の絵画技法、たとえば葛飾北斎の浮世絵が平面にものすごいスケール感を感じさせるように、平べったいのに何か動いているような感じを線で表現したり、そういう線で自然物や目に見えないものまで描いてしまったりするというところだと思います。
手塚治虫先生が偉大なのは、あの膨大な作品群を生み出したことに加え、そうした日本的な漫画の表現にさらに「感情」を入れていったことです。海外の漫画はストーリーだけを追っていく仕立てですが、手塚先生以降の日本の漫画は、ストーリーが展開していく中に登場人物たちの心情や人間の美しさをぐっと入れていき、独特の情感を感じさせます。
そういう漫画の伝統はイタリアの芸術やハリウッドの映画にも匹敵する、日本ならではの世界に誇る文化と位置づけるべきものでしょう。にもかかわらず、日本で漫画は「クールジャパン」のコンテンツ的なサブカルとして低く見られがちなのは、もどかしい限りです。
漫画の価値が正当に評価されない状況が続けば、今後、漫画文化の拠点は外国に移っていくかもしれません。
デジタル化が進んだおかげで、世界中で漫画が読まれるようになり、より多くの人に漫画が愛されるようになったこと自体はとても喜ばしいと思っています。『漫画術』が世界各国で翻訳されているのも、「漫画を描きたい」という海外の人が増えているからだと思いますし、日本の漫画に影響を受けて、世界で漫画文化が発展していくと考えるとワクワクします。
そうした海外での漫画の隆盛を見るにつけ、日本も漫画をもっと大切にしてほしいな、と思います。漫画は日本文化の文脈から生まれたものなのですから、これからも世界の漫画文化を牽引していくためにも、その最大の発信地は日本であり続けてほしいです。
漫画・イラスト/書籍『荒木飛呂彦の新・漫画術 悪役の作り方』より
写真/shutterstock
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