〈小池大橋飲酒運転事故から25年〉「危険運転致死傷罪」成立のきっかけになった19歳少年の死亡事故… “怒り”を支えに生きた被害者遺族の安らぎとなったものとは
集英社オンライン / 2025年1月22日 11時0分
〈〈東名高速飲酒運転事故から25年〉幼い娘たちを失った夫婦が「危険運転致死傷罪」の厳罰化に反対する背景「逃げ得をする人が増えるばかり」〉から続く
“社会で失われていく生命”に焦点をあてたアート展・「生命のメッセージ展」。それは、2000年4月9日に飲酒・無免許・無車検の暴走車によって息子を奪われた鈴木共子氏の呼びかけによって始まった。「危険運転致死傷罪」成立のきっかけとなった、「小池大橋飲酒運転事故」から25年が経とうとしている今、鈴木さんの願いとは。〈前後編の後編〉
【画像】「危険運転致死傷罪」成立のきっかけとなった37万4339人による署名
早稲田大学での授業を一度も受けることなく…
等身大の人型パネルに、故人が履いていた靴が添えられている。赤のフェルトで製作されたハートがそのパネルの肩口あたりにそっと灯る。パネルの近くには、腰をかがめ、故人の人生についての記述を熱心に読む人がいる。
この人型パネルはメッセンジャーと呼ばれ、今生きている人たちに故人のメッセージを伝える役割を担う――生命のメッセージ展での光景だ。
「生命のメッセージ展」は全国にある各種学校や自治体施設、ときには刑事施設や少年院などあらゆる場所で現在も行われている。
鈴木共子氏は2000年に息子の零くんを亡くした。加害者は飲酒運転に加え免許もなく、車検も切れていたという。事故現場は橋の上だったため、零くんは20メートル近く下のコンクリート土手に叩きつけられ絶命した。
鈴木氏は当時をこう振り返る。
「零は憧れだった早稲田大学へ入学したばかりでした。夜遅く、友人とともに我が家へ向かうところを、パトカーから追いかけられて逃げようとする加害者の車両にはねられ2人とも亡くなりました。あれほど楽しみにしていた早稲田大学での授業を一度も受けることなく、死んでしまったのです。
私は突然の出来事に衝撃を受け、『なぜ息子がこんな目に遭わなければならなかったのか』という悲しさや苦しさに翻弄される日々が続きました」(鈴木共子氏、以下同)
鈴木氏をさらなる絶望へ叩き落としたのは、刑事裁判における量刑相場だった。
「法律に無知な私は、加害者が何十年も刑務所に入るだろうと信じていました。しかし当時は、どんなに危険な運転によって起きた事故であっても業務上過失致死罪で裁かれ、最高刑は5年でした。生命に無関係な横領罪や詐欺罪の最高刑が10年であることと比較して、理不尽であると感じました」
事件から2カ月後、鈴木さんは「悪質ドライバーに対する量刑見直し」の署名活動を始める。
「それまでは、『交通事故は事故だから仕方がない』と泣き寝入りに等しい状況がありました。しかし全国の交通事故遺族とともに立ち上がり、地道に署名活動を続けたことで、現在の危険運転致死傷罪の新設に繋がりました」
もっとも、危険運転致死傷罪は万能ではないと鈴木さんは指摘する。
「危険運転致死傷罪を適用するためにはかなり厳格な立証をしなければならず、不便な側面があります。せっかく法律があっても適用できなくては意味を持ちませんので、私たちはこれからも飲酒運転を『他人事ではない』と思ってもらうために活動を続けていく必要があります」
生きている人たちに対して、モラル意識を訴えることの重要性
鈴木さんは、法律論のみを駆使せず、アートを織り交ぜながら人々に対して訴えかけていく。その根底には、こんな思いがあるからかもしれない。
「零が亡くなったとき、手元に残ったのは早稲田大学の履修届けでした。あれほど学びたかった大学でのキャンパスライフを送ることが叶わなかった息子を思って、私は早稲田大学へ入学することにしました。それは私にとって『息子を生きる』決意でした。19年間の子育てののち、それ以上の時間を息子に育てられたと思っています。
もちろん、厳罰化を訴えて実現させることも大切です。しかし同様に、今生きている人たちに対してモラル意識を訴えていくことも大切だと私は考えています。それを形にしたのが生命のメッセージ展であり、そこで息子を生かし続けたいと強く思いました」
生命のメッセージ展は、犯罪被害者を中心としてはいるものの、さまざまな理由で家族や知人の命を奪われた人たちが集う場所になっている。
「私は長年、ジェンダー・環境破壊など、社会性のあるテーマで制作・発表をしてきました。その延長に生命のメッセージ展もあります。生命は誰にとってもかけがえのないものであることを、改めて多くの人たちに知ってもらえたらと考えています。
そのためには、亡くなり方を限定することをせず、たとえばいじめを苦にした自死であったり、震災による死亡であったりしても、同じ志をもつ仲間だと考えています」
安らぎを求めた末に見つけたアート
2007年には映画『0からの風』が製作され、田中好子さんや杉浦太陽さんなど有名俳優が起用された。言うまでもなく、タイトルの「0」(ゼロ)は亡き零さんを表している。
「映画という訴求力のある媒体によって、より多くの人たちが真剣に考えるきっかけになってほしいと考えました。また、映画のなかで零を蘇らせるという私自身の慰めにも繋がっています」
この映画製作によって、またひとつ具現化された鈴木さんの思いがある。
「東京都日野市にある廃校となった学校を利用して、常設展である“いのちのミュージアム”を立ち上げました。そこでさまざまなアート展を行い、主に地域の子どもたちに見てもらうことによって、生命の大切さについて考えてほしいという意図があります。
ひとりひとりが思いやりを育み、生きることに誠実であり続ければ、誰も犯罪に手を染めない社会に近づけるのではないかと思っています」
鈴木さんの穏やかで力強いアートへの情熱は、世間が抱いている慟哭する犯罪被害者像と異なるかもしれない。
「事件を赦すことはないし、それは変わりません。私も加害者に怒り、法制度に怒り、社会に怒って生きてきました。怒りが私を支えた部分が確かにあります。
しかし一方で、怒り続けることは非常に苦しくもあります。私はどこかに安らぎを求めてもいました。そこで生まれたのが、アートという発想だったのかもしれません。犠牲者を『メッセンジャー』と呼び、新たな生命を吹き込むことで、その人たちは役目をもって生きることができます。絶対にどんな生命を無駄にしないという決意でもあります。
生きたくても生きることのできなかったメッセンジャーたちの存在を通して、生きている奇跡、生命の輝きを感じ取ってもらえたら、と思っています」
不条理な死を前に、どう行動するかは人によって異なる。闘って傷つき、追い詰められた精神状態のなか、鈴木氏はアートに託した。言葉にできないあらゆる感情を芸術が届け、次の世代の規範意識に繋がる未来を信じて。
#1 〈東名高速飲酒運転事故から25年〉幼い娘たちを失った夫婦が「危険運転致死傷罪」の厳罰化に反対する背景「逃げ得をする人が増えるばかり」 はこちら
取材・文/黒島暁生 写真/鈴木共子氏提供
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