東西冷戦時代、英国Ml6からソ連のKGBに送りこまれた伝説の二重スパイがいた!
集英社オンライン / 2025年2月4日 7時0分
2000年に大統領に就任以降、ロシアの実権を握り続けているプーチン大統領。彼がいかなる人物なのかを解き明かすには東西冷戦まで遡る必要がある。KGB(ソ連国家保安委員会)とMI6(英国の秘密情報部)の二重スパイとして活躍したオレグ・ゴルジエフスキー氏が当時を振り返る。
【画像】ロシア政府によって暗殺されたアレクサンドル・リトビネンコ氏
本記事は書籍『プーチンに勝った主婦 マリーナ・リトビネンコの戦いの記録』より一部を抜粋・再構成したものです。
アレクサンドル・リトビネンコ氏=サーシャ KGBの元職員、英国に亡命しロシアに対する反体制活動家となったが、2006年英国でロシア政府によって毒殺された
マリーナ・リトビネンコ氏 アレクサンドルの妻 夫がロシア政府に殺されたことを裁判で証明した
私(著者の小倉氏)はマリーナ氏や周辺への取材を通じて、ロシア政府による暗殺の実態を明らかにしていく
世界を変えたスパイ
東西冷戦時代、西側の秘密情報機関にとってKGB(ソ連国家保安委員会)に自分たちのエージェント(諜報員)を潜入させるのは夢のような行為だった。その難しさはこう表現された。
「火星にスパイを常駐させるのと同じくらいあり得ない」
英国のMI6(秘密情報部)は1970年代から80年代にかけ、「火星」にスパイを送り込んだ。KGBの元ロンドン支局長、オレグ・ゴルジエフスキーである。
英国が受け取った機密情報は米国と共有され、西側はソ連に対し優位な外交戦を展開できた。英首相のサッチャーや米大統領のレーガンは、この謎の人物による情報を武器に、ソ連を弱体化させていく。英国のノンフィクション作家でスパイを扱った著作の多いベン・マッキンタイアーはこう書いている。
〈ごくたまに、スパイが歴史に大きな影響を与えることがある〉
英国によるナチス・ドイツの暗号解読で第2次世界大戦は少なくとも1年早く終わった。1930年代から40年代にかけてソ連のスパイが欧米の情報を入手し、スターリンは決定的に優位に立った。
〈そうした世界を変えた数少ないスパイの中に、オレグ・ゴルジエフスキーはいる〉
この伝説的二重スパイは1985年に英国へ亡命して以降、政府の保護を受けながら暮らしている。アレクサンドル・リトビネンコにとってはKGBの大先輩にあたるとともに、亡命ロシア人仲間でもあった。
リトビネンコは警察に対し、ゴルジエフスキーを「親友」と表現している。マリーナ・リトビネンコも、「世話になった人」としてその名を挙げた。
ゴルジエフスキーに会う際、条件を一つつけられた。住所を明かさないことだった。ロシアに狙われるのを今なお警戒していた。
私(著者の小倉氏)は2014年6月後半、ロンドン・ウォータールー駅から電車でサリー州に向かった。ウクライナ領クリミアをロシアが併合して3カ月が経過していた。伝説のスパイはロンドン郊外の住宅地に暮らしている。高いフェンスに囲まれ、大きな庭には樹木が生い茂っていた。
玄関の呼び鈴を押すと、年配の女性がドアを開け、丁寧な物腰で招き入れてくれた。
殺されることはわかっていた
「どうぞ、お入りください」
薄暗い書斎に通されると、大きな机を前に、白いあごひげをたくわえた老人が座っていた。薄赤色の半袖シャツに赤いつりベルトをしている。部屋には印象派の絵が何点かかけてあった。やや猫背の体を起こし、「ようこそ」と言って右手を差し出してきた。
暗殺の脅威は現実的である。2008年には(ゴルジエフスキーが)毒入りの睡眠薬を飲まされ、入院した。3日間意識不明となり、以降体力が減退したという。体調について聞くと、「何とか生きています」と言って笑った。
「以前、日本の秘密情報機関の方がここを訪ねてきましたよ。日本人の客はそれ以来です」
「ロシアのことを聞きに来たんですか」
「それと北朝鮮です。日本は領土を占領されているから、ロシアに関心があるのは当然です。それと北朝鮮のミサイルでしょう」
「会ってみて、どんな印象を?」
「ロシアについて大変詳しかったので驚きました。日本の諜報レベルを見直しましたよ」
本音なのか、外交辞令なのか。会ったばかりで判断できない。
改めてマリーナ(暗殺されたリトビネンコ氏の妻のマリーナ・リトビネンコ氏)からの紹介で来たと伝えると、かつて世界で最も影響力のあるスパイと言われたこの老人は相好を崩した。
「サーシャ(暗殺されたアレクサンドル・リトビネンコ氏)は以前、よく家族でここを訪ねてきました。この丘の上に美しいレストランがあります。マリーナと息子を連れてここに来ると、よくそのレストランで食事をした。暗殺されたアンナ・ポリトコフスカヤ(プーチン批判をしていたロシア人女性ジャーナリスト)と一緒に来たこともありました」
ポリトコフスカヤは当時から命を狙われていた。ゴルジエフスキーが「怖くないかい?」と聞くと、「心の中ではいつも震え、おびえています」と答えたという。暗殺されたのはその翌年だった。
「殺されるのがわかっていたように感じた。勇気ある女性でした」
リトビネンコが命を奪われてから、ゴルジエフスキーはマリーナの訪問を受けていない。
「最近はもっぱら電話です。彼女は若くて美しい。一人で来たら、うちのジルの機嫌が悪くなるのでね。焼きもちです。さっきの女性です」
ゴルジエフスキーは1990年代から、「ジル」と呼ぶ英国女性と暮らし、身の回りの世話をしてもらっている。
インタビュー時、ゴルジエフスキーは75歳である。その年になっても、マリーナを「美しい女性」と表現し、彼女の話題では笑顔になる。いくつになっても男は変わらない。
その後、マリーナにゴルジエフスキーが語った「焼きもち」について伝えると、「変な人ですね」と一笑に付した。
ゴルジエフスキーは外出する機会を減らしているが、ロシアを中心に海外のニュースは日々チェックしている。そのためリトビネンコの活動については、以前から認識していた。
「彼の亡命以前から知っていました。記者会見してベレゾフスキー(ボリス・ベレゾフスキー、実業家で英国に亡命していた)暗殺計画を暴露して話題になりました。とんでもなく危険な行為でした。91年のソ連崩壊から99年ごろまで、ロシアは確かに民主化を進めていた。だから大丈夫だと思ったのかもしれない。実際は96年ごろから民主化は停滞していたのに、サーシャはそのリスクを低く見積もったのでしょう」
リトビネンコの第一印象について、「実に健康そうだった。フィットネスに夢中で、毎日何マイルも走っていると言っていた。不思議なほどチェチェン人を愛していたのを覚えている」と言った。
ゴルジエフスキー自身、ロンドンに来たころはジョギングを趣味とし、ホランド・パークを走っていたという。最近は家でクラシック音楽を聴いている。読書も欠かさない。
民主主義を信じている
リトビネンコがこの「大先輩」を訪ねた理由は何だったのだろう。
「思想的、哲学的に私たちは同じ立場にいました。民主主義を信じているということです。KGBの人間で英国に亡命し、生き残っている者はほとんどいません。だからサーシャは私に聞きたいことや相談があったんです。特に生活資金を心配していた」
ゴルジエフスキーは1985年11月に現在の自宅を購入する際、英国政府が費用の半分を負担した。年金も十分もらっている。「火星に送られる」のと同等の危険な任務をこなしたのだから当然だろう。でも、リトビネンコはその対象となるのだろうか。
「私とは立場が違います。彼(リトビネンコ)がKGBでやっていたのは組織犯罪の捜査です。米国の連邦捜査局(FBI)に近い。私は主に対外諜報活動です。米国ならばCIAの仕事です。しかも、彼は外国のインテリジェンス(秘密情報)活動に協力したわけではない。ロシアを出国した際、米国に亡命を申請しながら拒否されたでしょう」
リトビネンコは亡命後、ベレゾフスキーから生活を支援してもらっていた。自宅を用意してもらい、息子の学費の面倒も見てもらった。それでも将来を心配したのだろうか。
「ボリス(ベレゾフスキー)に感謝はしていた。一方で誇りを傷つけられた部分もあった。健康で若いのだから、自分の力で家族を養いたい。彼はそう思っていたんです」
訪ねてくると、リトビネンコはとにかくよく話した。
「あんなにおしゃべりなエージェントは初めてです。簡単な質問をすると、本題に入るまでに時間がかかる。だから、彼との会話を嫌がる者もいた。それはよくわかります」
写真/shutterstock
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