兄は50年近く服役して獄中死…95歳妹は今なお“疑惑の死刑判決”撤回を訴え続け「裁判長は私が死ぬのを待っている」〈名張毒ぶどう事件〉
集英社オンライン / 2025年1月22日 18時0分
半世紀以上にわたり、死刑判決の再審請求を棄却され続けている事件がある。1961年の「名張毒ぶどう事件」だ。当該事件は、検察による自白強要や供述の改ざん、証拠の捏造や隠蔽が指摘されているものの進展は見られない。その間、死刑囚とされた奥西勝氏は、獄中で非業の死を遂げた。
【画像】長年事件を取材した『いもうとの時間』の鎌田麗香監督
事件から60年以上経った今年1月、無実を訴え続ける遺族に迫ったドキュメンタリー映画『いもうとの時間』が公開された。今作を手がけ、長年事件の取材を続けた東海テレビ放送の鎌田麗香監督に話を聞いた。
一審無罪から、二審死刑の真相
「名張毒ぶどう事件」は1961年3月、三重と奈良にまたがる小さな集落・葛尾で起きた。村の懇親会で振る舞われたぶどう酒に農薬が混入しており、女性5人が死亡、12人が傷害を負った。
殺人罪などの嫌疑をかけられたのは奥西勝氏(当時35歳)。死亡した5人の中に本妻と愛人がいたことが引き金となり、奥西氏が「三角関係を精算したかった」と自白したことで起訴にいたる。
しかし、自白は強要されたものだった。加えて、検察側の作為ある供述変更が指摘されたことで、一審では無罪が認められた。
その後、裁判は二審に進んだものの、親族は無罪を疑わなかった。容疑を裏付ける証拠が自白のみで、潔白を証明する住民の証言も得ていたからだ。
たが、二審判決は死刑だった。ことの経緯を鎌田麗香監督が説明する。
「奥西さんの供述書には、取調官から『家族が村落民によって迫害されて大変苦しんでいる。家族を救うために早く犯人だと自白する事よりほかにない』と綴られています。奥西さんの妹・美代子さんは当時、近隣住民から家族の墓を荒らされたと話していました。
では、なぜ二審で判決が翻ったのか。あくまでも憶測ですが、世論が影響したと考えています。当時、不貞を続けていた奥西さんに対して、記者や報道の風当たりは強く、奥西さんの声を取り上げた取材報道は確認できなかった。妬みや偏見から歪んだ空気感が膨らみ、逆転死刑判決につながったと感じています」(鎌田監督、以下同)
「奥西さんは村全体の犠牲となった」
奥西氏が逮捕、起訴されて以降、奥西氏の母は“殺人犯の家族”とされ、村八分にされて故郷を追われた。家のガラスは割られ、室内に侵入されて柱に頭を打ちつけられるなどの暴力行為も受けた。
当初は、奥西氏の潔白を証明する村人の証言もあったものの、起訴されたことで世間からの目は豹変した。
「事件が起きた葛尾は、約20世帯の小さな集落でした。時代的にも親戚とお見合い結婚するのが自然で、いわば誰かが誰かの親戚で、村全体が家族のような雰囲気だったそうです。
だからこそ村落民は、奥西さんを犯人と仕立てた方が都合がよかった。奥西さんではない別の真犯人が出ると、誰かが同じ身内を殺害したことになり、村落が混乱してしまう。閉塞的な田舎社会では、たとえ誰かが冤罪で犠牲になっても、村全体を守るためには仕方ない。そんな暗黙の了解があったのではないでしょうか。
その犠牲が奥西さんだった。事件の周辺人物で、それらしい犯行動機があるのは、三角関係を続けていた奥西さん以外に考えられない。他に真犯人だと目されている人物はいたものの、決定的な証拠は見つかっていません。
事件の供述に矛盾は多々、感じるものの、事件を掘り返したくない村の事情に、死刑判決が後押しする形となり、奥西さんが冤罪を被る形となったのではないでしょうか」
袴田事件と名張毒ぶどう事件の異なる点
名張毒ぶどう事件はその後、度重ねて再審請求が行われた。その間、ぶどう酒に混入していた農薬が自白とは別の物質であること、周辺人物の行動時間に矛盾が生じていることなど、冤罪を裏付ける証拠がいくつも提出された。
ただ、再審請求は棄却され続けた。2005年には一度、再審開始が決定して、死刑執行も停止されたが、2012年に振り出しに戻る。
「奇しくも、死刑執行が停止されていた期間、奥西さんは釈放されませんでした。なぜ解放されなかったのか真相は謎ですが、おそらく再審請求を決定した裁判官に、釈放する発想がなかっただけかと思います。
一方、袴田さんは、再審開始が決定した2014年に釈放が認められています(死刑囚が再審開始決定と同時に釈放されるのは初)。以降、袴田さんは、姉の尽力を借りながらメディアに露出を続けた。それも無罪を勝ち取った一因になったはずです。
もし奥西さんが釈放されていれば、袴田事件と同様に、判決の様相は変わっていたかもしれません」
奥西氏は2015年に獄中で非業の死を遂げる。
現在、名張毒ぶどう事件は、第11次再審請求の準備段階だ。
進展の鍵を握るのは、証拠の開示にあると弁護団は見る。検察が警察に送った資料には、非開示の箇所が頻出しており、いかに証拠を掴むかがポイントとなる。
同時に、残酷なのは、再審請求の時間が限られているところだ。刑事訴訟法439条によれば「有罪判決を受けた者が死亡した場合、再審請求は配偶者や直系の親族及び兄弟姉妹ができる」とある。奥西氏の場合、この権利に該当するのは妹・美代子氏のみ。つまり美代子氏が亡くなれば、真相は闇に葬られる。
美代子氏は、御年95歳。映画のワンシーンでは、美代子氏が美容室を訪れ、白髪を染めながらこう話す。「あんまり白髪の頭しとったらな、裁判長が“えらいおばあさんやで、もう死ぬまで待ってろ”って。ええ結果くれんやろって」。美代子氏は冗談ぽく笑うが、あたかも法曹が美代子さんの死を待っているかのように映る。
「新しい証拠を提出しても、棄却決定しか出さないなら、一刻も早く証拠開示を明示するべき。袴田事件の無罪判決が出て、再審法改正の動きも見られる今、映画の公開が後押しになれば」と鎌田監督は声を大にする。
取材・文・撮影/佐藤隼秀
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