〈トランプWHO脱退〉日本への影響は? 骨抜きの国際機関化で世界規模の格差拡大か「このままでは大きな混乱が生まれる」専門家が指摘
集英社オンライン / 2025年1月25日 9時0分
トランプ米大統領が20日、大統領令で、世界保健機関(WHO)からの脱退を表明した。最大の拠出国である米国が脱退することにより、日本や国際社会にどのような影響があるのだろうか。専門家に話を聞いた。
【画像】米国の脱退を「遺憾である」と声明を出したWHOの事務局長
トランプ氏、WHO脱退を表明
今月20日、トランプ米大統領がWHOの脱退を進める大統領令に署名した。
脱退の理由として「WHOが、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大や、そのほかの世界的な衛生上の危機への対処を誤った」と批判したうえで、人口が米国の約4倍に匹敵する中国(拠出額約2億ドル)に比べ、米国が求められる拠出額が多額(拠出額約9.5億ドル)なことを挙げた。
トランプ氏は第一次政権時代にも脱退を表明していたものの、その準備期間中に政権がバイデン氏に交代したことで、結果的にWHOに留まる形となった。
再び脱退を表明したトランプ氏に対し、WHOは「遺憾に思う」という趣旨の声明を発表。
声明では「疫病の根本原因に対処し、緊急事態の検知、予防、対応することによって、アメリカ人を含む世界の人々の健康と安全を守るうえで、重要な役割を果たしている」としつつ、「WHOとアメリカは70年以上にわたり、数えきれないほどの命を救ってきた。パートナーシップを維持するために建設的な対話ができることを期待している」とした。
トランプ氏はWHOの脱退表明のほか、米国に生まれたら無条件に米国籍を得られる「出生地主義」の廃止や「パリ協定」離脱、「米国を人工知能(AI)の世界首都にすることを目指す」など着任早々、大統領令を連発している。
そもそも「大統領令」とは、どれほどの権限を有しているのか。米国政治を研究する成蹊大学法学部の西山隆行教授に話を聞いた。
「大統領令とは、『署名一つで政府や軍に命令できる強力な権限』ともいわれますが、あくまで行政部門を律するためのもので、アメリカ連邦議会が執行に必要な予算をつけない限りは効力を持ちません。中南米諸国と比べ、米大統領の権限は非常に限定されているのが特徴です」(西山教授、以下同)
ではWHOの脱退は大統領令で現実的に可能なのか、と尋ねると、
「それは可能です。どの国がどういう判断を下すかは自由です。ただ今回、アメリカがそんな簡単に脱退してしまうことに多くの人が驚いたと思います。
大統領が結んだ条約も、連邦議会上院の承認がなければ国内法の下では効力を有しませんし、撤回するにも議会の手続きが必要になります。ですが、行政協定だったら大統領令で撤回することができます。近年のアメリカは国内の政党派閥の対立が激しいので、条約ではなく行政協定を結ぶことが基本という形が続いてきました。
もっとも政権交代が起こったとしても行政協定が覆されるようなことは通例ではありませんでしたが、トランプ氏はどんどん覆す予定のようです。それを続ける限り、アメリカの国際社会での安定性が低下して、信頼度は損なわれていくでしょう」
疫病に対応できないケースも…
そんな大統領令を乱発するトランプ氏だが、実際アメリカがWHOを脱退することで日本に及ぼす影響とはどのようなものなのか。
「国際機関の場合、各国の経済規模に基づいて分担金が発生します。最大の拠出国であるアメリカが脱退することで、その分の不足金が発生します。総予算を変えないまま、他国の費用負担を増やすのであれば、日本の分担金は増える形になります。
逆に、分担金を変えず小さくなった予算で業務を絞ろうという方針になった場合、日本の拠出金は変わらないとしても、世界的な医療への対応能力は下がることになります。新たな疫病の脅威に晒されたとき、対応できなくなるケースも考えられます」
アメリカのWHO脱退への第一報後の日本国内での反応を見てみると、「日本も同じように脱退してしまえ」という声が多く寄せられていた。そのことに対し、西山教授はこう見解を示している。
「WHOという機関は、健康増進を目的に世界約190の国と地域が加盟し、豊かな国がたくさん拠出することによって困っている国を助けつつ、どこかで疫病が発生した場合などにはお互い助け合う、という前提があったわけです。その認識がかなり弱くなっていると感じます。
WHOに対して、重要なポストを自国の人が占めていて、最終的な決定権を持てるということができれば、そのような批判は弱まるのかもしれませんが、今回のトランプ氏は中国が大きな影響力を行使し、自国が利益を得られていない状態が続いたことで不満感が増幅していったのでしょう」
強まる国際機関不要論に「混乱が生まれる」
アメリカが脱退することで、今後の世界情勢はどうなっていくのか。
「第二次世界大戦以降、国際秩序はアメリカが中心となって作ってきました。アメリカ国内でもその自負はあり、『それを維持し続けることが広い意味で国益に繋がる』と信じてきたわけです。
その分、制度自体がアメリカの都合のよい形で作られていても、他国はその方針に乗っかり、従ってきました。
しかし、そのアメリカが脱退するとなれば、最も重要な部分が抜けてしまい、制度の運用自体が上手くいかなくなる。これまでの不公平さに対する不満も強まり、国際秩序が乱れ、制度自体が機能しなくなる。では、アメリカに代わって新しい制度を作れる国がいるか、といったらそれもいない。必ず大きな混乱が生まれます」
開戦から3年が経とうとしているロシアのウクライナ侵攻などの一連の対応を巡っても、国連の安全保障理事会が機能しておらず、各国で不信感が強まると同時に、徐々に国際機関“不要論”が広がっている。
「『世界全体がダメなら』とEUやASEANのような地域主義的な傾向になる可能性もありますが、そうした組織に属せない国もあります。世界全体をカバーするものがなくなると、地域ごとの問題も顕著に出てくるようになります。今後、このような状態で国際秩序をどう維持し、どう作っていくかが大きな問題となっていくでしょう」
2025年が始まってまだひと月足らず、早くも正念場を迎えそうだ。
取材・文/集英社オンライン編集部
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西山隆行●成蹊大学法学部政治学科教授
専門はアメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主な著書に『アメリカ大統領とは何か:最高権力者の本当の姿』(平凡社新書、2024年)『混迷のアメリカを読み解く10の論点』(共著、慶應義塾大学出版会、2024年)『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)など。
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