他者とのつながりが薄い人ほど依存症になりやすい? 依存性が強いモルヒネ水を使ったネズミの実験からわかる、アルコール依存症患者との向き合い方
集英社オンライン / 2025年1月28日 17時30分
仕事は失い、家庭は崩壊、ひとりぼっちになって孤独死。あるいは生きるのが虚しくなり衝動的に自ら命を絶つ。これらは決して大袈裟ではない、アルコール依存症患者が辿りがちな道だ。そもそもなぜ「アル中」患者はお酒をやめることができないのか。
【画像】人は何かに依存して生きている。お酒以外の依存といえば‥‥
書籍『だから、お酒をやめました。』より一部を抜粋、再構成し、治療に携わる医師に依存するメカニズムを解説してもらう。
依存症のメカニズムとは
依存症とは何か。その正体について、国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師にレクチャーをお願いした。松本医師は日本で数少ない、依存症の治療を担うドクターである。覚せい剤等の薬物の依存症が専門だが、アルコールもエタノールという薬物である。
松本俊彦医師は言う。
「統計上、他者に対する暴力や迷惑行為を働く薬物として、断トツに危ないのはアルコールです。脳の萎縮や臓器障害も、アルコールが最も深刻に影響が出ます。大麻とアルコールを比較すると、身体にはアルコールのほうが悪いと思うのですが」
お酒はコンビニでいつでも手に入るが、大麻の所持・使用に関しては、大麻取締法違反での厳罰は周知の事実だ。
「アルコールは大多数の国民に好まれています。アルコールを禁止すると、大衆の不平不満が渦巻く。だからお酒に対しては寛容なんです。つまり薬物の合法非合法について、医学にもとづいた合理的な区別はないのです」
松本医師は依存症の説明をするとき、欧米の実験心理学の研究者が行なった実験の結果を例に挙げる。それはこんな実験である。
32匹のネズミをランダムに2グループに分ける。
一方のグループの16匹は1匹ずつ牢獄のような檻に閉じ込める。
他方の16匹はまとめて広い場所に集め、おもちゃを与え、コミュニケーションや交尾もし放題、ネズミたちの楽園を形成する。
最初の4日間は両方のグループとも依存性の強いモルヒネ水を与え、5日目からはモルヒネ水と水を与える。
さて、モルヒネ水の消費量が多いのはどちらのグループか。
断トツで檻に閉じ込められたネズミだった。楽園のネズミはほぼ全部がふつうの水を選んだ。楽園のネズミはモルヒネ水の快楽より、仲間とのコミュニケーションが楽しかったのだろう。
次に檻のネズミのうち、1匹を楽園のネズミたちの中に移してみる。最初は片隅でモルヒネ水を飲んでいるが、そのうちに他の仲間に受け入れられ、輪の中に加わり、ふつうの水を飲みはじめる。
しばらくすると、どれがモルヒネ中毒のネズミかわからなくなっていった。
この実験から、コミュニケーションの輪から外れ、孤独でしんどい状態に置かれると、依存症になりやすいことが見えてくる。またこの実験は依存症からの回復のヒントを与えてくれる。
それは、孤独にさせてはいけない、みんなで包摂することが大切だということだ。
そもそも人は、何かに依存して生きている
「戦前、アルコール依存症といえば人格破綻者で、『治らない、治療お断り』の状態でした。戦後、AA(アルコホーリクス・アノニマス)や断酒会やお互いに支え合う自助グループが普及し、アルコール依存症の克服が現実化した。自助グループには社会的に発言する人も多く、アルコール依存症への偏見も、徐々に払拭の方向に動きました」
松本俊彦医師は、そもそも依存症という言葉が好きではないと話を続ける。
「『自己責任だ』『自立しろ』とか、依存がいけないかのような言葉を、近年よく耳にしますが、そもそも人は、何かに依存して生きています。例えば仕事のあとの一杯のビール。コーヒーやタバコで一服して気持ちを切り替える。友人や家族や恋人との会話を楽しみ、ときには愚痴を聞いてもらいストレスを軽減したり。自立している人は、いろんな依存先があるものです。
治療を必要とする依存症者は、人に愚痴ったりボヤいたり助けを求めたりせずに、化学物質だけで自分を支えようとする人たちです。依存症とは、『安心して人に依存できない病気』と言えるかもしれません」
覚せい剤に関して厳罰主義の日本では、1回でもやればその目くるめく快感のために中毒になってしまう恐ろしい薬物。「ダメ。ゼッタイ。」「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」等々、覚せい剤追放キャンペーンの標語が繰り返し喧伝され、人々の頭に焼き付いている。
だが……。
「ある調査によると、遊び心で手を出しても、覚せい剤の依存症になるのは15%程度だといいます。人間は飽きっぽい。目くるめく快感といっても、依存症に陥る人は限られていることが想像できます」
ではなぜ、医療の支援が必要なほど、アルコールを含め薬物の依存症に陥ってしまうのだろうか。
「すべての依存症が当てはまるとは言えませんが」と前置きし、松本医師は「自己治療仮説」という、米国の研究者が提唱した依存症の深層心理を解説する。
Addiction(依存症)の反対語はConnection(コネクション)=つながり
「なぜ、自分で抑止がきかず飲酒してしまうのか。根底には子供時代のつらい体験があるのではないか。自分の中にずっとあるつらい体験、それを薬物が緩和してくれる。つまり依存症の本質は薬物から得られる快感ではなく、人が内に秘めた苦痛の緩和なのではないか。薬物依存の患者さんと向かい合っていると、『なるほどそうだ』とこの説にうなずけます」
顕著な例を挙げれば、子供時代に受けた虐待やDVやネグレクト等、心的外傷の苦痛。それらを薬物で紛らわし、一時的に苦痛を遠ざける。薬物依存症者にそんな心理が横たわっているとするなら、薬物を抑止できない理由もうなずける。
覚せい剤等の薬物に対する厳罰制度にも、松本医師は批判的である。
「薬物依存症者の拘束は意味がありません。厳罰化は薬物使用を隠すことにつながり、患者の医療へのアクセスを妨げます。2023年6月、国連人権高等弁務官事務所は『薬物問題の犯罪化は当事者を孤立させ、医療とのつながりを断ってしまう。
排斥されている人たちが、ますます偏見にまみれ、社会の片隅に追いやられてしまう、即刻やめるべきだ』と、声明を出しました」
厳罰制度に一石を投じるかのように、松本医師たちのグループは、2006年にSMARPP(スマープ)というグループ治療のプログラムを考案した。2016年には診療報酬加算の対象になっている。
このプログラムの主眼は、患者の多くが自助グループにつながることを目的としている。そして一番の特徴は〝安心して覚せい剤を使いながら、更生できるプログラム〟であるという点だ。
松本医師は言う。「これまでの『やめなければダメだ』というプログラムでは、患者が医療機関に来なくなってしまう。依存症の患者に共通して言えるのは、『やめろ』と言って、やめる人はいないという現実です。薬物の依存症は治療を長く続けた人ほど、成績が上がるという研究結果が得られています。薬物依存症の治療は継続がすべてです。薬をやりながらでも、諦めずプログラムに通い続ける。それによって薬を断っていく」
近年、「依存症」という言葉が流行語のように氾濫しているが、
「『依存症』という言葉には、人の行動を監視し、コントロールしたい思惑が隠れている気がします。子どもが寝食忘れて勉強していても親は騒ぎませんけど、それがゲームだったら『病気』だと決めつけたがる。
すぐに『依存症』だと、決めつける世の中はよくないと僕は思っています。すでにお話ししましたが、人間は依存症的なものを持ちながら生きている。度を越した依存に対してはサポートが必要ですが、『覚せい剤を1回やったら人生終わり』『アルコール依存症者は人格破綻』という社会より、『薬物依存の人の気持ちもわかるし、回復の方法もあるんだよ』と、広く世の中に知れ渡ったほうが、よりいい社会になると僕は思いますね」
最後に松本医師は、依存症に取り組む米国のジャーナリストの言葉を引用する。
「英語で依存症はAddiction(アディクション)、これの反対語は何でしょうか。Sober(ソバー)=シラフ、Clean(クリーン)=薬を使ってない状態、そうじゃないよね。
Addictionの反対語はConnection(コネクション)=つながり。人とのつながりがないほど依存症になりやすいし、依存症になるとますます孤立してしまう。
薬をやめることを強調する前に、薬物依存症者を孤立させない、自助グループにつながることができる社会的な環境作り、それが大切なんだと思います」
協力/国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長 同センター病院薬物依存症センター長 松本俊彦さん
文/根岸康雄
写真/shutterstock
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