〈ウクライナ侵攻から3年〉極右の元プロサッカー選手がジョージア大統領に就任…親ロシア政権誕生で抗議運動が激化する近隣国の現在地
集英社オンライン / 2025年1月25日 11時0分
〈爆音と人が死んでいく恐怖の中での生活しか知らない子どもたちに、ダンスを教えるウクライナ人女性「言葉では表現できない。だから踊る」という理由〉から続く
旧ソビエト連邦のジョージアで昨年12月29日に極右の元プロサッカー選手、カベラシビリ大統領が就任した。強硬な反欧米で知られる新大統領の就任で国内は混乱に陥っている。現地を訪れたフォトグラファーの児玉浩宜氏が、緊迫する現地レポートをお届けする。
反スパイ法、反LGBT法…ロシアを追随した政策が相次ぎ成立
ワイン発祥の地のひとつとして知られ、郷土料理「シュクメルリ」が大手牛丼チェーンやコンビニで販売されるなど、日本でその魅力が知られつつあるジョージア。
いまそのジョージアが大きな岐路に立っている。EU加盟を目指すのか、親ロシア路線を選ぶのか。ロシアによるウクライナ侵攻からまもなく3年。その余波が近隣国のジョージアにも深刻な影響を与えている。
EU加盟はジョージアにとって長年の悲願だった。背景には、2008年のロシアとの国境沿いにある南オセチアとアブハジアへの軍事侵攻(ロシア・ジョージア戦争)という痛ましい出来事がある。ロシアは「親ロシア系住民の保護」を名目に南オセチアとアブハジアへ軍を派遣し、独立を一方的に承認。ジョージアは領土の約2割を失った。
さらにウクライナ侵攻がジョージア国民の危機感を高め、EUおよびNATO加盟を目指すようになった。2023年にはEU加盟候補国として承認され、希望が膨らんだが、それも束の間だった。
翌年、与党「ジョージアの夢」のコバヒゼ首相がEU加盟交渉の中断を発表。市民の期待は裏切られ、怒りが爆発したのだ。
ジョージアの首都トビリシにある議会前のルスタベリ通りには、毎晩市民が集まっていた。「私たちはロシア人ではない! EUの一員だ!」と市民が叫ぶ。当時は治安当局との衝突で多くの逮捕者が出るほどの騒動だったという。
現在でも夜が更けると群衆は数千人規模に膨れ上がり、議会に向かって「裏切り者!」と怒りの声が響き渡る。
この混乱は突然起きたものではない。昨年、外国資金を受ける団体を規制する「反スパイ法」や、性別適合手術やLGBTに関する宣伝などを禁止する「反LGBT法」が成立した。いずれもロシアの政策を追随した内容だ。
さらに昨年10月の議会選挙では、与党が勝利を宣言をしたものの、選挙監視団から不正の疑いが指摘され、親欧米派のズラビシビリ大統領(現在もカベラシビリ大統領を選出する議会選挙が行われた際に不正があったと主張。議会選挙のやり直しを求めている)はロシアの影響があったと選挙結果を非難した。この議会選挙を受けて再任されていたコバヒゼ首相は「28年までEU加盟交渉の開始を議題にしない」と発表し、事実上の交渉凍結とみられる。
こうした国内の政治に対して、国民の怒りがついに頂点に達した。市民のデモは治安部隊との衝突に発展し、催涙弾や放水が使用され、多数の逮捕者と負傷者を出した。現在も与党は「EU加盟を目指す方針は変わらない」と主張するが、真意かどうか疑念は払拭されていない。
10万人超のロシア避難民の影響で家賃が倍増
そんな混乱の中、12月14日に大統領選挙が行なわれた。ジョージア史上初の間接選挙で、野党がボイコットを表明する中で実施。与党が擁立したカベラシビリ氏が選出された。
大統領選出後、首都にある議会前の集会に参加していた男性に意見を聞くと「カベラシビリ? そんなやつは知らない」と吐き捨てるように言い、別の男性は「あいつはただの操り人形だ。悪党が背後にいる」と苛立ちを隠さない。
政府がロシア寄りの姿勢を推し進めるのは、与党「ジョージアの夢」の創設者であり実質的な最高権力者とされるイワニシビリ元首相が政界の黒幕として君臨しているためだ。ソ連崩壊後、ロシアで巨額の財を築いたイワニシビリ氏は、絶対的な権力を維持するため、欧米の干渉を避け、ロシアとの関係を深めているとみられる。
集会に参加していた学生のリザさんは、真剣な表情で訴えかける。
「抵抗をやめれば、明日にはもっとひどい状況になっています。今後、政府は言論の自由や集会の自由を制限するでしょう」
学生のティモさんも同調する。
「EUに加盟し、よりよい教育を受けることが私たちの国の未来を保証する唯一の方法です。しかし与党は自分たちの金と権力のことしか考えていない」と話す。
ウクライナ侵攻の影響はジョージアの抱える矛盾を浮き彫りにした。2008年のロシアによるロシア・ジョージア戦争以降、政府はロシアとは公式には断交してきたものの、経済や人の流れの結びつきは断たれていない。
その結果、自国の戦争を避けるロシア人の避難先となり、2022年に始まったウクライナ侵攻後には10万人を超える移住者を受け入れることとなった。物価の安さやロシア語が通じる環境、ビザなしで1年間滞在できることが主な理由だ。
特にIT技術者などの高所得者層の流入が不動産価格を急騰させ、首都トビリシでは家賃が倍増。そのせいでジョージアの多くの学生や地元住民が住居を失うという事態に陥った。こうした状況が続いたことで、国内でのロシアへの嫌悪感はいっそう深まっている。
一方、抗議運動にすべての人が賛同しているわけではない。私が宿泊していた宿のオーナーは「毎日のデモにはうんざりだ。隣はロシアだろう。敵対して戦争をするわけにはいかないだろう。ジョージアのような小さな国はうまくバランスを取るしかないんだ」とため息をつく。
ジョージアという国が存在し続けるためにはロシアという大国とのつながりを切り離せないというジレンマがあるようだ。
強硬な親ロシア派政権を止めるためには…
ジョージアに移住したロシア人は、今の状況をどう見ているのだろうか。
トビリシ在住のロシア人男性に話を聞こうとしたが、「話す気にはなれない」と断られた。同部屋に住むベラルーシ国籍の女性が男性の心情を代弁してくれた。
「私たちを受け入れてくれていることに感謝しています。でも、もし抗議が続いて反ロシア的な政権が誕生すれば、私たちは国外退去させられるかもしれません。それでも、ジョージアは私の故郷のようになってほしくありません」
彼女はロシアのウクライナ侵攻に協力するベラルーシでの暮らしに、罪の意識に耐えられず、昨年ベラルーシの首都ミンスクを離れ、ジョージアに移住してきた。彼女のような政治的移民は、ウクライナ、ロシア、そしてジョージアの間で揺れ動かされている。
一方で、抗議集会やデモに参加するロシア人もいる。地元メディアは、昨年末の激しいデモで逮捕された約450人のうち、少なくとも11人が外国籍であり、そのうち8人はロシア人だったとNGO(国際非政府組織)の発表を引用して伝えている。
今年初めに行なわれた集会の中では、ウクライナ国旗を掲げる人々の姿も目立つ。新大統領就任の抗議のためにウクライナのポルタバから駆けつけたというアナスタシアさんは逞しい口調で言う。
「ロシア、そしてプーチン政権に抵抗するためには、国籍を超えた連帯が必要なのです」
とはいえ、ジョージア市民が直面する現実は厳しい。選挙には不正が絡み、抵抗が激化すれば多くの逮捕者が出る。先行きの見えない不安定な状況は続く。「具体的な戦略を描くことはできない。ただ集まって声を上げ続けるしかない」と集会に参加するレヴァンさんは訴える。
彼らのようなデモ参加者が掲げるプラカードの多くは英語で書かれている。
国外へのアピールのためだ。昨年末、バイデン政権は与党創設者イワニシビリ元首相を制裁対象にすると発表。この発表後に大統領に就任したトランプ氏への期待を語る声も聞かれる。
ロシアによるウクライナ侵攻がもたらした影響は計り知れない。現在もジョージアでは反政府デモが続くなか、野党指導者やジャーナリストが襲撃されるなど不審な事件も起きている。EUや米国がすべてを解決するわけではないにせよ、多くの市民が声を上げ続けている今こそ、ジョージアが引き返すべきときではないだろうか。
取材・撮影・文/児玉浩宜
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